二人の英傑
本作に出て来る張飛の字は翼徳で、孫堅の生まれは永寿2年とします
黄巾の乱が勃発した同じ頃。
幽州涿郡涿県楼桑村。
その村には名前の由来になった大きな桑の木の他にも桃の園がある事で有名であった。
その桃の園に男性が三人、杯を片手に宴を催していた。
「桃の花を見ながら酒を飲むと言うのは良い物だな」
そう言う男性は身の丈八尺もありギョロッとした目で虎の様な髭を生やしている偉丈夫であった。
その偉丈夫は落ちる桃の花びらを杯を器用に動かして酒に浮かばせて煽った。
「うむ。その通りだな。張飛も偶には良い事を言うな」
偉丈夫の事を張飛と呼ぶ男性もまたその張飛に負けない位に大きかった。
身の丈九尺で二尺の鬚髯に熟した棗の様な紅色の褐色の顔をしてキリっとした目をしていた。
「関羽の兄貴。それは酷いぜ。そう思わねえか? 兄者」
張飛がそう声を掛ける男性は少し変わっていた。
身の丈は七尺五寸なのだが、その男性の耳は人よりも大きかった。
その大きさは視界に入りそうであった。
人が良さそうな顔をして何処か好感を抱かせる雰囲気を纏っていた。
「関羽。張飛だって、別に悪い事は言ってないだろう。ただ、言葉遣いが悪いだけだ」
そう言って男性は笑い出した。
関羽もその声に釣られて笑い出す。話の種にされた張飛は不満そうに顔を顰める。
「故郷から逃れて来た私がこうして大志を語り合える仲間に出会えるとは、この乱世にあっては正に僥倖と言える」
関羽は感慨深そうな顔で酒を飲みながら言う。
「まぁ、この乱世が無かったら、俺は一生肉屋をしていただろうな」
「それを言ったら、私はお尋ね者であったであろうな」
二人の反応を見て、劉備はニカッと笑う。
「こうして出会えたんだ。その幸運を喜ぼう」
「ああ、そうだな」
「うむ、その通り」
三人は盃を掲げる。
「明日から、俺達は義勇軍だ」
「何時戦場で死ぬか分からぬ身。今日は飲み明かそうぞ」
「ああ、私達の大志を成し遂げる為に」
三人は酒を飲み干すと、空になった盃を掲げる。
「「「我ら三人、生まれし日、時は違えども兄弟の契りを結びしからは、心を同じくして助け合い、困窮する者たちを救わん。上は国家に報い、下は民を安んずることを誓う。同年、同月、同日に生まれることを得ずとも、同年、同月、同日に死せん事を願わん」」」
そう言って三人は酔い潰れるまで酒を飲んだ。
翌日。
劉備達は準備を整えた。
と言っても、鍛冶屋に頼んだ物を取りに行くだけだ。
「しかし、兄者。御自分の鎧だけではなく、我らの鎧と武器まで作ってくれるとは」
「良くそんな金があったな」
関羽と張飛は不思議そうな顔をして訊ねる。
「叔父の劉子敬と従父の劉元起が金を出してくれたんだ」
劉備は何の事もないと言いたげな顔で言う。
劉備の家は中山靖王劉勝の末裔という家柄で劉備の祖父劉雄は孝廉に推挙されて、兗州東郡の范県令になった。
その子である劉弘は早死にしたが親戚である劉子敬と劉元起が劉備親子の面倒を見ていた。
今回、劉備達の活動費はその二人が出してくれた。
鍛冶屋に行くと、既に頼まれていた物は出来ていた。
義勇軍に所属する者達の全員分の剣、槍。劉備達用の鎧。
それとは別に関羽は八十二芹にも及ぶ大薙刀。張飛には一丈八尺の矛を用意されていた。
劉備には代々家に伝わる双剣を腰に佩いていた。
鎧を着た劉備達は人手を借りて、村の広場に向かう。
広場には既に沢山の人が居た。
広場に集まった人達は用意された武器を持って並んでいた。
劉備はその人達に向けて大声を上げる。
「集まった皆に聞く。私がこの義勇軍の長で構わないかっ?」
「「「玄徳様に従います‼」」」
「では、義勇軍の人事は私が決めても良いなっ」
「「「はいっ」」」
「では、義勇軍の隊長は私、劉玄徳。副隊長は関雲長と張翼徳。参謀は簡憲和とする‼」
「「「おおおおおおおっっっ」」」
劉備の決定に義勇軍の者達は歓声を上げて賛同した。
そして、劉備達は用意した馬に乗り幽州州牧の元へと向かった。
この時劉備は二十三歳であった。
徐州下邳郡。
郡内にある県城の一つ。
城内にある一室に居る人物の一人に書簡が届けられていた。
その者は書簡をジッと見ている。
「文台殿。それには何が書かれているのですか?」
書簡を見ている者の部下がそう尋ねた。
それでようやく、その者は書簡を見るのを止めた。
「大栄。これを見ろ」
その者は手に持っている書簡を部下に渡した。
部下はその書簡を受け取り中身を見る。
「・・・・・・これは黄巾党の鎮圧に参加せよという詔勅ですな」
「うむ。こんなちっぽけな県の県丞にまでこの様な書簡が来るとはな。乱世、極まれりだ」
県丞とは県令の副官の事だ。
「御冗談を」
部下が鼻で笑った。
「文台殿がそれだけの実力者だという事が世に知れ渡っているという事ですよ」
「はっはっは。大栄。私は反乱の鎮圧しかしていないぞ。それで名が知られるとは。世の中狭いものだ」
「文台殿がそう思っているだけです」
「かも知れんな。さて、詔勅が来た以上行くとしよう」
「はっ。直ぐに準備させます」
「うむ。頼んだぞ」
部下が一礼して部屋を出て行くと、部屋に残った者は窓から空を見上げる。
「蒼天は既に死に、黄天は今まさに立つべし。歳は甲子に在りて、天下は大吉か。邪教というのは何処にでも蔓延るのだな」
部屋に差し込む光でその者の姿が分かった。
其処に居たのは口髭を生やし立派な容姿をしていた偉丈夫であった。
趣味なのか赤い頭巾を被っていた。
この者の名は孫堅。字を文台という者だ。
齢二十八にして海賊討伐などで名を馳せる有力者であり兵法家として名高い孫武の末裔である。
孫堅はそのまま窓から外を見ていると、先程出て行った大栄という部下が準備が整ったと言うので部屋を後にした。
城の中庭には孫堅の私兵である千五百騎が居た。
皆、鎧は修繕された跡が有り槍にも細かいが傷があり、剣も柄に巻かれている帯が擦り切れていた。
更に全ての兵の身体の何処かに傷があった。歴戦の兵の風格を漂わせていた。
孫堅はそんな兵達を見ながら口を開いた。
「これより我等は朝廷の詔勅に従い、黄巾党の鎮圧に向かう。皆の者、大いに武功を稼ぐが良い‼」
「「「おおおおおおおおおお‼‼」」」
その歓声を聞きながら孫堅は部下が連れて来た馬に騎乗する。
「出陣‼」
孫堅が号するなり駆け出した。その後を兵達は追い駆けた。