離散
劉備軍は一晩寝る事が出来たからか、少しは体力を回復する事が出来た様で心なしか足取りが軽そうに見えた。
それでも、進む距離は大して変わっていなかった。
対する曹仁・曹純軍はほぼ騎兵で構成されているので、駆ける距離が違っていた。
数刻後。
砂埃を立てながら駆け抜けていた曹仁・曹純軍はようやく劉備軍を見つける事が出来た。
障害物など無い平野で兵と民を引き連れている姿は、まるで羊の群れの様であった。
「ようやく見つけたぞ」
「将軍。ご命令を」
曹仁は未だに自分達に気付いていない劉備軍を見て、好機と思っていた。
其処に曹純が攻撃の命を求めた。
「・・・全軍、突撃! 劉備を討ち取れ!」
曹仁の雷のような号令に、曹仁・曹純軍は喊声をあげて突撃した。
その喊声を聞いて、劉備軍はようやく曹仁軍が近づいてきた事を知った。
「もう来たか。という事は、公孫続は」
「殿。公孫続の献身を無駄にしてはなりません。此処は逃げるべきです」
劉備は曹仁軍が来るのを見て、公孫続が討たれたのだと分かり悲しそうな顔を浮かべたが、馬順が今は悲しむよりも逃げる事が大事と述べた。
「・・・そうだな。所で、何処へ向かうべきだと思う?」
「もう当陽県の近くまで来ましたので、少し行った所に沮河がございます。其処に長板橋という橋がありますので、其処を渡りましょう」
「分かった。皆、長板橋に向え!」
劉備はそう言って馬順とごく少数の兵を連れて、我先へと駆け出して行った。
その後を少なくない兵が付いて行った。
だが、共に行動していた民達は元は揚州に暮らしていたので、荊州には土地勘など無かった。
地名を言われても、何処をどう行けばいいのか分からなかった。
劉備の後を追おうにも、曹仁軍が迫っていた。
もし、後を追い駆ければ曹仁軍に襲われると分かった。
迫りくる曹仁軍とどうするべきか分からないという状態となった事で、民は蜘蛛の子を散らす様に逃げて行った。
半ば混乱状態の中でも、張飛と廖化は平静であった。
「廖化っ。お前は俺の妻と兄者の夫人方とご息女達を守れっ。俺は敵の攻撃を防ぐ!」
「承知した。張将軍もご無理はなさらずにっ」
「応っ」
二人は短い会話で役割を決めると、直ぐに分かれた。
そして、張飛は麾下の兵を率いて迫りくる曹仁軍を迎撃した。
廖化は兵と共に張飛の妻と劉備の妻子を守りながら、長板橋へと向かった。
張飛は麾下の兵と共に迫りくる曹仁軍の兵を相手に奮戦していた。
得物の蛇矛を振るい、襲い来る敵兵を薙ぎ払い続けた。
だが、数の多さに勝つ事は出来なかった。
曹仁軍に加わり、曹純、司馬懿の軍も攻勢に加わった。
「くっ、数が多すぎるっ」
「将軍。このままでは敵に討たれるのも、時間の問題です」
「此処は長板橋まで退くべきです!」
部下達が後退を進言してきた。
張飛もこのまま戦っても犬死だと分かっているのか、後退を決めた。
張飛が後退するのを見て、曹仁は追撃を命じた。
同じ頃。
廖化は兵と共に張飛の妻と劉備の妻子が乗る馬車を守りながら、長板橋へと向かっていた。
馬車は二台あり、一台目には劉備の第一夫人である甘夫人と張飛の妻である夏侯淑姫。二台目には第二夫人の麋夫人と劉備の娘達。
そのまま駆けていると、曹仁軍の騎兵達が迫って来た。
「敵かっ。奥方様達を守れっ」
廖化は兵に命じつつ、迫って来る騎兵達に突撃した。
廖化と兵達は奮戦したが、相手の兵の数が多かった事により突破を許してしまった。
「しまったっ」
廖化が敵兵を打ち倒すと、馬首を返して馬車の方に向ったが、一台目の馬車の元に着いた時には御者は殺されていた。
御者が殺された事で、馬車の操作が出来ず横に倒れてしまった。
二台目の馬車は何処かに逃げて行ってしまった。
「いかんっ。早くお助けせねばっ」
廖化は近くに居る兵を打ち倒しながら進んだ。
そして、馬車の周りに敵兵が居なくなると、馬車の箱の扉を開けた。
「奥方様方っ。御無事で?」
廖化が声を掛けると、馬車に乗っていた張飛の妻と劉備の妻子を見た。
すると、甘夫人と夏侯淑姫の二人は身体をぶつけたのか痛そうに顔を顰めていた。
二人とも無事そうなのを見て廖化は安堵していた。
「お二人がご無事で何よりです。この馬車はもう動けません。お二人は馬に乗って移動をして下され」
「分かりました。聞きましたね。直ぐに馬に乗りますよ」
この中で一番年長の甘夫人がそう言うと、夏侯淑姫も従った。
敵の騎兵が襲い掛かってきたが、兵だけ倒したので馬は残っていたので、全員馬に乗る事が出来た。
「あの、もう一台の馬車は?」
「そちらは、敵兵から逃れるために何処かに逃げて行ってしまいました」
「無事に合流できるでしょうか?」
「・・・・・・」
甘夫人の問いに、廖化は何も言えなかった。
甘夫人も流石に無理と思ったのか、心の中で三人の無事を祈った。
そして、廖化は改めて甘夫人達と共に長板橋へと向かった。




