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劉岱の死

数日後。


 兗州と青州の州境。

 其処には兗州州牧劉岱が五千の兵と共に陣を張っていた。

「ふん。黄巾賊共め。私がこうして陣を張ってから、全く侵攻する気配が見えんな」

 劉岱は軍議を行う天幕の中で州境周辺を記した地図を見ながら呟く。

「そうですな。この地に陣を張って、もう半月になります」

「侵攻する余力を失ったのでは?」

 部下達も地図を見ながら思っている事を言い合う。

 少し前までは、連日州境を越えて侵攻して来たと言うのに、此処半月は大人しくなったので、皆訝しんだ。

「殿。此処は青州に何人か放って様子を見るのは如何ですか?」

「名案ですな。それで、敵の様子が分かります。これで、敵に侵攻する余力が無いと分かれば、今度はこちらから攻め込んでみせましょうぞ」

「それは良いですな。今まで、こちらが守勢に回っていたのです。今度はこちらが攻勢を掛けるのも良いですな」

 部下が情報収集の為に偵察を出すべきだと言うので劉岱は少し考えていると、

 天幕に兵士が駆け込んで来た。

「申し上げます。鮑信殿が新しく東郡太守となった曹操殿を連れて参りました」

「なに? ああ、黄巾賊の対応で忘れていた。そろそろ、曹操が赴任する時期であった」

 うっかり忘れていた劉岱は兵士に直ぐに通す様に指示した。

 程なくして、兵士が鮑信と曹操を連れて天幕に案内してきた。

 二人の姿を見るなり、劉岱は席を立ち一礼をする。部下達も劉岱に倣うように一礼した。

「孟徳殿。久しぶりだな」

「そちらもお元気そうで、何よりです。公山殿」

 曹操達も返礼し顔を上げた。

「既に聞き及びと思いますが、朝廷の命により東郡の太守として赴任します。以後は貴殿の命に従う所存。如何なる命令もご命令下さい」

「孟徳殿。其処まで気負わなくても良い。貴殿が太守として来てくれるだけで、私としては大助かりだ」

「はっ。有り難きお言葉。太守の就任の挨拶とついでに陣中見舞いに参りました。どうぞ、長い布陣で気が滅入っている事でしょう。秘蔵の酒が入った甕を百。他にも食料なども大量に用意しました」

 曹操が陣中見舞いとして酒と食糧を持って来たと聞いて劉岱達は喜んだ。

 特に酒は喜ばれた。曹操の秘蔵の酒はそこいらに売っている酒に比べたら、月と亀と言って良い位に違う。

 劉岱は反董卓連合軍に参加していた時に、何度かその酒を飲んだ事があったのでその味は良く知っていた。

 内心で舌舐めずりする劉岱。

「では、我々はこれで。何か有りましたら、濮陽に誰か送って下され」

「承知した。わざわざの御足労に痛み入る」

 曹操達は一礼して天幕から出て行った。

 曹操が酒を大量に持って来たという事で、偵察を行うかどうかは明日話す事にして、今日は宴を行う事になった。

 更には今夜だけは兵士達に鎧を脱ぐ事も許可した。


 曹操達は持って来た荷物を卸すと、直ぐに陣地を発った。

 発つ際、曹操はある男に話し掛けた。

 その男は数日前に曹操の元にやって来た黄巾党の使者であった。

「今夜、仕掛けろ」

「承知」

「良いか。他の者は如何でも良いが。劉岱の首は必ず取れ。それが出来ねば、策は台無しになるのだからな」

「お任せを。必ずや仕留めてみせます」

 男は曹操に一礼してその場から離れて行った。

 その背が見えなくなると、曹操は馬に跨った。

「孟徳殿。先程の者に何か言伝をしたのか?」

「いえ、此処暫く、青州に居る黄巾賊が静かと聞いたので気になって、あの者に黄巾賊がどんな状況なのか偵察する様に命を出しました」

「成程。貴殿は用心深いな」

「念の為にしただけですよ」

 曹操は当たり障りのない事を言って鮑信に先程の男を気にしない様にさせた。

 それから、二人は雑談を交えながら濮陽への帰路についた。


 その夜。

 劉岱は部下達を集めて宴を行った。

 妓女も音楽も無い酒を飲むだけであったが、戦場である以上、それだけでも贅沢と言えた。

 浴びる様に飲む劉岱達。

 兵士達も曹操が持って来た食糧と酒を味わった。

「うめええ」

「水みたいに透明なのに、どうしてこんなに美味いんだ。この酒はっ」

 今迄味わった酒が何だったのかと思えるぐらいの味であった。

「この肉も上手いぞ」

「ああ、普通の干し肉と比べると柔らかいな」

「炙ると、更に美味いなっ」

 干し肉に齧りつき、その柔らかさに驚いていた。

 曹操が持って来た干し肉は豚肉を塩漬けしたものだ。

 香辛料と塩を塗布しているので炙ると、周りに良い匂いを漂わせた。

 軍糧として塩味を強めにしていた事で余計に美味しく感じている様だ。その為か酒が進んだ。

 見張りの兵達はそれをつまらなそうに見ていたが、兵士の誰かが気を利かせたのか酒を持って来た。

「どうだ? 一杯」

「いや、見張りがあるから」

 そう言いつつも見張りの兵は酒が入った瓢箪と盃を見ていた。

「一杯くらい良いだろう」

「……じゃあ、一杯だけ」

 見張りの兵は盃を貰い酒を注いでもらった。

「ぷはー、美味いなっ」

「だろう。さぁ、もう一杯」

「へへ、悪いな」

 見張りの兵は勧められるがままに盃に酒を注いでもらい呷った。

 普通であれば部隊長の誰かが叱責する事なのだが、その部隊長達も酒を飲んで酩酊していた。

 劉岱達が今夜は宴をするので鎧を脱いで良いと言う命令だけしか出していないので、部隊長達も羽目を外す事にした。

 半月ばかり気を緩める事無く警戒しており、これまで何もなかったので今日ぐらいは良いだろうと勝手に思ったようだ。

 その為、見張りの兵達にも何の命令も下していなかった。

 鎧を脱いで騒ぐ劉岱軍。

 上も下も大騒ぎしていた。その声は周りに良く聞こえた。


 数刻後。


 見張りの兵達も酔いで眠り、劉岱以下将兵達も眠りについた時間。

 その時を待っていたとばかりに、黄色い布を頭に巻いた一団が劉岱軍の陣地に近付く。

 その数二千。

 劉岱軍は五千。まともにぶつかれば数の差で負ける。

 だが、今の劉岱軍は大半は酔い潰れていた。

「好機だ。攻めろ!」

 黄巾の布を巻いた一団を率いていると思われる者が剣を振り下ろすと同時に、黄巾の布を巻いた者達は劉岱軍の陣地に攻め込んだ。

 夜目に慣れた目は容赦なく劉岱軍の兵士達に襲い掛かり斬り捨てて行く。

 切り捨てられた兵の悲鳴を聞いて酔い潰れた兵士が目を開けた。

「何だ? ・・・・・・あ、ああ、黄巾賊だ!」

 声を上げた兵士は声を上げると同時に黄巾党の兵士に斬り捨てられた。

 黄巾党の兵達は目に付く劉岱軍の兵士達を斬り捨て、天幕に入り中に居る者を容赦なく斬り殺していった。

 そうして、兵士達はようやく起きて行動を取ろうとしたが、酔いで身体が思うように動かなかった。

 そんな兵士達であっても黄巾党の兵達は容赦なく刃を振り下ろした。

 そうして、暴れていると豪華な天幕を見つけた。

 その中に入ると、寝台に一人の男性が眠っていた。

「むうぅ、なにごとだ? ここを、えんしゅう、しゅうぼく、りゅうたいの、てんまくとしってのことか……?」

 寝ぼけている目標が名乗るのを聞いた黄巾党の兵達は思わず笑みを浮かべた。

 そうして、劉岱に刃を振り下ろした。

 黄巾党の兵達は劉岱の首を斬り取り、陣地に火を放った。

 陣地に火が放たれた事で劉岱軍の兵士達は大混乱に陥った。その混乱により更に被害が増した。

 夜が明けてようやく落ち着いた頃には、五千の兵が三千にまで減っていた。

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