用いるべきか、殺すべきか
劉備からの書状を一読した曹操は荀彧を呼んだ。
「お呼びとの事で参りました」
「うむ。早速で悪いが、これを読んでくれ」
部屋に来た荀彧に曹操は手紙を読ませた。
「拝見します」
断りを入れ荀彧は手紙を読んだ。
「……成程。劉備は呂布に襲われ、城を失ったようですな」
「調べた所、どうも、いざこざを起こして攻撃されて城を失ったそうだ」
「いざこざですか?」
「其処までは詳しくは知らぬが、まぁ、呂布の事だから言いがかりをつけて攻め込んだのであろう」
「呂布であれば、有り得ますな」
そう言った曹操達は思わずほくそ笑んだ。
「まぁ、今は呂布よりも、劉備だ。お主は劉備をどうするべきだと思う」
「……殺すべきでしょう」
荀彧は少し考えてから、劉備を処刑すべきと進言した。
「何故だ?」
「劉備はいつまでも人の下に甘んじる男ではありません。呂布に優るとも劣らない腹黒さを持った男です。配下に加えれば、いずれ、殿の寝首を掻きに来るやもしれません」
「成程な。其方の意見は分かった。下がれ。郭嘉を呼んできてくれ」
曹操は荀彧を下がらせて、郭嘉を呼んで来る様に指示した。
程なく、郭嘉が部屋に入って来た。
「お呼びとの事で参りました」
「うむ。荀彧から話は聞いているか?」
「簡単にでしたら、劉備が我等を頼って来たとか」
郭嘉がそう答えるのを聞いた曹操は頷いた。
「そうだ。お主の意見はどうだ?」
曹操が訊ねると、郭嘉は即答せず少し間を開けた。
「…そうですね。私は助けるべきだと思います」
「理由を聞こうか」
「劉備は天下にその名が響いております。これから、国造りで忙しくなります。その様な時に、劉備程の高名な者を殺せば、天下に居る賢者達が我等に仕官しなくなるかも知れません」
郭嘉の意見を聞いた曹操は暫し黙り込んだ。
「……お主の意見は分かった。下がれ、程昱を呼んできてくれ」
曹操は郭嘉に下がらせて、程昱を連れて来る様に命じた。
郭嘉が部屋から出て行き、少しすると程昱が部屋にやって来た。
「お呼びとの事で参りました」
「郭嘉から話は聞いているか?」
「はい。大体は」
程昱がそう言うのを聞いた曹操は顎髭を撫でる。
「ある者は劉備を殺せと言い、ある者は劉備を助けるべきだと言う。お主はどう思う。程昱?」
訊ねられた程昱は直ぐに答えを返した。
「殺すべきでしょう」
「お主もそう思うか?」
「はい。ですが、今ではありません」
曹操は程昱の言葉の続きを聞こうと手で促した。
「今、劉備を殺したところで、我等には何の利益も有りません。寧ろ、何の罪も犯しておらず、保護を求めて来た劉備を殺したとなれば、世間はその行いに怒りを覚えるでしょう」
「確かに、そうかも知れんな」
「ですので、今は助けて恩を売り用いるのです。然る後に殺すのが一番良いかと思います」
程昱は然るべき時に殺すべきだと言うのを聞いた曹操は黙り込んだ。
「分かった。下がって良いぞ」
程昱に下がるように命じた。
その後、曹操は一人で考え込んでいた。
荀彧達の意見を聞いたが、いずれも違う意見であった。
曹操は暫し考え込んだ。
暫くして、曹昂が曹操の下に報告に向かう為に廊下を歩いていた。
報告する事は劉備に関する事の続報であった。こちらの方がより細かい情報が齎されていた。
父に報告しようと思い歩いていると、廊下の一角で荀彧達が囲んで何かを話しているのが見えた。
見かけた以上、挨拶した方が良いと思い曹昂は三人の下に向かう。
「先生方。此処で何をしているのですか?」
曹昂がそう訊ねると、荀彧達は曹昂の方を向いた。
「これは、若君」
荀彧達は曹昂を見るなり一礼する。曹昂も返礼する。
「殿に呼ばれたのですか?」
郭嘉がそう訊ねると、曹昂は首を振る。
「いえ、違います。劉備に関する報告を持って行こうとしただけです」
「成程」
程昱が頷くと、曹昂は気になっていた事を訊ねた。
「ところで、先生方は此処で何をしていたのですか?」
曹昂が訊ねると、荀彧達はふっと笑った後、答えた。
「先程、殿に呼ばれて意見を求められたのです」
「意見ですか?」
腹心の三人を呼んでまで意見を求めるとは、余程重要な事なのだと思う曹昂。
「殿は我等に劉備が保護を求めて来たので、どうするべきか訊ねて来たのです」
「そうでしたか。ちなみに、皆様は何と答えたのですか?」
曹昂がそう訊ねると、荀彧達は互いを目配せして荀彧が答えた。
「私は劉備を殺すべきと進言しました」
荀彧がそう答えると、次は郭嘉が答えた。
「私は助けるべきだと言いました」
次に程昱が答えた。
「私は今は助けて、然る後に殺すべきだと申しました」
三人共バラバラの意見であった。
三人は思わず笑った。
「皆、違う意見ですな」
「しかし、これでは殿がどの意見を取るか考えるでしょうな」
「我等は意見を求められただけですので、決めるのは殿です」
荀彧達は曹操がどの意見を採用するか気になっている様であった。
「若君。若君でしたら、どうなさいますか?」
興味本位なのか程昱が曹昂に訊ねて来た。
「僕ですか、僕なら」
曹昂ならどうするか考えた。
荀彧達はどんな意見が出るのか興味津々そうな顔をしていた。
「……僕でしたら、劉備と呂布を和睦させますね」
思いもよらぬ意見に荀彧達は目をギョッとさせた。
「何故、和睦させるのです?」
郭嘉はその答えが気になり訊ねた。
「今回、呂布が劉備を攻撃したのは、どうも劉備の部下が呂布が買い集めた軍馬を奪った事から起こった事だそうです。ですので、此処は劉備が奪われた軍馬を補填させるという条件で和睦させればいいのです」
「劉備は応じるでしょうか?」
荀彧の疑問に、曹昂は何の事も無いように告げる。
「こちらに保護を求めて来たのですから、こちらの言う事には逆らえませんよ。もし、逆らえば、和睦を仲介したのに断り、恥を掻かせたという理由で処刑すれば良いですしね」
「成程……」
荀彧はそれは名案とばかりに頷く。
「しかし、劉備は話を受けるかも知れませんが、呂布の場合は、和睦に応じるか分かりませんが?」
郭嘉は訊ねると、曹昂は冷静に返した。
「劉備が軍馬を補填して、こちらは呂布が今、喉から欲しい物を与えれば、和睦には応じますよ」
「欲しい物ですか? それは一体」
「徐州州牧の地位ですよ」
曹昂はそう言うと、荀彧達は感心した声を上げた。
「確かに、今呂布は劉備から徐州を奪ったとは言え、未だ正式に徐州州牧の地位には就いておりませんね」
「その州牧の地位を与える代わりに、和睦に応じろと言えば呂布も断る事も出来ないでしょうな」
「仮に断れば、呂布は徐州を治める正当性を失うという事になる。悪くない手ですな」
こういう手段もあったのかと思う荀彧達。
「流石は若君にございます」
「いえいえ。僕の場合、情報収集をするのが務めですので、その情報を使った策を考えただけです」
荀彧が曹昂の策を褒めると、曹昂は謙遜した。
「まぁ、決めるのは父上ですから、父上がどの様な判断をしても、僕は構いませんけどね」
「確かに、そうですな」
「父上の事ですから、これを機に劉備を配下に取り込む気でしょうね」
曹昂が予測を言うと、荀彧達も有り得ると思った。
「しかし、あの劉備が殿の下で終わる器とは思えませんが」
程昱がそう言うと、他の三人も同意見とばかりに頷いた。
「さて、父上ですから、色々な手段を用いて部下にしようと考えるのでは?」
それを聞いた荀彧達は確かにと思った。