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王允、謀略を練る

 宴が終わったその日。


 参加した者達は沈痛な表情で郿城を出て長安に急遽作られた自分達の屋敷へと戻った。

 王允も馬車に揺られながら、目に涙を浮かべていた。

 長年の友人の張温が死んだ事を悲しんでいた。

(ああ、長生きはするものではないな……)

 目の前で友人が殺されても、何もする事が出来ない自分に腹を立てるが、しかし、自分一人では何も出来ない無力感に王允は世の無情さを嘆いた。

 そして、馬車が屋敷に着き王允が籠から降りると、物陰から誰かが出て来た。

「うん? お主等は」

 王允は物陰から出て来た者達の顔を見て驚いた。

「お久しぶりです。王允様」

「お久しぶりです」

 物陰から出て来たのは先程の宴で殺された張温の一人娘の張泉(ちょうせん)。字は英琳と言い、もう一人は孫の張允であった。

 二人の他に家人と思われる者達が数名居た。

 皆、慌てて逃げて来たのか、身なりはボロボロで埃と泥塗れであった。

「張泉と張允ではないかっ」

「王允様。どうか、どうか、暫くの間で良いので匿って下さい」

「お願いします。父の長年の友人である貴方しか頼れないのですっ」

 二人は頭を額づかんばかりに頭を下げた。

「詳しい話は中で聞こう。ともかく、入りなさい」

 このまま居たら董卓の手の者に見つかるかも知れないと思い王允は張泉達を屋敷の中に入れて門を閉じた。


 張泉達はまずは身なりを綺麗にした。 

 それから、二人は王允の書院に案内された。

 部屋に入った二人を王允は笑顔で出迎えた。

「少しは気持ちが落ち着いたか。家人達は腹を空かせていたのか、今食事を与えている。お主等も腹が空いているのであれば、何か料理を持って来させるが?」

「いえ、結構です」

 張泉はそう言って用意された椅子に座ると、張允もその隣の席に座った。

「この度は我等を匿って頂き感謝します」

 張泉は頭を下げて感謝を述べると張允も倣うように頭を下げた。

 王允は気にしなくていいとばかりに手を振る。

「お主等の父と私は友人だ。その友人の子供が頼って来たのに無下にすれば、あの世に居るお主等の父に詫びようがない」

 王允の話を聞いて、二人は既に張温が亡くなった事を知った。

「子師様。ではお祖父様は」

「……郿城にて内通の罪という事で処刑された。私の目の前で」

 その時の光景を思い出したのか王允は拳を握る。

 それを聞いて張泉は気が遠くなったのか、倒れそうになったのを張允が支えた。

「気をしっかりと持ってください。叔母上」

「え、ええ、そうね」

 甥の声掛けに張泉は気を取り戻した。

 二人は叔母甥の関係だが、張泉は十六歳。張允は二十一歳と五歳年下である。

 だが、序列で言うと張泉は張允の叔母にあたる。

 余談だが張温の妻は張泉を生んだ後、産褥で亡くなった。

「私が聞いた話では一族は捕まったと聞いたが」

「はい。父が屋敷を出た後、直ぐに董卓様の兵が屋敷にやって来て謀反の証拠を探す為と言って入って来て、その探している最中に謀反人の疑いがあるので捕縛すると言って一族の者達は捕まりました。抵抗した者は容赦なく殺されて……」

 張泉は話していてその時の事を思い出したのか、涙を浮かべた。

「私と叔母上は父と家人の手により逃げ出す事が出来ました。このまま長安に居れば捕まる事は分かっていたのですが、全ての門を封鎖されて逃げる事が出来ず、それで子師様を頼る事にしたのです」

「そうであったか。なに、今すぐとはいかないが。その内、長安から出す手引きをしよう」

「おお、ありがとうございます」

 張允は頭を下げて感謝を述べた。

 張泉は少し考えると、意を決した顔で王允を見た。

「王允様。お願いがございます」

「何だ?」

「どうか、父と一族の仇を取る手助けをしてくれないでしょうか」

 張泉がそう言うのを聞いて、二人はギョッとした。

「お、叔母上?」

「ち、張泉。お主、それはどういう意味か分かっているのか?」

「はい。十分に」

 張泉は顔色を変えずにそう言うので、王允達が慌てた。

「叔母上。それはつまり董卓を殺すという事なのですよ」

「ええ、その通りよ」

「如何に子師様と言っても、流石に手に余ると思います」

 張允はそう言って王允を見る。

 王允は何も言わず無言で張泉を見る。

「……張泉。お主、本気か?」

「でなければ、この様な事は申しません」

 張泉の目を見た王允は本気だという事が直ぐに分かった。

 直ぐに答えず考えた。

「お主等は張温殿の子と孫。長安を出てそのまま静かに暮らした方が良いと思うが」

「王允様‼ 父と一族の仇を取れなければ、あの世で父上達に会った時は何と詫びれば良いのですかっ」

 張泉に詰め寄られて、王允は押し黙った。

「……一つ手が無い事は無いが」

 王允は改めて張泉を見た。

 大きな目に高い鼻を持っている美しい顔立ちであった。

 容姿も歳の割に胸や尻も豊満に育っており、それでいて腰は柳の様に細かった。

 その花も恥じらうような美貌を見ていると王允は前々から考えていた策を言おうとしたが、直ぐに思いとどまった。

 何せ、目の前に居るのは友人が大切に育てた娘。

 そんな大事な存在に考えた策を実行できるかよりも、そんな目に遭わせる事に抵抗を感じたからだ。

 だが、この策を実行し尚且つ信用できる者は今のところ、見つからなかった。

 なので、王允は此処は自分が考えた策を話し、それを行うかどうかは張泉の判断に委ねる事にした。

「……張泉よ。今から話す事を聞いてお主がするかどうかを決めよ」

「それは董卓を殺す事が出来るのですか?」

「うむ。成功すれば間違いなくな」

「どんな策なのですか⁉」

「董卓があれ程の権勢を誇っているのは呂布の存在が大きい。故に、この二人を仲違いさせて、然る後に董卓を誅殺するのだ」

「しかし、董卓と呂布は義理の親子です。どうやって仲違いさせるのですか?」

 張允は話を聞いて気になり訊ねた。

「張泉。お主は美人計という計略を知っておるか?」

「いえ、寡聞にも」

「これは兵法の計略であるからな、女子のお主が知らぬのも無理はない。これは美女を敵将に送り虜にさせる計略じゃ」

「……まさかっ」

「そうじゃ。張泉。お主が呂布を虜にするのだ。そして、董卓と仲違いさせるのだ。そうすれば、董卓を討ち取る事が出来る」

 王允の話を聞いて張泉は無言であった。

「……無理であれば無理と言ってくれ。お主の将来を台無しにする計略じゃ。無理であれば構わない」

 王允はやはり無理であったかと思い落胆した表情であったが。

「……やります」

 張泉は少しだけ考えてから王允の計略に乗る事にした。

「叔母上⁈」

「張允。これは父上達の仇を取るのに必要な事よ」

「ですが」

「大丈夫。むしろ、これで父上達に顔向けが出来るわ」

「張泉……済まない。そして、お主の孝行心と漢室への忠誠心に感謝する」

 王允は目に涙を流しながら頭を下げる。

「顔を上げて下さい。王允様」

 張泉はそう言いながらも目から涙を流した。

 張允も叔母の覚悟が固い事が分かり、何も言わず涙を流した。


 数日後。


 長安に作られた呂布の屋敷。

 董卓の義理の子という事だからか、他の諸卿大臣に比べると豪華な作りになっていた。

 その屋敷には呂布が居た。

 この時代でも()と言われる数日の内の一日の間隔で貴族・官人の定休日が存在する。

 今日は呂布のその休日であった。

 だが、その休日を呂布は持て余していた。

 狩りをする気分ではなく、かと言って酒を飲みたい気分でも無かった。

 これと言って趣味を持っていない呂布はどうしたら良いものかと考えている所に使用人がやって来た。

「申し上げます。王允様の使者が参りました」

「司徒殿から? 通せ」

 日頃親しくしていない者からの使者が来たという事を不審に思いながら呂布は使者に会う事にした。

 少しして使用人と王允が送って来た使者がやって来た。

 使用人が下がると、使者は呂布に一礼する。

「司徒殿は何用でお主を送って参った?」

「はい。我が主人から贈り物を届ける様に言われ参りました」

 そう言って使者は手に持っている包みを掲げる。

 そして、その包みを呂布が座っている椅子の前にある卓の前に置き封を解いた。

 封を解かれると、包みの中には箱が入っていた。使者はその箱の蓋を取り、中身を出した。

 箱から出て来たのは黄金で作られ玉を飾らせた冠であった。

「おお、これは素晴らしい。これ程素晴らしい佳品をお目に掛かる事が出来るとは」

 同時にふと思った。

 どうして、王允がこんなにも素晴らしい物を自分に送って来るのかを。

 日頃から親しくしている訳でも無い。

 ならば、どうしてかと考えていると、呂布は思い至った。

(ああ、そう言えば。昨日、処刑した張温は王允の友人であったな。成程、処刑された張温と親しくしていたから、自分にもその累が及ばない様に贈り物を送って機嫌を取ろうとしたようだな)

 この贈り物が送られた意図は分かったが、何であれ答礼をしないといけないなと思った呂布。

 これが普通の者であれば物だけ受け取り適当に対処するが、相手は司徒の地位に就いており朝廷を纏めている王允であった。

 礼を失すれば、流石に自分でも董卓からお叱りを受けるかも知れないと想像できた呂布。

 呂布は愛馬である赤兎に跨り王允の屋敷に向かった。


 呂布が王允の屋敷に着くと、王允は門の所まで来て出迎えた。

「おお、これは奉先殿。今日は如何なる御用で?」

「先程貴殿から素晴らしい物を貰ったのでその答礼に参った」

「そうでしたか。では、直ぐに宴の準備をします」

 王允が笑顔で対応するのを見て、呂布は内心で自分にまで機嫌を取るとは大変だなと歓待を受けている身でありながら他人事のように見ていた。

 そして、宴が始まると王允は董卓の治世は安泰や呂布の武勇は素晴らしいと褒め称えた。

 日頃から親しくしていない事に加えて、この宴が御機嫌取りで行っているのが分かっているからか王允の口から出るお世辞を聞き流していた。

 宴もたけなわになった頃、そろそろ切り上げようかと呂布が考えて居ると、音楽が変わりだした。

 すると、先程まで踊っていた妓女達が下がりだした。

 今度は一人の踊り子が出て来て音楽に合わせて踊りだした。

「むっ……」

 その踊り子を見た瞬間、呂布の背筋に衝撃が走った。

 花も恥じらい月も霞むような美しさを持ちながらも可憐であった。

 董卓の身辺を警護する様になって後宮の美女は見慣れていた呂布であっても、これ程に美しく可憐な女性はお目に掛かった事は無かった。

 その美しさに思わず手に持っていた酒杯を落としてしまった。

 そんな事に構う事なく呂布は踊り子の踊りに魅了されていた。

 恍惚の表情を浮かべる呂布を見て王允はほくそ笑んだ。

 やがて、音楽が終わると踊り子は踊るのを止めた。

「いやぁ素晴らしい。これ程に素晴らしい踊りは、この呂布見た事がありませんぞ!」

 呂布は満面の笑みを浮かべながら拍手を送った。

「そうでしたか、お目汚しにならず幸いでした」

 呂布が喜んでいるのを見た王允は喜びながら、踊り子に声を掛ける。

「ちょうせん・・・・・や。呂布将軍に酒を注ぎなさい」

「はい」

 何とか聞き取れるか細い声が聞こえて来た。

 その声を聞きながら、呂布は新しく酒杯を貰い酒を注いでもらった。

 そして、ふと思った。今王允は今酒を注いでいる女性の名前を。

「……王允殿。この女性は何と言う名前なのですかな?」

「貂蝉と申します。字で書きますとこうです」

 王允は使用人に筆と紙を持って来させる。その紙に貂蝉という字を書いた。

「……ほぅ、こういう名前でしたか」

 その字を見て呂布は先程まで思った事は杞憂だと分かった。

 ちょうと呼んだのでもしかして、張温の一族なのではと思ったが杞憂だと分かり遠慮なく酒を煽った。

「……して、この女性は王允殿とはどのような関係で?」

「私の友人の娘でして、その友人が亡くなり身寄りが無くなったので私が暫くの間預かる事にしたのです」

「暫くの間預かる? では、何処かに行く予定で?」

「ええ、私の伝手で宮廷で侍女として仕えさせることにしたのです。ですので、今後は後宮に住まう事になります」

「おお、それは喜ばしき事です」

 その話を聞いた呂布は驚喜した。

「ですので、こうして紹介したのも何かの縁です。便宜を図っていただけますでしょうか?」

「お任せ下さい」

 呂布は喜びながら胸を叩いた。

 それを見て王允と貂蝉は喜んだ。


 宴が終わると、呂布は意気揚々と自分の屋敷へと帰って行った。

 その後姿を見送る王允と貂蝉。

 呂布が見えなくなると、王允は笑い出した。

「ははは、如何に呂布と言えどお主の美貌の前では形無しの様だな。貂蝉」

「はい。そうですね」

 貂蝉も思っていたよりも呂布が単純なので驚いている様であった。

 一頻り笑うと王允は貂蝉に頭を下げた。

「済まぬな。計略とは言え、お主の名前を偽る事をして」

「いえ、これも必要な事ですから。父も納得してくれるでしょう」

 王允が謝るので貂蝉は手を振る。

 この貂蝉は張温の娘の張泉であった。

 如何に張の姓を持っている者がこの国に沢山いるからと言っても、この前まで大臣の一人であった張温が死んだところに同じ姓の者が自分に近付けば警戒するかも知れないと思い王允が名を偽る事にした。

 ちなみに、この名前は親しくしている曹操の息子の曹昂の侍女から取った。

「それで、これから私はどうなるのですか?」

「呂布に言った通り、お主を後宮に送る。いずれ、董卓の目に留まるであろう。その時に私が教えた通りの事をするのだ」

「分かりました」

 貂蝉はそう言って一礼する。

「頼んだぞ。この計略には漢室の未来が掛かっているのだ」

「承知しております」

 王允の言葉に貂蝉は深く頷いた。

本作に出て来る張允は張温の孫で生年170年とします。

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[気になる点] たぶんだけど、「張泉」と「貂蝉」の発音は違う。 [一言] まぁ三国志ものとはいえ、日本語で書かれたものだから野暮なツッコミでしょうが。
[一言] 王允が実在する人物の名を使った事に理解が出来る派です。 調べても身元の情報が全く出ない人間を董卓など要人に近づけるのは問題だし、むしろ曹昴の侍女にそんな人物がいたな。と勘違いしてくれる方が…
[気になる点] 無理に演義に寄せようとして貂蝉に繋げなくてもいいのに… [一言] 以前から読んでいて気にはなっていたが折角記憶持って転生してるのに演義通りになぞってしまい普通に三国志を読まされてる感じ…
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