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時は来たれり

 初平三年(西暦192年)三月某日。


 朝議が終わった董卓は自分の居城である郿城に戻っている最中であった。

「ふふ、儂が太師か。これは目出度き事だ」

 今日の朝議で王允が董卓の太師への就任を議題に上げた。

 太師とは官職に置いて最高の地位である三公の上にある三師と言われる天子の師となり補佐をする官職の一つだ。

 尤も名誉職として空名化しているので、この職に就く者などまず居ない。

 董卓も事前にそんな話を聞いていなかったので驚いた。

 だが、王允は既に百官達に話を通していたのか、反対する者はおらず皆賛同した。

これによって董卓は太師兼相国という事になった。

 董卓は大層喜んだ。

 それは名実共に自分は朝廷の第一人者という事になったからだ。

 最早、天下に自分が恐れるものなど無いと思えてきた。

 今も自分が乗っている馬車は、本来は皇帝専用の青い蓋の車だが、乗っていても誰も文句一つ言わなかった。

 董卓は馬車に揺られながら今迄胸に秘めていた思いが頭に浮かんだ。

(このままいけば、儂が天子に成り代わり皇帝になる事も可能では?)

 今朝廷の実権を握っている自分であれば可能ではと思う董卓。

 その為にする事は李儒に相談しなければならないなと思っていると、馬車は城の門前に着いた。

 門が開き、城内に入った董卓は馬車から降り李儒の出迎えを受けた。

 李儒は朝議には出ないで、郿城で庶務をこなしていた。

「お帰りなさいませ、相国。いえ太師」

「耳が早いな。李儒。出迎え大義である」

 李儒が『太師』と言うので大仰に構える董卓。

「如何です。太師の身分になった気分は?」

「悪くは無い。このまま天子の代わりに政治を行えると思うと、天下を手中に収めた気分だぞ」

 豪快に笑う董卓。

 李儒はその董卓の顔を見て、何を考えているのか直ぐに察した。

 李儒は董卓の娘婿という事で董卓とは長く付き合っているので、董卓の考えを察する事が出来た。

 二人は歩きながら話を始めた。

「ふふふ、左様ですね。このまま天下を手中に収めるのも悪くはないですね」

「であろうな」

「それでしたら、天下を手中に治める為に相応の身分が必要ですぞ」

「身分か……」

 董卓は難しい顔で顎髭を撫でる。

「いかに権勢を誇ろうと、太師にしろ相国にしろ、所詮は漢王朝の臣下です。臣下の身分で如何に功績を立てようと、それは漢王朝の功績になります。仮に太師が天下を治めても、それは即ち漢王朝の為に働いたという事になり、太師は後世にまで臣下として名が残りましょう」

「……ふん。今の身分では功績を立てても儂の功績にならぬか」

「はい。残念ですが」

 李儒が悲しそうに呟くのを聞いて董卓は顔を近付けて囁く。

「では、儂が皇帝の位に就けばどうなる?」

「っ⁈ それは大変素晴らしい事です。そうなれば、太師は陛下と呼ばれ万世に名が残る事になりましょう」

「そうか。お主もそう思うか」

 李儒が賛成するのを聞いて董卓は手を叩いて喜んだ。

 だが、直ぐに真顔に戻った。

「しかし、百官達が流石に反対するであろうな」

 自分を『太師』の地位に就けたのも、あくまでも臣下として就けただけであって、皇帝の位に就くのは反対するだろうと推察する董卓。

「それにこの前の様に百官の中には儂を殺そうと計画を練ろうという者達も居るかも知れん」

 少し前に黄門侍郎の荀攸が議郎の鄭泰と何顒と侍中の种輯の者達と共に董卓の暗殺を計画した。

 その計画も計画した者達の中からの密告により発覚した。

 侍中の种輯は一族郎党全て死罪にし、何顒は獄中で病に罹り病死した。残った荀攸も獄中に入れられた今、処刑の日を待つばかりであった。

 そんな事があったので、董卓が皇帝の位に就こうとしたら、百官達は反対するだろうと予想した。

「太師。就く前からその様な弱気では、皇帝になる事も出来ませんぞ。其処は私に考えがあります」

「どうするのだ?」

「今、天子は身体を壊し病に罹っております。太師はその間に臣下を全て自分の派閥の者達にするのです」

「それはつまり、儂の言う事を聞く者達にするというのだな」

「はい。少しでも逆らう素振りがある者は罪を着せて牢に入れるか、処刑をすれば良いのです」

「そうして、朝廷を完全に儂の物にするというのだな」

「はい。そして、完全に朝廷を取り込む事が出来た時には、天子を脅して遺詔を書かせるのです」

「そうか。其処で儂に天子の位を譲ると書かせるのだな」

「その通りです。書き終わった後は、時期を置いていずれは」

 李儒はそれ以上、何も言わず笑った。

「うむ。妙案だ。李儒。早速行うのだ」

「ははっ」

 董卓の許しを得たので、李儒は直ぐに行動を開始した。


 一月が経つ頃。

 李儒の策通りに朝廷を改革している時に、朝廷から使者がやって来た。

「なに、陛下が儂に皇帝の位を譲ると?」

 上座に座る董卓は驚きのあまり大声を出した。

 朝廷からの使者である王允はその声の大きさに顔を顰めつつも話を続けた。

「はい。陛下の病状は回復の見込みがありません。ですので、陛下は今の自分では皇帝の位は重い。なので、此処は朝廷の第一人者で太師にして相国でもあられる董卓様に帝位を禅譲したいと我等臣下一同に申し伝えたのです」

「何と、陛下はそれ程に病状が重いのか」

 これは計画を実行しないで良いと思ってしまった董卓。

「はい。ですので、陛下。どうか、帝位に就かれ、我等臣下一同をお導き下さいませ」

「…………」

 董卓は感歎に耽っていた。

 まさか、皇帝になるとは自分ですら思いもしなかったからだ。

「陛下?」

「あ、ああ、すまんな。それで、百官達は皆賛同しているのか?」

「はい。皆賛成しております」

「そうか。そうか…………うむ。よろしい」

 董卓は膝を強く叩いた。

「儂が帝位を禅譲されるのは天意だ。天意に背くのは、天に唾するのと同じ事だ」

「はい。その通りです。遅れましたが、これが禅譲の勅書になります」

 王允は手に持っていた勅書を掲げると、側に居た李儒がその勅書を受け取り董卓に渡した。

 董卓は中身を見ると、ちゃんと帝位を禅譲する旨が書かれていた。

「ははは、分かった。明日にでも未央宮に向かおうぞ」

「はっ。臣下一同。陛下のお越しをお待ちしております」

 王允は一礼し離れて行った。

 王允が部屋から出て行くと、董卓は何度も勅書に目を通した。

「お喜び申し上げます。陛下」

 李儒は董卓の前まで来て跪いた。

「ははは、儂が皇帝か。うむ。悪くない。儂、いや朕も嬉しく思うぞ」

 天子の自称を使う董卓。

「李儒よ。朕が帝位に就いた暁には、長年の功績を称えて好きな官職を与えようぞ」

「ははっ。感謝の極みです」

「ああ、そうだ。華雄を呼んで参れ」

「はっ。直ちに」

 李儒は一礼して離れて行った。程なく華雄が董卓の前に来た。

「華雄。参りました」

 この部屋に来る前に李儒から董卓が皇帝の位に就く事を簡単に訊いた華雄。

 とりあえず、皇帝の位に就くまでは太師として接する事にした。

「おお、華雄。来たか」

 董卓は片腕を無くしても剛勇を持つ華雄を変わらず重用した。

 董卓の中で信頼できる一番の家臣は李儒、呂布、王允の三人で華雄はそれに続いた。

「華雄。お主に重大な命令を下す。見事果たすが良い」

「はっ。何なりとご命令を」

「儂はこの度皇帝の位に就く事となった。その旨を今逆賊曹操の元に居る儂の孫娘である董白に伝えてくるのだ」

「董白様にですか?」

「うむ。そして、出来ればこちらに帰って来る様にせよ。良いな」

 長年董卓の部下をしているので、董卓の言葉の意味を察する事は出来る華雄。

 帰って来る様にせよと言うのは要するに連れて帰って来いという意味であった。

「はっ、畏まりました」

 華雄は難しいだろうなと思いながら命令を受けた。

 そして、自分の部下を数十騎連れて曹操の元に向かった。

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