あっ、忘れてた
洛陽を出た曹昂達は曹操が居る河内郡に向かう事、数日。
道中、特に野盗などに襲われる事なく曹操と合流する事が出来た。
曹昂達と合流した曹操は直ぐに軍議を開いた。
曹昂は部将達の顔を見るが、曹仁が居ない事に気付いたが見回りか何かに出ているのだろうと思い訊かなかった。
「そうか。劉岱が橋瑁を殺したか。あの二人は連合軍に参加した諸侯達の中で袁紹達の次に仲が悪かったからな。仕方がないか」
仕方が無いと言う曹操だが、左程悲しいと思っていない声色と顔であった。
「さて、皆が集まったので我等の今後の活動方針だが、まずは我等の拠点を手に入れるべきだと思うが、皆はどう思う?」
「賛成だ。孟徳。これから何をするにしても拠点が必要だ。故郷である譙県に戻るか?」
曹操の意見に夏侯淵が譙県を拠点にすべきだと言いだした。
「いや、あそこは袁術が治める南陽にも張邈が治める陳留から劉岱が治める兗州からも近い。兵を集めるとなると面倒な事になる」
「むぅ、確かに」
「では、何処を拠点にすべきだ?」
夏候惇がそう訊ねると、曹操は直ぐに答えず悩んだ後、
「そこら辺は臨機応変に行こう。とりあえずは河内郡を拠点にしようではないか」
「だが、此処は王匡の領地だぞ。そうなったら王匡と揉める事になるぞ?」
「そこら辺は大丈夫だ。蔡邕殿から王匡とは親しくしていると聞いたからな。拠点が見つかるまで此処に駐屯させてくれと蔡邕殿に口利きしてもらう」
それなら暫くは大丈夫だろうと皆は納得した。
「で、もう少ししたら蔡邕殿は来るのだが、その時に私の家族も全員呼ぶ。親戚にも声を掛けておくが誰が来るか分からんがな。皆も一族に声を掛けておいてくれ」
それを訊いた曹昂は首を傾げた。
兵力増強の為に一族を呼ぶのは分かるが、どうして曹操の家族も全員呼ぶのか分からなかった。
「父上。どうして、僕達の家族を呼ぶのですか?」
曹昂がそう訊ねると、曹操は呆れた目で曹昂を見た。
「何を言っているんだ。お前は? お前の婚礼の為に呼ぶに決まっているだろうが」
「婚礼‼」
「お前の年齢ならしても問題ないからな。まぁ、薔が何と言うか分からんが。そこら辺は任せろ。私がきちんと説得する」
曹操が胸を叩いて言うが、曹昂は疑いに満ちた目で見た。
「本当に出来るのですか?」
「任せろ。まぁ、お前も婚礼を挙げれば私の苦労の一端も分かるだろうがな」
遠い目をする曹操。
苦労するのは色々な女性に手を出すからだろうと思うが皆何も言わなかった。
「ついでに貂蝉も正式に妾にしてやれよ」
「はっ?」
曹操がそんな事を言い出したので、曹昂は間抜けな顔をした。
「何をそんなに驚いている? その為にあの子を買ったのだろう?」
「いや、あれは父上が勝手に」
「兎も角、董白と婚礼を挙げたら貂蝉を妾にしろ。良いな」
「いや、そんな事は僕達が話し合う事だと思います!」
「お前の場合、何時言うか分からんから、こうして尻を叩いているんだ。と言う訳で分かったな」
無理矢理過ぎるだろうと思う曹昂。
「それと皆に報告だ。実はな、蓮がどうやら身籠もった様だ」
「「「…………えっ?」」」
まるで、ちょっと便所に行くみたいな軽い感じで子供が出来たと曹昂達に報告する曹操。
あまりに軽く言うので、皆言葉の意味を理解するのに少々時間を要した。
そしていち早く気を取り直したのは夏候惇であった。
「お前、戦場に居てそんな事をする余裕があったのか?」
「ははは、忙中にも閑ありだ」
曹操はあっけらかんと笑いだした。
皆からしたら驚きしかなかった。
(ええっと、曹丕の後だから。…………曹彰だったな)
曹昂は前世の記憶を思い返して曹丕の次に生まれるのは確か曹彰だった事を思い出す。
激しい気性だが弓術と馬術に優れ、人並み外れた腕力を持ち、猛獣と格闘することができる程の豪傑と言われていた。
ただ、武に秀でてはいるが頭の方はイマイチで曹操から自分の後継者から外されたと言われていた。
「……おめでとうございます。父上」
とりあえず弟が出来た事は喜ぶべきだと思いお祝いの言葉を述べる曹昂。
「「「おめでとうございます‼」」」
曹昂がお祝いの言葉を述べたので他の臣下達も同じようにお祝いの言葉を述べた。
「うむ。蓮も喜ぶだろう」
皆がお祝いの言葉を述べるので曹操は嬉しそうに頷く。
「父上。母上にも伝えたのですか?」
「……あっ」
曹操は言われて伝えていない事を思い出した。
それを見て溜め息を吐く曹昂。
「では、直ぐに文を」
「いや、無理だな。既に曹仁に兵を千人ほど付けて蔡邕殿達と共に迎えに行かせたから」
曹操がしまったと言わんばかりに額を叩く。
「……頑張って母上を宥めて下さい」
曹昂は慰めの言葉を掛けた。
「……あいつ。一度、拗ねると始末が悪いんだよな」
疲れた息を吐く曹操。
それを見て皆は何も言えなかった。
軍議なのか話し合いなのか分からない会合を終えると曹昂は自分用の天幕に戻った。
天幕の中に入ると貂蝉が居た。
「お帰りなさいませ。若様」
貂蝉は曹昂を見るなり頭を下げる。
「ああ、うん。あれ? 重明は?」
自分が飼っている犬鷲が入っている籠が無い事に気付き貂蝉に訊ねた。
「重明でしたら董白様が『偶には外に出してやらないとな』と言って連れて行きました」
「ああ、そう。なら、いいや」
董白に任せておけばいいかと思い、どういう経緯で重明を連れて行ったのかは聞かなかった。
曹昂は椅子に座ると、貂蝉は何も訊かないで茶の用意をしだした。
「…………」
貂蝉の後ろ姿を見ながら曹昂はどう言うべきか迷った。
(妾にしろって言われてもな。どう言って妾にしたらいいんだ?)
前世で見たドラマとかでは強引に関係を結んだりしたが、自分がそんな事をするというのはちょっと無理だなと思う曹昂。
かと言って妹の様に可愛がっている貂蝉に妾になれと言うのも気が引けた。
どう言うべきか悩む曹昂。
「若様。お茶です」
「ああ、ありがとう」
貂蝉が茶器を自分の目の前に置いてくれたので曹昂は礼を述べて器を取る。
「若様」
「何かな?」
「私は妾でも構いませんが、ちゃんと相手をしてくれると嬉しいです」
貂蝉が妾にしても良い事を言い出したので、曹昂は思わず茶を吹いてしまった。
こんなの漫画でしか見た事ないよと思いながらも吹く曹昂。
「えほ、えほ、えほ……何だって……?」
「ですから、私は妾でも構いませんと」
「な、ななな、何でそうなるのかな?」
「前々から卞奥様からそう言われていました。私はその内、曹昂の妾になると」
あの人はと思う曹昂。
同時に脳裏に悪戯っぽい顔で笑う卞夫人の顔が浮かんだ。
「私の立場では妾になるのがせいぜいだと分かっています。ですので」
貂蝉は其処まで言って曹昂の足元に跪いた。
「幾久しく御寵愛を」
貂蝉はそう言って曹昂に一礼する。
そこまで言われてしまい曹昂はどう言うべきか悩んでいた自分が馬鹿だなと思った。
そして椅子から立ち上がり、曹昂は跪く貂蝉の手を取る。
「こちらこそ、よろしく」
貂蝉の手を握りながらそう告げて微笑む曹昂。
貂蝉も曹昂の顔を見て微笑んだ。
「……今、思ったけど。どうしてそんな事を言う事にしたの?」
「その、前々からこの戦が終わったら董白様と婚礼を挙げるという話がありまして、それでその話は如何なっているのだろうと思い先程、軍議が行われる天幕に董白様と一緒に聞き耳を立てていたら」
「ああ、もう分かった」
要するに軍議の話を聞いたので貂蝉は自分の妾になる事を決めたのだと曹昂は察した。
董白がこの場に居ないのは気を利かせたのだろう。
「……まぁ、これから大変かも知れないけど。よろしくね」
「……はい」