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路銀稼ぎ

 商売をするには、まずは市で商売をする許可証を貰わなければならない。

 曹昂はその許可証を貰いに行った。

 許可証を貰いに行く際、曹昂は自分の身分がバレるのを恐れて護衛の一人を代表にした。

 幾ばくかの金を払い何とか許可証を貰えた。

 そして、曹昂達は泊まる宿の厨房を借りて試行錯誤に取り掛かった。


 数日後。


 大通りの一角に市が立った。

 大勢の人達が賑やかに商品を売り買いする中で巡回の兵達が不審者は居ないか何か起こっていないか警戒していた。

 そんな中で許可証を貰った曹昂達は露店を開いた。

 ついでとばかりにノボリも立てた。

 其処には『透巻き。今なら五百文』と書かれていた。

 初めて聞く名前に歩いている人達はそのノボリが気になり、思わずその店へと近付く。

「来た来た。じゃあ、後は教えた通りにね」

「はい。曹昂様」

「が、頑張りますっ」

 露店の前に来た客達を見て曹昂は良しと思いながら貂蝉達に指示する。

 心得たとばかりに頷く貂蝉。

 練師は曹昂の役に立とうと意気込む。

 その意気込む姿が可愛くて曹昂は顔を綻ばせて練師の頭を撫でた。

 何故、頭を撫でられるのか分からず錬師は首を傾げたが、客が来るのを見て慌てて準備に掛かった。

 二人は客達に見せる様にあらかじめ用意していた薄い膜の様な物を水で濡らしてくにゃっと曲げられる様になると、其処に塩漬けにして水気を切り、細かく刻んだ青梗菜の葉の部分とあらかじめ作っておいた炒り卵と茹でて裂いた鶏肉を入れる。

 この際に壺の中に入っている黒褐色でトロリとした液体も入れた。

 そして、その薄い膜を端から巻いていくと中間で止めて両端を中に折り込み巻いていくと出来上がった。

 その薄い膜から青梗菜の葉の青色。卵の黄色。鶏肉の白が見えた。

 作る工程を見ていた客達はこれは食べ物なのか何なのか分からずジッと見ていた。

「どうぞ」

 其処に貂蝉が自分の手で作ったその巻物を目の前の客に笑顔で差し出した。

 その笑顔の美しさと差し出された物に釣られて手に取った。

「これは、食べ物なのか?」

「はい。そうです」

 貂蝉に訊ねた客は何なのか分かり口の中に入れた。

「……うまいっ」

 少し咀嚼した後に口に入れた物が美味しいので客は驚いて目を開かせた。

「うめええ、初めて食ったけど、すごいうめええっ」

 客は美味しいのか叫びながら瞬く間に食べ終えてしまった。

 手の中に無くなったのを見て、思わず物悲しい顔をしたが直ぐに買えば手に入ると分かると懐に手を入れて財布を出した。

「もう一つ。いや、あと四つくれっ」

「はい。ただいま」

 注文が入ったのを見て貂蝉達は直ぐに作って、それを木の皮で包んで紐で縛って渡す。

 同時に金を貰う。

 客は店から少し離れると、包みの紐を開けて中身を手に取り貪りだした。

「こっちにもくれっ」

「こっちもっ」

 ガツガツと食べる姿を見ていた客達もたまらず唾を飲み込んだ。

 そして、注文を始める。

 貂蝉達は直ぐに作り渡していく。

 買う人が多くなってきたので曹昂も金の受け渡しに加わった。


 昼も過ぎて、買う客が少なくなると貂蝉達だけで回せる様になると曹昂は休憩した。

(まさか、ここまで売れるとはな)

 曹昂は笊の上に置かれている銭の多さに驚喜していた。

(しかし、この時代でも売れるんだな。生春巻き)

 少し前に露店で見たのは米をペースト状にして焼き上げ餅にしていた物であった。

 それを見て曹昂はライスペーパーを思い出した。

 あれも米をペースト状にした物を薄くして焼くか蒸して出来る物だ。

 米粉であれば持ち運びも楽だし、入れる具材も市で調達すればいいので問題なかった。

「ははは、このまま売れれば最初に投資した金が二~三日ほどしたら十分に返って来るぞ」

 商売で儲かるというのは存外に楽しいのだなと思う曹昂。

 驚喜している曹昂に董白が近付く。

「なぁ、聞いても良いか?」

「何?」

「どうして、あたしに接客させないんだ?」

 董白も貂蝉達に負けない位の美貌を持っていた。

 貂蝉達と一緒に接客させれば売り上げに貢献できると思うのだが。

「……と、董白はあまりに綺麗だから人目に晒したくないな~」

 適当に歯が浮くような事を言う曹昂。

 本当は喧嘩早いので客と揉めるかもしれない事を危惧してさせなかっただけであった。

「ふ~ん。そうかい」

 曹昂の言葉を聞いて董白は顔を背けた。

 よく見ると、その耳は赤かった。


 曹昂がこの時代版生春巻きを売り出してから数日が経った。

 中に特製の(じゃん)を入れているので、そのまま食べられるという事と中身が見える程に透けている皮が面白いのか飛ぶように売れていた。

「ぬぅ、こんな食べ物は初めてだ」

「噛むと中身が見える程に透けている皮のモチモチとした食感。中に入っている野菜のシャキシャキとした食感。炒った卵のホロホロした食感。茹でた鶏肉の柔らかい食感が混然一体となるっ」

「そして、この中に入っているトロリとした液体が丁度良い塩加減で美味しく仕上げている」

「何て計算された食べ物なんだっ」

 露店の前で自称有識者という者達が透巻きを買って味の批評をしていた。

 曹昂は心の中で味の批評は余所でやってくれと思いながらも見ていた。

 その自称有識者達の批評を聞いてか、周りの人達は押し寄せて来た。

 日増しに売り上げが上がっていくので、曹昂は一種類だけではなくもう一種類作る事にした。

 こちらは鶏肉では無く豚肉を煮豚にして入れただけなのだが、こちらも売り出すと直ぐに人気になった。

 鶏肉に比べると味付けが濃い事で労働者に人気であった。

「この豚肉の濃い味付けがまた素晴らしい」

「噛むとジュワっと美味しい汁が出て、それでいて肉はホロリと崩れる」

「また、脂身がプルプルと震えて噛むと甘みが感じる」

「素晴らしい。全く素晴らしいぞっ」

 無論、自称有識者達は豚肉の透巻きを食べて味を批評しだした。

 それを見てサクラを雇った覚えはないんだけどなと思うが、曹昂は店が忙しいので相手にしている暇がなかった。


 その夜。


 曹昂達は宿に戻った。

 宿の自分の部屋に入ると、曹昂は手に持っている袋の口を緩めた。

 袋の中には銭が零れんばかりに入っていた。

 その袋が数十個。

「ははは、今日も今日でかなり儲けたぞっ」

 前世の知識でこんなに金を儲ける事が出来てウハウハな気分の曹昂。

 袋の中に手を入れて掌の中に銭を入れてそのまま持ち上げて袋の中に戻した。 

 銭はジャラジャラと音を立てた。

 その音を聞くと今日も頑張ったなと思い笑いが込め上げる曹昂。

「お~い。儲けが出るのはいいけどよ。そろそろ、あたし達を部屋に呼んだ理由を教えてくれないか?」

 曹昂が銭で遊んでいる間も董白と貂蝉と練師達は黙って曹昂を見ていた。

 何時までも銭で遊んでいるので董白が声を掛けた。

「おっと、ごめんね。今日、皆を呼んだのはこれからの事を話すつもりだったから」

 曹昂は袋の口を閉じて目の届く所に置くと、貂蝉達の方に顔を向ける。

「話?」

「このまま父上と約束した期限まで金儲けをするのではないのですか?」

 貂蝉がそう訊ねると曹昂は首を振る。

「まさか、そんな訳ないだろう」

 曹昂がそう言うと、董白と貂蝉はキョトンとした。

「……まさか、金儲けの為に荊州に来たと思っている?」

「違うのか?」

「違うから。それにもう少ししたら南部の方に足を向けるよ」

「南部にですか?」

「噂だと、そこら辺は劉表に従わない奴等の勢力がうじゃうじゃしているって聞いたけど」

 董白は何処からか仕入れて来た情報を皆に伝える。

「劉表に従わないとは言っても、商人とかは通る事は出来るよ。じゃないと、何も売り買い出来ないからね」

「言われてみればそうだな」

「という訳で、儲けた金を持って南部に行ってその金で商売をして儲けて色々な所を見るつもりだよ」

「行商をするのですか?」

 練師は思った事を訊ねて来た。

「その通り。で、南部を有る程度見て回ったら益州に入るつもりだ」

「益州って山に囲まれた州って聞いたな」

「其処に何があるのですか?」

「まぁ、行ったら分かるよ」

 曹昂は見聞を広める為に行くので、何も無くても特に問題はなかった。

「では、今出している店は閉じるのですね」

 貂蝉はちょっと勿体ないなと思いながら訊ねると、曹昂は首を振る。

「いや、このまま営業を続けるよ」

「「えっ⁉」」

 もう少ししたら南部に向かうのに、どうして店を閉めないのか分からないでいる貂蝉と董白。

「……あの、誰かに代わりに店を続けて貰うのですか?」

 練師は曹昂の話しぶりからそうなのではと思い訊ねる。

 曹昂は笑みを浮かべる。

「その通り。既に『三毒』の者達が此処に来るように手配したから、あと数日したら来るから。来たらどうやって作るのか教えて、その後で南部に向かうからね」

 正解とばかりに曹昂は練師の頭を撫でる。

 頭を撫でられた錬氏は嬉しそうに顔を緩ませる。

 逆に貂蝉と董白はムスっとした。

「どうして、そんな事をするのですか?」

「まぁ、これから劉表の情報を手に入れる為だよ。店を隠れ蓑にして情報を入手させるんだ。後は『三毒』達の活動資金にもさせるんだ。売り上げの内の四割を僕達に上納して貰って、残りの六割を活動資金、仕入れ代、市祖(この時代の営業税の様な物)、その他諸々に当てさせる」

「……普通、上納するのは六割じゃねえの?」

 董白の考えには貂蝉や練師も頷いた。

「組織の活動資金なのだから、これくらい多くした方が良いんだよ」

「そんなものか?」

「そんなものだよ。さて、この話はこれで終わり。南部行くとしたら、何処に行くか決めよう」

 曹昂は荊州が描かれている地図を広げた。

 この時代なので測量などもしないで適当であったが、それでも地図には変わりなかった。

 董白達はその地図を見ながら、どの道でどのように行くかを話し合った。

 夜が更けても話し合ったので、途中から眠たくなり四人は寝台の上で眠ってしまった。

 

 翌朝


 曹昂の護衛の者が曹昂を起こそうと戸を開けると、寝台の上で曹昂に纏わりつくように眠っている貂蝉達を見た。

 これは起こしては駄目だと思い、護衛の者は静かに戸を閉めて自分達だけで開店の準備を済ませた。

 数刻後。

 曹昂達が目を覚ますと、自分がどうなってるのか分かり驚きの声を上げた。

 そして、急いで開店準備をしようと慌てて身嗜みを整えて厨房に向かった。

 其処では護衛の者達が開店の準備をしていた。曹昂の作り方を見ていたからかテキパキと作業していた。 

 護衛の一人が曹昂達を見ると生暖かい目をした。

「おはようございます。若君。昨日はお楽しみでしたね」

 笑顔でそう言われて、曹昂達は顔を赤くして何も言えなかった。

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