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臨湘の戦い

 初平元年九月某日。


 長沙郡臨湘にある城内。

 其処では兵が忙しなく動き回り戦の準備に取り掛かっていた。

 城主でもあり太守でもある蘇代も鎧兜を身に付けて戦に出る準備を整えていた。

「太守。全軍の準備が整いました」

「うむ。分かった」

 蘇代は部下からの報告に仰々しく答えた。

 そして、部下を伴い城内の庭へと向かった。

 庭には多くの兵が既に集まっていた。

 その数二万。

 流石に人数が多いので、庭に居る兵士達は狭いと内心感じている様だが口に出すのは堪えていた。

 そんな兵士達を見ながら蘇代は腰に佩いている剣を抜いて天へと掲げた。

「我等はこれより偽州牧である劉表が遣わした者の率いる軍を討伐に向かう。皆の者、奮戦せよっ‼」

「「「おおおおおおおっっっ」」」

 蘇代の檄に応えるように兵士達は大声を上げて応える。

 意気旺盛な兵士達の姿を満足げに見る蘇代。

 そうして剣を鞘に収めていると、別の者が蘇代に近付いた。

「太守。お呼びとの事で参りました」

「おお、来たか。桓階」

 蘇代の傍に来たのは桓階であった。

「これより、私は臨湘近くまで来た黄祖を討ちに参る。お主にはその間、この城を守って貰いたい」

「私の様な文官にその様な大任を預けても宜しいのでしょうか?」

 桓階が気になって訊ねると、蘇代は大丈夫だと言わんばかりに手を振る。

「お主の家は荊州では名家だ。その名声に従わない者などおらんだろう。それに、お主の真面目な働きぶりを見る限りでは裏切るなど考えられん。だから、お主に任せるのだ。私が戻ってくるまで城を守ってくれ」

「太守……分かりました。この桓階伯序。菲才の身ですが、守ってみせましょう」

 桓階は頭を下げてその命令に従うと言った。

「うむ。頼んだぞ」

 蘇代は桓階の返事を聞いて、申し分ない気持ちで庭に向かい部下が曳いて来た馬に跨った。

「太鼓を鳴らせ! 出陣だ!」

 蘇代がそう命じると直ぐに太鼓が鳴りだして、その音に合わせて蘇代は外へと出て行きその後を兵士達が続いた。

 蘇代が見えなくなるまでその場に留まり見送る桓階。

 やがて、姿が見えなくなると顔を上げる。

「……誰かおるかっ」

 桓階が声を上げると、守備の為に残った兵が傍に寄って来た。

「伯序様。お呼びで?」

「うむ。直ぐに狼煙を上げるのだ」

「はっ。承知しました」

 兵士は何の狼煙なのか訊ねないで桓階の命令に従った。

 その兵士が離れて行くのを見送ると桓階は空を見上げた。

「城を任せる程に信頼してくれているとはな。少々、心苦しいがこれも任務なのでな。悪く思わないで欲しい。太守殿」

 そう零した後、桓階は何処かに向かった。


 臨湘の城を出た蘇代は二万の兵と共に北上して数日が経った。

 蘇代は軍を休ませていると、先行していた偵察の者がやって来た。

「馬上より失礼します! このまま数里ほど北上した所に劉表軍と思われる者達が陣を構えておりましたっ」

「武装した者達の数は?旗は何と書かれていた?」

 蘇代の傍に居る部下が訊ねた。

「数は一万。旗は『黄』の字が書かれていました」

「数は我が軍とさほど変わりなく、『黄』の旗を掲げた軍。間違いなく、江夏郡太守の黄祖の軍でしょう」

「ふん。劉表が遣わした者か。数が互角であれば問題ない。蹴散らすぞっ」

「はっ」

「全軍、横陣を敷くように伝えろ!」

 蘇代がそう命じると、部下はその命令に従い全軍で横陣になり進軍した。

 横陣のまま進軍すると、蘇代軍は黄祖軍を見つけた。

 それは黄祖の方も同じであった。

 敵が横陣を敷いているのを見ると、自分が率いる軍にも横陣を敷くように命じた。

 両軍が会敵した戦場は河も山も無いだだっ広い草原であった。

 丘らしい丘も無いので策も何も必要ない。

 ただ、全軍でぶつかり合うにはこれほど好条件な戦場はなかった。

 両軍の将も同じ思いの様で両軍の本陣に居る黄祖と蘇代は手を掲げると、

「「攻撃せよ‼」」

 奇しくも二人が攻撃を命じたのはほぼ同時のタイミングであった。

 両軍はその命に従い、攻撃を開始した。

 両軍の兵達は喊声を上げながら突撃しぶつかりあった。

 青い草原は忽ち血みどろの場と化した。

 両軍の兵士達が持つ武器が火花を散らしながらぶつかり合い、天を覆わんばかりの矢が放たれる。

 放たれる矢。振り下ろされる武器。それらにより兵士達は地に伏し事切れるか傷を負いながらも必死に生き残ろうと奮戦していた。

「……頃合いだな。後退する」

 数が互角な為、拮抗している戦場を見た黄祖は部下に後退を命じた。

 それも徐々に後退するというのではなく、敵に背を向けての後退であった。

 その後退を見た蘇代は膝を叩いて喜んだ。

「見よ。何があったか分からないが、敵が撤退し始めたぞ。追撃だ。追撃するのだっ」

 拮抗していたのに撤退した理由は分からないが、何かあったのだろうと思った蘇代は追撃を命じた。

 その命令に従い、蘇代軍の兵士達は追撃を開始した。

 逃げる黄祖軍の兵士達の背に武器を振るい倒していく。

 後退しながら守るというのは難しく黄祖軍の兵士達は次々に討たれて行く。

 被害を出しながらも後退を続ける黄祖軍。

 敵が逃げ続けるので蘇代は追撃を続けた。

 そうして、蘇代軍は黄祖軍を追い駆けていると、丘が幾つもある所に出た。

 それでも構わず蘇代は黄祖軍を追い駆けていたが。

 ジャーン‼ ジャーン‼

 丘から鉦の音が聞こえて来たと共に丘に旗が立った。

 その旗には『王』の字が書かれていた。

「反乱軍め。この王威が相手をしてくれるわ。者共、掛かれ!」

 王威の号令に従い王威の麾下の五千の兵が蘇代軍に襲い掛かった。

「伏兵だとっ」

 蘇代はこんな所に兵を潜ませるなど考えて居なかったので、驚きのあまり対応が遅れた。

 その対応の遅れにより蘇代軍は王威軍の痛烈な攻撃を浴びてしまった。

 追撃に夢中であったので、陣形など無く蘇代からの命令も来ないので、何もしないまま攻撃を受けて蘇代軍の兵達は倒れていく。

 王威軍の攻撃が成功したのを見た黄祖はすぐさま反転を命じた。

「このままやられっ放しでいられては、我が名に傷がつく。者共、今までの恥辱を存分に晴らすが良いっ」

 反転した黄祖軍は声を上げながら蘇代軍へ突撃した。

 二方面からの攻撃を受けた蘇代軍であったが、それでも何とか防いでいた。

「太守。このままでは我が軍は壊滅します。急ぎ撤退を」

「分かっている。だが、このまま撤退したら、我等は先程の黄祖軍の兵士の様に背中から攻撃されるのだぞっ」

 撤退している所に攻撃を受けたらひとたまりもない。

 それが分かっている蘇代は撤退をする時を待っていた。

 だが、天はそんな時を与えはしなかった。

「申し上げます。後方から『黄』の字を掲げた旗の軍が我等の後方を攻撃しておりますっ」

 今にも撤退しようとする蘇代軍の後方を攻撃すると報告が齎された。

「なにっ、数は?」

「凡そ五千。率いる大将は黄忠かと思われますっ」

「黄忠だとっ、まさか、あの者まで来ているとはっ」

 黄忠の名は蘇代も知っていた。劉表配下の武将の中で一番の弓の使い手で知られる武人であった。

 既に初老に入る年齢なのだが、勇猛果敢な武将と荊州では知られていた。

 しかも、黄忠が後方を攻撃するという事で撤退が難しくなった。

「太守。こうなれば、全軍を以て血路を切り開くしかありませんぞっ」

「分かっているわ! 者共、一丸となって突破するぞ。続け!」

 蘇代が持っている得物を振るいながら黄忠軍へと突撃すると、兵士達もその後に続いた。

 

 数刻後。


 決死の突撃のお蔭で蘇代とその軍は敵軍の包囲を突破する事が出来た。

 だが、強引な突破をした所為で既に軍は壊滅状態で蘇代の右肩にも矢が突き刺さっていた。

「我が軍はどれほど付いて来ている?」

 蘇代は痛む右肩を抑えながら部下に訊ねた。

「今、我らに付いて来ているのは凡そ三千になります」

「三千。私は夢を見ているのか? 数刻前までは二万の軍を率いていたと言うのに、今は三千しかいないとは……」

 部下から聞いた軍の数を聞いて蘇代は信じられない顔をしていた。

「太守。お気持ちは分かりますが、敵の追撃がいつ来るか分かりません。早く臨湘に戻りましょう」

「分かっているっ」

 部下の言葉を聞いて気を取り戻した蘇代は臨湘へ向かう。

 敵の追撃を、警戒しながらの行軍は神経を磨り減らした。

 鳥や蛙の鳴き声一つで大袈裟に身構える蘇代軍。

 心身共に疲れた身体に鞭打ちながらも臨湘へ向かう足は止めなかった。

 そうして、ようやく臨湘の城門が見える所まで来た。

 城門を見るなり安堵の息をつく蘇代軍。

 蘇代も同じ気持ちなので何も言わなかった。

 このまま進んで城内で少し休んで兵力の立て直しをと考える蘇代。

 其処で臨湘の城門が開きだして、集団が出て来た。

 出迎えの者かと思われたが違った。

 出て来た集団は『甘』の字が書かれた旗を掲げていた。

「我こそは甘寧興覇なり。蘇代、その首を貰った!」

 甘寧率いる軍五千が蘇代軍に襲い掛かった。

「ば、馬鹿なっ」

 蘇代は信じられない思いで叫んだ。

 そして、突撃してきた甘寧軍により蘇代軍は壊滅した。

 蘇代は甘寧に一刀の下切り殺された。

 これにより【臨湘の戦い】は劉表、曹昂軍の勝利に終わった。

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