まだ諦めてなかったんだ
袁術に使者を出した数日後。
その日は曹操達が今後の活動方針について話し合っていると、
「報告っ。西より千程の兵と共に輿車がやってきておりますっ」
「輿車? 旗は何と書かれている?」
「旗には『袁』と書かれています」
「なに⁈」
兵の報告を聞いた曹操は天幕を出た。天幕に居た曹昂達もその後に続いた。
陣地から数十里離れた所に千人程の兵が輿車を守る様にこの陣地に向かっているのが見えた。
報告を聞いた通り旗には『袁』と書かれていた。
陣地からそれを見た曹操は訝しんだ。
「あいつ。何をしに来たんだ?」
曹操がそう呟くのを聞いて傍に居た曹昂が訊ねた。
「父上。あの馬車に乗っているのが誰なのか分かるのですか?」
「十中八九、間違いなく公路だろうな」
曹操がそう言うのと同時に輿車から誰かが降りて来た。
その者は曹操の予想通り袁術であった。
袁術の姿を見るなり、曹操は袁術の傍に行く。
「やぁ、公路殿。遠路遥々ようこそ」
曹操が一礼すると、曹昂達も一礼する。
「孟徳も久方ぶりだな。元気そうで何よりだ」
「そうだな。ささ、こちらへ」
曹操が手で案内するので袁術は続いた。
曹操達が天幕に入ると、直ぐに宴の準備が行われた。
「では、まずは一献」
「うむ」
曹操と袁術が対面の席に座りながら盃を傾ける。
他の席に座っている者達も同じように盃を傾ける。ちなみに、曹昂は水であった。
酒を一息で飲み尽くすと、盃を膳に置いた。
それを見て世話係の者が空いた盃に酒を注いだ。
「ふぅ、お前の所の酒は本当に美味いな」
「ふふふ、そうか。知り合いの職人から作り方を教わって試行錯誤して出来た物だから。その言葉で頑張った甲斐が有る」
袁術と曹操は世間話をしながら互いの腹を探りだした。
そのまま、酒宴が続くだけかと思われたが、袁術は盃を置いた。
まだ盃の中には酒がたんまりと入っていた。
「さて、このまま旧交を温めるのも悪くないが。そろそろ、本題に入るとしよう」
「そうか。それで、どうして太守自らこんな所まで来たのだ?」
曹操も真面目な話だと察して盃を置いた。
「もう知っているだろうが。私は本初と豫州を巡って争っている事は知っているだろう」
「うむ。お蔭でこちらは河内郡に帰るのに困っているぞ」
「済まん。まさか、お前が揚州で募兵しているなど知らなかったのだ。後二ヶ月程したら豫州は完全に孫堅の支配下に入るから。その時であれば通れるぞ」
「そんなに待っていたら、拠点が董卓に奪われるかもしれん。それは無理だ」
「だろうな。私もそう思う」
「であれば」
「私と其方の仲だ。劉表と繋ぎをしても良いが、正直な話、上手くいくか分からん」
「何故だ?」
「孫堅が反董卓連合軍に参加する時に荊州の刺史であった王叡を殺してな。その所為で荊州は大混乱になったのだ。劉表がその混乱を収めたのだが、その混乱を起こした元凶である孫堅の事を嫌っている様でな。その孫堅と親しい私もどうも好いてはいないようだ」
「むぅ、それは困ったな」
「だが、条件付きであれば繋ぎをつける事は出来るぞ」
「おお、それは凄いな。で、その条件とは?」
曹操がそう訊ねると袁術はほくそ笑んだ。
曹昂はその笑みを見て嫌な予感がした。
「勢力を拡大する為に手っ取り早い方法は姻戚を結ぶ事ではないか? 孟徳よ」
「まぁ、そうだな」
「この乱世だ。一人でも味方が欲しい。其処でだ」
袁術は曹昂を見る。
「私の娘をお主の息子の嫁にしてくれぬか?」
袁術の言葉を聞いて、曹操達は内心でそう来たかと思った。
曹昂は内心、まだ諦めていなかったのかと思った。同時に上手い手だと思った。
婚姻を結べば袁術は勢力拡大になる。断れば劉表の繋ぎもしないだけではなく豫州も通さない様にする可能性もあった。
どちらにしても袁術に損は無いという話だ。
「公路殿。息子は既に妻を娶っているのだ。これ以上、妻を娶るとしたらその者は側室という事になるが良いのか?」
「そこら辺は構わん。私としては曹昂の事を気に入っているので問題ない」
「しかし、息子は妻を娶って左程年月は経ってないからな」
曹操は円満に断ろうとあれこれ理由を付けるが、袁術は一笑に付した。
「固い事を言うな。孟徳よ。お主はあと数日で今は正室で当時は婚約者であった丁夫人と式を挙げるという時に本初と一緒に花嫁泥棒をした後、その花嫁を自分の正室にして丁夫人を側室にしたではないか」
袁術がそう指摘すると曹操は言葉を詰まらせた。
曹昂からしたら初耳であったので、思わず曹操の顔を見る。
曹操はさっと目を反らした。なので、次に夏候惇と曹洪を見た。
夏候惇達もあらぬ方向に目を向けた。
曹純もその話は初めて聞いたのか目をパチクリさせていた。
「何だ。知らなかったのか?」
「ええ、まぁ……」
言葉を濁す曹昂。
だが、どうして名門の出である丁薔が側室で自分の母である事以外で出自が分からない劉夫人が正室であった理由が分かった曹昂であった。
「しかし、お前が董卓の孫娘を略奪婚したと聞いた時は、つくづく孟徳の息子だと思ったぞ」
「ははは、そうですね」
ぐぅの音も出ない曹昂であった。
結局、婚姻については明日返答するという事になった。