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濮陽の戦い 

 濮陽に帰還した曹操達は直ぐに軍議を開いた。

 その最中で周辺の偵察に行かせていた者が軍議が行われている部屋に駆け込んだ。

「申し上げます‼ 青州黄巾賊が州境を越えて、真っ直ぐこの濮陽へ進軍しておりますっ」

 兵士の報告を聞いて部屋に居る者達はざわつきだした。

「落ち着くのだ。敵兵の数は?」

 曹操が静かにさせて兵士の報告を続けさせた。

「かなりの大軍です。凡そ十万以上と思われます」

「むぅ、やはり十万以上か。報告ご苦労。下がって良いぞ」

 曹操は兵士を下がらせると、荀彧を見る。

「我が子房よ。仕えて早速ではあるが、大仕事だ。策を申せ」

 曹操がそう言うと荀彧は列から前に出て一礼する。

「今の報告と事前に偵察に送った者の方向からして、黄巾賊の兵は少なく見積もっても十万以上。対して我が軍は城内の守備兵など合わせても五万弱。正面から戦えば勝てはしないでしょう。此処は籠城するが得策かと」

 黄巾賊の数の多さと荀彧の意見を聞いて皆、籠城の意見に反対する者はいなかった。

「むぅ、荀彧よ。敵の気勢が下がるまで籠城し、然る後に敵を叩くというのも悪い手ではない。しかし、それでは時間が掛かり敵の略奪を許してしまうだろう」

「それは致し方ない事と思います。戦とは勝つにしても負けるにしても、どちらかが無傷という事は有り得ない事なのですから」

「その通りだ。だが、出来るだけ被害を減らすのが将としての役目と思わぬか?」

 曹操が何が言いたいのか分からず皆、首を傾げる。

「孟徳よ。何をしたいのかはっきり言え。お主は何をしたいのだ⁉」

 曹操の言い回しに苛立ったのか荀彧とは反対の列に居る夏候惇が声を大にして叫んだ。

 その言葉を待ってたとばかりに曹操は笑みを浮かべた。

「荀彧の策に付け加えたい事があるのだ」

「付け加えるだと?」

「何をするのですか?」

 夏候惇は訝しんでいると、荀彧は気になり訊ねた。

「籠城すると思わせて敵の注意を城に向けさせている所に、私が率いる部隊が敵本陣を奇襲する。さすれば、敵は指導者を失い直ぐに降伏するであろう!」

 曹操が自信満々に言い放った。

 曹操の策を聞いた荀彧は反対の声を上げた。

「殿。籠城していると思っている敵の本陣を奇襲する。確かに悪くないでしょう。ですが、その奇襲部隊を殿が率いるのは反対です。誰か信頼できる別の者を大将として率いらせるべきです」

「いや、この策は臨機応変が大事だ。敵が奇襲に備えている場合の事も考えて動かなければならない。であれば、私が率いるのが良かろう」

「ですが、それはあまりに危険です」

「虎穴に入らずんば虎子を得ずだ。この策で行くぞ」

 荀彧は考えを改めて欲しいと言葉を重ねるが、曹操は自分の意見を押し通した。

「準備ができ次第、出立する。曹昂」

「はい。父上」

 曹操に名を呼ばれて列の最前列に居た曹昂は前に出た。

「城の周りに『帝虎』『竜皇』を配備せよ。敵は黄巾賊だ。あの戦車の脅威は十分に分かっているだろうからな」

「承知しました」

「では、各々。籠城の準備をする様に」

 曹操はそう言って戦の準備に取り掛かった。


 数刻後。


 曹操は騎兵五千と典韋、曹純、曹仁達を率いて城を出て行った。

 曹操達を城壁の上で見送る曹昂。

 城内を見ると、籠城の準備に掛かっている将兵達。

 その様子を見ながら曹昂は安堵の息を漏らした。

(此処までは作戦通り。後は父上が敵本陣を奇襲するだけか)

 今のところ、上手くいっているが、此処から重要でかつ上手くいくかどうかで今後の事が決まる。

 それが分かっているので曹昂の胸中は不安で一杯であった。

「若君」

 考え事をしていた曹昂に荀彧が声を掛けて来た。

「これは文若先生」

 曹昂は荀彧を見るなり一礼する。

 顔を上げて周りに荀彧以外誰か居ないか確認した。

「ご安心を。誰も連れて来ていませんので」

「そうですか」

 それを聞いて安堵する曹昂。

 荀彧以外居ないという事は、誰にも聞かれたくない話が出来るからだ。

「若君。事は事前に考えた通りに進んでいますぞ」

「ええ、そうですね」

「それにしても、最初この策を聞いた時は、これほど上手くいくのか不安でしたが、開けてみれば今のところ順調の一言ですな」

「はい。念入りに話し合った結果ですからね」

 州牧の劉岱の戦死から始まる、黄巾賊の侵攻までの一連の流れ。

 これは全て曹操達の(はかりごと)であった。

 今の曹操の立場で全ての黄巾賊を傘下に加えても養う事が出来なかった。

 だが、州牧になれば話は別であった。

 住む土地が欲しい黄巾賊。

 州牧になって天下に名乗り出たい曹操。

 互いの利害が一致した事で今回の謀が行われた。

「これで後は我が君が敵の指導者を討ち取れば黄巾賊は降伏する、ですが」

「本当に降伏するか不安ですか?」

「……ええ、まぁ」

 自分の考えが読まれた荀彧は苦笑しながら認めた。

「その心配は分かります。まぁ、裏切ったのであれば」

「あれば?」

「その時、考えましょう」

「……左様ですな」

 曹昂の気楽な発言に荀彧は笑みを浮かべながら同意した。


 濮陽を出た曹操率いる五千の騎兵は敵軍に遭遇しない様に迂回し、森に入り一時身を休めた。

 兵と共に身を休める曹操。その間、偵察を出し情報収集は怠らなかった。

 程なくすると、偵察に出した者達が帰って来た。

「申し上げます。事前の情報通り、黄巾賊は他の城には目もくれず真っ直ぐ濮陽を目指しているとの事です」

「そうか。ご苦労。休むがいい」

 木陰で身を休む曹操。報告した兵を労い下がらせた。

 そして、側にいる典韋、曹純、曹仁達を見る。

「敵はどうやら濮陽を目指している様だ。あそこは劉岱が兗州の州治を行っていたからな。黄巾賊は州牧が居た県という事で多くの食料があると思ったのだろうな」

「成程。黄巾賊が襲うのも分かりますね」

 黄巾賊が濮陽を狙う理由を曹操が言うと、曹純はすんなりと信じた。

「でもよ。別に他の県城を襲って食料を手に入れてからでも良いと思うがな。それなのに、どうして濮陽だけ狙っているんだ?」

 曹仁からしたらただ目的も無く暴れ回る黄巾賊が濮陽を狙う事が気になっている様であった。

「子孝よ。お前の考えも分かる。だが、此処で話したところで正直に言って何も分からんぞ」

「……確かに殿の言う通りだな」

 曹操に憶測立てても無駄だと言われて頭を掻く曹仁。

「それで、殿。これからどうなさるので? 敵が城を攻撃した所を強襲するのですか?」

「いや、待て。偵察に出した者がまだ一人帰ってこない。その情報を聞いてから行動しても良かろう」

「分かりました。では、少し休憩します」

 曹純がそう言って休憩しに行くと、曹仁もその後を追い掛けた。

 典韋は曹操の護衛も兼ねているので、その場に留まった。

(濮陽を攻撃する頃に、偵察兵に扮した黄巾賊の使者が戻って来て本陣を教える。そして、本陣を奇襲して向こうが用意した指導者達の首を持って濮陽に向かい、降伏を勧める。これで黄巾賊と兗州を手に入れられる。もう策は決まったも同然。焦る事は無い)

 そう思いつつ気持ちは急いているのか、手が震えていた。

 曹操は革袋の中に入っている水で喉を潤して、気持ちを静めた。

 

 そうして、待つこと数刻後。


 曹操の元に黄巾賊の使者が帰って来たので、曹純達を呼び寄せた。

 曹純達が来ると、黄巾賊の使者は報告を始めた。

「申し上げます。此処より東南の方向にある平野にて黄巾賊の陣地を発見しました」

「でかしたっ。詳しい場所を教えよ」

 曹操は本陣の場所がどこか詳しく聞くために地面に地図を広げた。

 黄巾賊の使者は地図を見ながらある所を指差した。

「此処でございます」

「此処か。濮陽から数里ほど離れた所にありますね」

「この陣地を守っている兵の数は?」

「ざっと数えただけでしたが、約千ほどだと思います」

「良し。それだけで十分だっ」

 曹操は立ち上がり声を大にする。

「出陣の準備だ。鉦を鳴らせ。これより、敵黄巾賊の本陣を突く!」

「「「おおおおおおおっっっ」」」

「其方は道案内せよ」

「はっ」

 曹操達は直ぐに出撃準備を整えると、黄巾賊の使者を道案内させながら黄巾賊の本陣へと駆け出した。

 道案内の後を駆ける曹操達。

 そうして、平野に出ると、其処には青空の下でよく映える黄色の旗が見えた。

 それだけで黄巾賊の旗だと分かった。

「見よ。あれこそ、敵の本陣だ。者共、あそこには敵の首魁が居るであろう、必ず捕らえよ。邪魔する者は斬り捨てろ!」

 曹操は腰に佩いている倚天の剣を抜いて天に掲げて馬蹄の音で掻き消されない様に叫んだ。

「「「おおおおおおおぉぉぉぉぉ!」」」

 その声に応える様に騎兵達は声を嗄らさんばかりに喚声を上げる。

「突撃‼」

「「「おおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ‼‼⁉」」」

 曹操の命に応える様に喊声を上げる将兵達。

 黄巾賊の本陣を守っている兵達も突撃してくる曹操達を見て慌てて迎撃態勢を取ろうとしたが、遅かった。

 その頃には曹操達は陣地の周りを囲っている柵を壊して、陣地に突入していた。

「ふんらああああっ」

 典韋が馬上から薙刀を振るう度に最低でも二~三人の黄巾賊の兵達が倒されて行く。

「ひ、ひいいいぃぃぃぃ」

 その剛勇さを見て怯える黄巾賊の兵達。

 怯える黄巾賊の兵達に容赦なく曹仁、曹純兄弟が騎兵と共に突撃する。

「奴等は今まで無辜の民を虐殺し、己の欲望のままに暴れていた獣だ。容赦無用!」

「抵抗する者あれば斬れ。邪魔だてする者が居れば斬れ。武器を持っていて黄色い布を付けている者も斬れ。我等に背を向けて逃げ出そうとしている者も斬れ!」

 容赦ない命令に曹操軍騎兵部隊は従った。

 曹操も陣地に入るなり、近付く黄巾賊の兵達を斬り捨てていった。

 そんな曹操に黄巾賊の使者が近付いて来た。

「孟徳殿。こちらへ」

「うむ」

 曹操はその使者に案内されて、左程大きくない天幕の前まで来た。

 曹操が使者と共に天幕の中に入ると、其処には黄色い布を纏っている者達が居た。

 年齢も上は六十近くで下は三十代後半と、年齢がバラバラであった。

 しかし、皆、曹操を瞬きせずに見ていた。

「……お主が曹操か?」

「そうだ。お主らがこの青州黄巾賊の指導者達か?」

 曹操がそう訊ねるとその場に居た黄巾賊の者達はその通りとばかりに頷いた。

「あまり時間が無い。誰の首を取るのだ?」

「その前に聞きたい事がある。曹操」

「申すが良い」

「曹操。此処で我らの首を取れば、お主は黄巾の同志達を本当に受け入れてくれるのだな?」

「そうだ」

「教義を失う事は本当に無いのであろうなっ」

「誓って約束しよう。お主らの信仰は奪わないと」

「黄巾の同志は百万以上であってもか?」

「当然だ。それだけ居れば、大地を耕す事に何の問題も無い」

「同志達は強力な兵であると共に、一度お主が我等との盟約を破ればお主を滅ぼす諸刃の剣であってもか?」

「問題無い!」

 曹操が力強く断言した。

 それを聞いた黄巾賊の指導者達は涙を流した。

「これで同志達の行く末は問題ない。後は我等だけだ」

 そう言って指導者達は一人だけ若い者を除いて、皆腰に差している剣を抜いて自分の首に当てた。

「曹操。貴様の行く末、大賢良師様と共にあの世で見せてもらうぞっ」

 そう言い終えるなり黄巾賊の指導者達は刀で自分の首を斬った。

 瞬間、噴き出す赤い鮮血と共に倒れて行く黄巾賊の指導者達。

 天幕内が噴き散る血で染められていく。

 そんな中、指導者達の中で一人だけ自決しなかった者は涙を流しながらも瞬きをしないで指導者達が倒れるのを見届けている。

「あれが次代の指導者か?」

「その通りです」

「そうか……」

 自決する黄巾賊の指導者達に暫し黙祷する曹操。

 それが終わると、持っている剣で死んでいる指導達の首を斬り落としていく。

 全て斬り終えると、曹操は一つだけ首を手に持ち、他の首は布で包んで使者に渡して付いて来いと指示した。

 そうして、曹操は未だに乱戦状態になっている陣地で深く息を吸った。

「……見よ。黄巾賊の指導者達は、この曹操孟徳が討ち取ったぞ!」

 火花散り喚声と剣戟の音が響き渡る戦場において、曹操の声は響いた。

 その声を聞いて黄巾賊の兵達は手を止めて声をした方に顔を向ける。

 其処には自分達の指導者の一人である者の首があった。

「お主らの首魁は討ち取った。命が惜しくば投降せよ!」

 指導者達が討たれたと分かり黄巾賊の兵達は戦意を失い、一人また一人と武器を下ろして降伏の意を示した。

 曹操は武装解除させると、曹仁に討ち取った黄巾党の指導者達の首を持たせて濮陽へと向かわせた。

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