命令通りに
新たに呂範を加えた曹昂一行は寿春を発とうとしたが、
発つ直前、袁術からせめてこれだけはと手紙を渡された。
封に入った手紙を貰った際、何か固い物が入っている事に気付く曹昂。
恐らく娘の袁玉宛てだろうと思い、特に中身を改める事無く懐に入れた。
そして、改めて曹昂達は寿春を発った。
それから数日後に許昌へと辿り着いた。
許昌が見える所まで来た曹昂は内心で勝手な事をしたかなと思った。
(命令通りにしたとは言え、援軍のお礼を貰う代わりに呂範を貰って来たと言ったら怒るかな?)
流石に其処まで勝手をしたので、また叱責されるかなと思う曹昂。
激怒していたら、平身低頭して許しを乞おうと思い進んでいた。
そうして、城門前まで来た。
内心ドキドキしながら門前を見る曹昂。
既に先触れは出していたお蔭で、城門前には程昱を筆頭に家臣達が列をなして並んでいた。
皆、曹昂達を出迎える為に居る様であった。
それを見た曹昂は安堵しつつ少しの間、馬を進ませてから降りた。
「お帰りなさいませ。よくぞ無事にお戻りになられましたな。若君」
「お出迎えありがとうございます。程昱様」
挨拶をすると共に戻って来た事を喜ぶ程昱。
曹昂も挨拶をした。
「父上は、どちらにおられるのかな?」
「殿は謁見の間でお待ちです」
曹操の場所を聞いた曹昂は程昱に礼を述べると、馬に跨り程昱と共に城内に入って行った。
城内に入り、そのまま謁見の間に向かう曹昂。
兵達は史渙に任せ、曹昂は曹洪と程昱を伴い謁見の間に向かった。
謁見の間に着くと、上座には曹操が座っており右側に荀彧が居たが、他の者達の姿は無かった。
曹昂達は上座から数歩離れた所で跪いた。
その横を程昱は通り過ぎて荀彧の隣に立った。
「父上。曹昂、ただいま戻りました」
「よくぞ戻った。ある程度の報告は聞いているが、詳しい報告を聞こうか」
「はっ。畏まりました」
曹操が報告をしろと言うので、曹昂は頭を下げて報告を始めた。
「……報告は以上です」
「そうか。上手く呂布と袁術を仲違いする様に仕向けたか」
曹昂の報告を聞いた曹操は満足そうな顔をしていた。
「しかし、援軍のお礼の代わりにりょはん?とか言う者を貰ったと聞くが、そやつは役に立つのか?」
「僕の見立てでは知勇に優れた士と見ています」
曹昂が呂範の才能の評価を聞いて曹操は顎を撫でた。
(……その内、顔を見てみるか)
曹操はそう決めつつ、曹昂に訊ねた。
「袁術と呂布はそう遠くない内に衝突すると思うか?」
「はい。それは、間違いないでしょう」
曹操の言葉に曹昂は断言した。
「袁術は今回の和睦により、徐州への橋頭保を確保する事が出来ませんでした。その恨みを晴らす為に、いずれ戦を仕掛けるでしょう」
「また、こちらに何か要請するという事は考えられないか?」
曹操は其処が気になっていた。
一度、援軍の要請に従ったので、それで気を良くした袁術が何かしら頼んでくるかも知れないと思っていた。
「呂布に送った物を半分とは言え返す事が出来たのです。それに恩を感じて、そうそう無茶な事は言わないと思います」
「確かにな。そう考えると、援軍のお礼を貰わなかった事で向こうも余計に恩を感じたであろうな」
曹操はそう言うが、曹昂からしたらそうかなと思うが口には出さなかった。
「兎も角、ご苦労であった。下がって休むが良い。曹洪は残れ」
曹操が下がって良いと言うので、曹昂は一礼し部屋から出て行った。
曹洪だけ残ったのは気になったが、自分には関係ない事だと思い曹昂は気にしなかった。
報告を終えた曹昂はやる事が無いので、屋敷へと戻った。
屋敷に入り、そのまま自室へと向かった。
纏っていた鎧を脱いでいると、袁玉が訪ねて来た。
珍しいなと思いつつ、曹昂は部屋に通すように指示した。
「御無事の御帰還、嬉しく思います」
部屋に通された袁玉が曹昂の帰還を喜んでくれた。
「まぁ、特に戦をしなかったけどね。ああ、そうだ。義父上に会ったよ」
「父はどうでした?」
「寿春に移っても変わる様子がなかったね」
良くも悪くも、贅沢な暮らしをしている事は変わりないと思う曹昂。
「そうでしたか。南陽郡から寿春に移ったと聞いて、どうなったのか心配していたのです」
曹昂の話を聞いて安堵していた袁玉。
「ああ、そうだ。義父上から手紙を貰ったよ」
曹昂は懐から手紙を出した。
封に入っていた紙を開けると、紙と共に簪が出て来た。
「あら、父上から贈り物の様ですね」
「そのようだね。じゃあ、簪を挿してみる」
「お願いします」
袁玉が挿している簪を一本抜いた。曹昂は其処に簪を挿した。
「……どうですか?」
「とても、似合っているよ」
銀で作られた簪に玉を二つ飾りに埋め込まれていた。
「そうですか」
袁玉は似合うと言われて、嬉しそうに顔を緩ませた。
その後、二人は茶を飲みながら話に興じた。
それから、数十日後。
東成県に居た劉備から書状が届いた。
書状には呂布から攻撃を受けて城を失ったので、曹操に保護を求めると書かれていた。