それぞれの決意
三者会談を終えた呂布は自分の陣地に戻り、天幕に入ると怒りの咆哮を挙げた。
その声の大きさは、陣地に居る兵達を竦ませた。
「ふんっ、はああっ、があああっ」
咆哮を挙げても怒りが収まらないのか、呂布は天幕の中にある物を投げたり叩き壊していた。
壊す物が無くなっても、呂布の怒りは収まる様子は無かった。
天幕から咆哮と共に何かを壊す音が聞こえてきた。確認しようにも、呂布の怒りに触れると思い、皆近付くのを躊躇っていた。
音が聞こえなくなったので、陳宮が天幕に入って来た。
「殿。落ち着いて下さい」
「……陳宮か。お主、この様な展開になる事を予想していたか?」
「いえ、全く」
呂布の問い掛けに陳宮は首を振った。
最初、袁術から贈り物が届けられたと聞いた時は、いずれ劉備が居る東成県に攻め込んで来るだろうと予想していた。
将来的に徐州へ攻め込む事を考えると、国境に近く橋頭保として良い所であるからだ。
陳宮は贈り物を貰うのは良いが、対策を練るべきだと呂布に進言した。
呂布は笑みを浮かべつつ「その時が来たら見せてやる」とだけ言って贈り物の多さに喜んでいた。
贈り物が届いてから、然程日が経たない内に紀霊率いる十万の軍勢が東成県に攻め込んで来た。
東成県が自分の治める郡内にある曹豹は援軍の要請をした。
曹豹の使者が来て、直ぐに劉備からも援軍の要請が呂布の下に来た。
呂布は援軍の要請が来るなり、軍を率いて向かった。
その道すがらに、陳宮は呂布にどの様な事をするのか訊ねると「見ていれば分かる」としか言わなかった。
此処は呂布に任せるしかないと思い、陳宮は事の成り行きを見守った。
その結果、和睦はなったが贈り物の半分は返す事になり、それが届くまで軍が駐屯する事となった。
駐屯する間の食料などを、劉備に渡す予定の食糧を横領した曹豹が提供する事にさせたのは怪我の功名であった。
「ええい、思い出すだけでも腹が立つ。曹昂め、私の思い通りになっていた盤面をひっくり返しおって」
「私もこうなるとは思いもよりませんでした」
「思い返してみれば、あいつはその舌先三寸で董卓を騙した事があったわ。今頃になって思い出すとはっ」
地団駄を踏む呂布。
「しかもあいつが口を出した事で、誰も損をしないと言うのが腹が立つ」
呂布の中では、今回の和睦で自分の名を売るだけではなく、劉備に恩を売るつもりであった。
それにより袁術に恨まれる事は想定していたが、曹昂が口を出した事で贈り物の半分は持って帰る事が出来るので、袁術としては大損とまでいかなくても、少し損した程度であった。
「流石は曹操自慢の息子と言ったところですな」
陳宮は素直に称賛した。呂布は怒りで歯ぎしりしていた。
「忌々しいっ。この屈辱は、いつか必ず晴らしてくれるっ」
「その意気です、殿。如何に相手が優れた兵器を持っていたところで、最後には勝てば良いのです」
「うむ。そうだな」
呂布はこの屈辱をいつか必ず晴らすという事を誓った。
同じ頃。
曹昂軍の陣営の中にある天幕の一つ。
天幕の中には孫策と従兄の孫賁の二人の姿があった。
「いい加減、良い返事をしてくれぬか?」
「……」
孫賁がそう訊ねても、孫策は無言であった。
孫賁は前々から、曹操の元から独立するべきだと話を持ち掛けていた。
孫策は義理と自分の名声の間で揺れていた。
「私の指揮下に入っている軍の殆どの将兵は叔父上の軍に所属していた。だから、お前に対する期待が大きいのだ。お前が一声掛ければ、彼等は喜んでお前の指揮下に入るぞ」
「う~ん。でもな……」
孫策もこのままでは、自分の名が埋もれると分かっていた。
だが、ある事が気懸かりで孫賁の話に乗る事が出来なかった。
思い悩んでいる孫策を見た孫賁は畳み掛ける様に話し出す。
「何をそんなに悩む事がある。揚州は袁術を含めた大小の勢力が入り乱れている。その揚州を平定し、その勢いに乗り荊州、益州を手に入れれば、お主に勝てる者は誰もおらんぞ」
「しかしな……」
「お前は何を懸念しているのだ? お前の配下の質か? 程普、黄蓋、韓当という歴戦の名将が居る時点で問題なかろう。智謀の士が欲しいのであれば、お前の幼馴染に声を掛ければ良いだろう。あいつは今、袁術に仕えているが、お前が声を掛ければ協力してくれるぞ」
「周瑜か? あいつなら、曹昂の智謀に対抗できるだろうけど……」
武は自分と程普達が担えば良い。知は周瑜が担えば良いが、問題はもう一つあった。
それは曹昂が作った兵器であった。
あれの攻略方法が思いつかないので、独立する事に躊躇している孫策。
そんな孫策の思いを感じ取ったのか孫賁は述べた。
「噂になっている兵器とやらも、使えない様にするとか。奪って同じような兵器を作るとか方法があるだろう」
「……っっっ⁉」
孫賁の言葉に孫策は目を見開いた。
目から鱗が落ちるかの様な気分に陥る孫策。
「……そうだよな。別に、あの兵器に対抗する兵器を作れなくても、奪ってしまえば良いんだよな」
孫策が何で、そんな事が思いつかなかったのかと言わんばかりに頭を叩いた。
だが、曹昂も出来る限り奪われないように、ここぞという時以外出さない事を二人は知らなかった。
また、奪うと言うが、そう都合良く奪える状況にする事など考えていない二人。
とは言え、仕方がない事であった。
孫策達は武将であって、敵を破る作戦などを考える事は出来ても、敵が嫌がる事をするという知恵までは無かった。
「孫策?」
「いや、その通りだな。従兄上」
突然、頭を叩く孫策を見て孫賁は訝しんだが、孫策は笑った。
「ともかく、俺が曹操の下から独立すれば、従兄上は従うのか?」
「無論だ」
「しかし、どうやって袁術の下から離れるんだ?」
「なに、簡単な事だ。お前が袁術から援助を受ければ、私が軍勢を率いて、お前の指揮下に入っても問題は無い」
孫賁は名案とばかりに言うが、孫策は唸った。
「……その方法だと、何を担保にして援助を受けるんだ?」
「それは…………むぅ」
孫策の疑問に孫賁は答える事が出来なかった。
孫策も孫賁の案は悪くないと思っていたが、問題はどうやって援助を受けるかが問題であった。
(…………あっ)
考えていた孫策はある物を思い出した。
それは伝国璽であった。
(あれなら、袁術も援助してくれるかも知れないな)
孫策は今まで使い道が無かった伝国璽を使えるかも知れないと思った。
(……これは一度、帰ってから程普達に相談するか)
安易に決めるべきではないと思った孫策は頭に浮かんだ案を一旦隅に追いやった。
(世話になっているから義理を欠くかもしれないが、これも天下に躍り出る為だ。許してくれよ)
孫策の心に独立する野望が芽生えた。