喜ばしい事だが
二日後。
曹仁が五千の兵を率いて、襄陽から出陣した。
同じ頃。
劉備は襄陽郡と南陽郡の境に到着していた。
その間、何度も司馬懿と合流した曹純の追撃を受けて、兵と家族は散り散りになってしまった。
お陰で四千も居た兵とその家族達は二千を切ってしまった。
「殿。郡境に到達しました」
「そうか。・・・・・・」
馬順の言葉を聞いた劉備は後ろを振り返った。
視線の先には、兵とその家族がいたが、劉備の目はそれよりも遠くを見ていた。
《ああ、公孫続と徐福は無事なのだろうか。張飛よ、兄は此処に居るぞっ)
心の中でそう思っていたが、口には出さなかった。
そんな事を嘆くのであれば、分断された時に救援すれば良いだけの事だからだ。
だが、劉備は生き残る為に義弟と家臣と、多くの兵とその家族を見捨てた。
そのような決断をした以上、嘆いても詮無き事だと分かっていた。
それでも、劉備は心の中で思わずにいられなかった。
「殿?」
「ああ、済まぬ。此処まで来るのに大変であったからな。少し休み、そして襄陽郡に入ろうぞ」
「はい。できれば、曹仁が居ないと嬉しいのですが」
「長沙郡で反乱は起きたと言っていたからな。出来れば、そちらの鎮圧に行ってもらいたい」
劉備達はどうか、そちらの反乱に赴いてくれと祈った。
やがて、郡境を越えたのだが、その祈りはあっけなく破られた。
郡境を越えた翌日。
周囲を警戒していた兵が、砂埃が立っているという報告を聞いた。
それを聞いた劉備は馬順に訊ねた。
「どう思う? もう司馬懿と曹純が追いついてきたと思うか?」
「それでも早すぎます。恐らく、襄陽に居る曹仁の軍と思います」
馬順の推察を聞いた劉備は深く息を吐いた。
「長沙郡の反乱は本当に起きたのだろうか?」
「分かりません。それを知るのは、落ち着いてからでも良いと思います。それよりも、殿」
「確かにな。全軍に出立すると伝えよっ! 遅れた者は曹操軍に八つ裂きにされるぞ!」
劉備はそう言っていの一番に愛馬にしている的盧に跨り、真っ先に駆けて行った。
その後を護衛の兵達が追い、馬順達もその後を追いかけて行った。
逃亡している劉備達を曹仁は簡単に見つけた。
兵ではない者達も多くいる為、足が遅いので見つけるのも容易であった。
劉備軍を見つけるなり、曹仁は命を下した。
「見つけたぞっ。劉備を捕まえろ! 生死は問わん! 邪魔する者は誰であろうと蹴散らせ!」
その命に従い、曹仁軍の兵達は劉備軍に襲い掛かった。
「殿を守れっ。敵を殿に近づかせるな!」
劉備に従っていた廖化が兵を率いて、その攻撃を防ぐように命じた。
程なく、曹仁軍の攻撃が劉備軍に襲う。
曹仁軍の方は劉備さえ討ち取ればよいので、その為に邪魔な者が居るのであれば蹴散らすだけであった。
進行方向に老人や子供がいようと容赦なく、轢き殺していった。
対する劉備軍は戦うだけではなく、襲われている者達も助けなければならなかった。
兵の数も違い過ぎるので、劉備軍は大した抵抗を取る事が出来なかった。
「劉備は何処だっ! 劉備を見つけろ!」
曹仁と共に従軍している牛金は血塗られた得物を掲げつつ、劉備を探していた。
時折、劉備軍の兵が襲い掛かるが、難なく返り討ちにしていた。
劉備を探し続けていると、後方が騒がしくなった。
「何事だ⁉」
牛金は後方が騒がしい事が気になり、足を止めた。
其処に兵が駆け込んできた。
「申し上げます! 敵の部隊が我が軍の後方を攻撃しております!」
「旗は⁉」
「張、公孫と書かれておりますっ」
「っち、劉備軍の部将か。分断されたと聞いていたが、生きていたか。それで、将軍は何と?」
兵の報告を聞いて牛金はしぶといと思いつつ、兵に訊ねた。
「一度態勢を整えるので後方に下がるので、追撃を止めて合流せよとの事です」
「分かった。追撃は中止だ!」
牛金はその命に従い、馬首を返して離れて行った。
曹仁軍が追撃を止めて、離れていくのを劉備が見送ると、其処に武装した一団が近づいてきた。
その一団は全員、全身砂塵に汚れ鎧などがボロボロであった。
劉備はその一団が掲げる旗を見て、顔を喜ばせた。
その一団の先頭に居る者が馬から降りて、駆け出していった。
「兄者ああああ、よくぞご無事でっ」
「張飛っ⁉」
駆け出しているのは張飛であった。
その一団の旗には張と公孫の字が書かれた旗も掲げていた。
そして、劉備達は暫し互いが生きている事を喜ぶのであった。
状況は全く好転していないが、互いが生きて会えた事を喜んでいた。




