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孫堅、帰国す

 孫堅達が袁紹の陣地に入り、袁紹の下に向かった。

 袁紹の周りには諸侯達が並んでいた。

 誰も顔を赤らめていない。どうやら酒を飲んでいる様子は無いと察した孫堅。

「皆様方。お揃いでしたか。丁度いい。実は最近、酒を飲みすぎて身体を壊したのか健康が優れない。陣中の仕事も満足に出来ないのだ。まだ、董卓討伐の途中ではあるが暫く国に帰って静養したいと思います。袁紹殿、帰国の許可を」

 孫堅が袁紹に暇乞いを述べた。

「ほぅ、体調が優れないと? それは大変だ。しかし、私の見た限りでは陣中の務めを疎かにする程の重病には見えぬが?」

「今日はまだ体調は良いが。明日も良いとは限らないので」

「そうか。病気の原因は何かお分かりかな?」

 袁紹が意味ありげに訊ねた。

 孫堅はその顔を見て袁紹に伝国璽の事が伝わったと察した。

「袁紹殿。私には貴殿が何を言いたいのか、さっぱり分かりません。ハッキリと言って下さらぬか?」

 孫堅がそう訊ねると、袁紹はジロリと睨んだ。

「では、言わせてもらおうか。昨夜、貴殿は建章殿にある井戸にて漢室の宝を手に入れたのだろう? もしや、それが病の原因ではと思ってな」

「漢室の宝? さて、何の事やら」

 孫堅はすっとぼけると、袁紹は眦をつり上げた。

「孫堅。貴様が伝国璽をその懐に入れている事は分かっている。今すぐに出すが良い。さすれば、昨夜、伝国璽を手に入れて私に報告をしなかった事を許してやろう」

「伝国璽だと⁉ そんな物は知らん! 見た事も無いわっ」

 孫堅が濡れ衣だと言わんばかりに叫んだ。

「黙れ‼ 我等は漢室を助けるという大義を果たす為に兵を挙げたというのに、その一員である貴様が己が欲の為に伝国璽を奪うとは謀反人と同じであろう。逆賊でないというのであれば、今すぐに伝国璽を出して朝廷に返すべきだ‼」

「待たれよ⁉ 何故、連合に参加した私が逆賊扱いされねばならないのだっ。それに伝国璽など知らん!」

「まだ、言うか⁉ 証人が居るのだぞ」

 袁紹は手で合図すると、部下達は頷いて離れた。

 そして、兵達は孫堅軍の兵を連れて来た。

「なっ、貴様は⁉」

「お前は我が軍の兵。どうして此処に?」

 韓当と黄蓋はわざとらしいくらいに驚いていた。

 そんな二人を無視して袁紹は連れて来た兵に目を向ける。

「おい。お前が見た物をそのまま告げるが良い」

「はい。俺は孫策様と共に見回りをしていたのですが。その時孫策様は喉が渇いたと言って建章殿にある井戸で水を汲もうとしたら、孫堅様達がやって来たんです。で、孫策様が桶を引き上げるとその中に袋が入っていたんです。その袋は錦の袋でした。で、その袋を孫堅様が開けると中には四寸ぐらいの四方の物が出て来たんです。それを見た程普様達が『それは伝国璽だ!』と叫んだんです。それを訊いた孫堅様は自分の懐に入れて」

 兵が話している最中に、孫堅は。

「この裏切り者! 金欲しさに主を売る不届き者め。この場で斬り捨ててくれる⁉」

 孫堅は怒声をあげて剣の柄に手を掛けた。

「ひいいい、お助けをっ」

 兵は怒る孫堅を見て怯えだした。

「証人を斬るとはやはり伝国璽を隠し持っているという事だなっ」

 袁紹は証人を斬られてはたまらないとばかりに前に出て孫堅を止める。

「何を、馬鹿なっ」

「では、伝国璽を出してもらおうか。さもなければ」

 袁紹は剣を抜いた。

 刀身に光が当たりキラリと光る。

「ぬうっ、そちらがそのつもりと言うのであれば‼」

 孫堅は剣を抜いた。

 それを見て袁紹の部下達は剣を抜けるように構え、程普、黄蓋、韓当の三人も孫堅の後ろに控えて剣を抜いた。

 一気に修羅場になりかけたが、その場に居る諸侯達が二人を宥める。

 皆口々に仲間割れを起こせば長安の董卓を喜ばせるだけとか、こんな醜態が世間に知られたら世間の物笑いになると仲裁する。

 諸侯達に仲裁されて、袁紹は剣を鞘に納めた。それを見て孫堅達も剣を鞘に納めた。

 殺し合いになるのが避けられて安堵する諸侯達。

「だが、孫堅殿が伝国璽を盗んでいないかどうかを調べさせてもらおうか。それで疑いは晴れるであろう」

 袁紹は尚も伝国璽を持っているのだろうと疑っていた。

 孫堅は毅然として言い返した。

「私は漢室の臣下にして、一国一城の主だ。二言は無い! だが、其処まで疑うと言うのであれば」

 孫堅は腰に佩いている剣を鞘ごと抜いて床に叩き付けた。

「好きなだけ調べるがよろしい」

 孫堅は両手を広げた。

 その堂々とした態度に諸侯達は嘘はついていないのだろうと信じた。

 あまりに堂々としているので袁紹も信じそうになったが、伝国璽を持っていると言った手前、調べないで信じれば自分の名に傷がつく事になる。

「おい。孫堅殿の身体を調べろ」

「はっ」

 袁紹の命で部下達は孫堅の身体を調べた。

 しかし、どれだけ身体を弄っても袋らしい物はなかった。

 何時まで経っても袋は出ないので孫堅はニヤニヤと笑みを浮かべた。

「殿。孫堅殿の身体をどれだけ探しても袋らしい物はありません」

 部下の報告を聞いて袁紹は気まずい顔をした。

 傍に居る元孫堅軍の兵も顔を青ざめさせた。

「何ならば、共に連れて来た者達も私の陣地も調べたら如何かな?」

「む、むぅ、そうだな」

 袁紹は部下達に程普達を調べさせたが、伝国璽は無かった。

「此処まで調べたのだ。我が軍の陣地を調べるのもよろしかろう。程普」

「はっ」

「袁紹殿の部下と共に我が軍の陣地へと向かえ。兵達には陣内に伝国璽があるかどうかを調べる事を伝えて探させろ」

「はっ。では、誰か共について来てくれますかな?」

 程普がそう訊ねると、袁紹の部下達は袁紹を見た。

「……我が軍の兵と共に孫堅殿の陣地に向かい調べるのだ」

 此処まで来たら最後まで調べようと思い袁紹はそう命じた。

 袁紹の部下達は程普と共に孫堅軍の陣地に向かった。


 それから数刻が経った。


 程普達が袁紹達の下に戻って来た。

「報告します。孫堅軍の陣地を調べさせましたが、伝国璽らしい物の錦の袋の影も形もありませんでした」

 部下の報告を聞いた袁紹は苦渋な顔をしていた。

 元孫堅軍の兵は顔色が青から土気色になっていた。

 そんな折に曹昂が袁紹の下にやって来た。

「本初様。皆様方。ご報告したき事がありまして参りました。……何か有りましたか?」

 変な空気になっている事を察した曹昂は訊ねたが、誰も何も言わなかった。

 其処に元孫堅軍の兵が曹昂を見るなり大声を上げた。

「ああ、お前だ。お前が持っているんだろう! 間違いない‼」

 元孫堅軍の兵がそう叫ぶのを聞いて、皆一斉に曹昂を見る。

「? 何の事ですか?」

 話がついていけない曹昂は訊ねた。

「いや、孫堅殿が伝国璽を持っているのではという話を小耳に挟んだので、事実かどうかを調べていたのだ」

 誰も教えないので袁紹は代わりに教えた。

「成程。それで何故、僕が持っている事になるのですか?」

 曹昂が訊ねると元孫堅軍の兵が理由を話した。

「昨日、お前は俺達の陣地に居ただろう。その時に孫堅から袋を貰ったんだ!」

「はぁ、確かに。昨日は文台様の陣地に居ましたが、袋なんか貰っていませんよ」

「嘘をつけ‼」

 元孫堅軍の兵はこのままでは自分が虚偽の報告をした事で処刑されると分かっているので何が何でも曹昂が伝国璽を持っている事にしたかった。

「随分と疑っている様ですね。良いでしょう。どうぞ、調べて下さい」

 曹昂は調べやすいように手を広げた。

 其処まで言うのでと思い袁紹は一応調べる事にしたが。

「申し上げます。伝国璽らしい物などありません」

 袁紹の部下は無情の様な報告をした。

 それを訊いてその場に居る者達は皆、元孫堅軍の兵を見る。

 その目には侮蔑の色が混じっていた。

「……誰か。その卑しい者を外に連れ出して斬れ!」

「はっ」

「ち、ちがう。おれは、うそはついてない。ほんとうだ。ほんとうなんだあああぁぁぁぁぁぁ…………」

 元孫堅軍の兵が袁紹の部下達に引きずられていった。

 声が段々遠くなった。やがて、外から悲鳴が聞こえた。

 袁紹は身なりを整えて孫堅の前まで来て頭を下げた。

「申し訳ない。一介の兵の話を鵜呑みにした自分を許してほしい」

 袁紹が謝ってきた。それを見て孫堅は怒るでもなく嫌味を言う事もなかった。

「おほん。いや、間違いだと気付いてくれただけで、私は何の文句も無い。それよりも、私の帰国の件ですが」

「お、おお、勿論だ。貴殿の帰国を許そうぞ」

「ありがたきお言葉。では、皆様方。いずれ、また」

 孫堅はそう言って諸侯達に一礼して出て行った。

 孫堅達が見えなくなると、袁紹は息を漏らして自分の席に着いた。

「……曹昂君。お主は何の用で来たのだ?」

「父から文が来たのでお届けに参りました」

「そうか。おい」

 袁紹は部下に命じて曹昂から文を貰った。

「では、僕はこれで失礼します」

 曹昂は一礼してその場を後にした。

 余談だが、曹操が袁紹に届けた手紙は劉虞擁立についての事が書かれていた。

 曹操も擁立については反対と書かれていた。それを読んだ袁紹は苦い顔を更に苦くしていた。


 曹昂が袁紹の陣から離れると自軍の陣地に戻った。

 そして、貂蝉に預けていた物を貰い受けた。

 無論、それは伝国璽が入っている紫金襴の袋だ。

 孫堅から伝国璽を貰った曹昂は一度自軍の陣地に戻り自分の天幕に伝国璽を置いた。

 袁紹は兵の報告で孫堅又は部下か陣地に置かれていると思っているから一時的に曹昂が預かったのだ。

 その後で袁紹の下に行ったのは、孫堅の陣地に居たので持っている事を疑われるかも知れないと思ったから向かった。

 その時に偶々曹操から手紙が来たのでついでに届けたのだ。

 貂蝉から貰った袋を懐に入れて曹昂は孫堅の陣地に向かった。

「おっ、来たな。お~い‼」

 孫堅軍の陣地には孫策が居た。曹昂を見るなり手を振った。

 孫策の傍には孫堅も居た。

「お待たせしました」

 曹昂は孫堅親子を見るなり頭を下げる。そして、懐に手を入れる。

「預かっていた物です。どうぞ」

「……おお、まごう事なく伝国璽だ」

 孫堅は曹昂の手から貰った袋の口を緩めると、中には伝国璽が入っていた。

「お主の話を聞いた時は少しだけお主の事を疑ったが、こうして伝国璽を返してくれるとはありがたい」

「元々は文台殿が拾った物ですから」

 今、曹操軍に伝国璽などあれば周りの諸侯達から袋叩きに遭う可能性があった。

 なので、そんな物騒な物を手元に置いておくぐらいなら、欲しいと思う人に与えた方が良いと思っていた曹昂。

「君は欲が無さすぎではないか? この伝国璽を持つ者は一身恙なく栄えるという話もあるのだぞ」

「そうでしょうか?」

「ふふふ、まぁ、とにかくお蔭で助かった。礼を言う。もし、何か困った事があれば連絡をくれたまえ。出来る限り助力しよう」

「ありがとうございます」

 孫堅の言葉を聞いて社交辞令みたいなものだろうと思い曹昂はお礼を述べるだけにした。

「ありがとな。これで安全に国に帰る事ができるぜ」

「気にしないで良いよ。友人だろう」

「……へっ、ありがてえな」

 孫策は嬉しそうに鼻の頭を掻いた。

「これからどうなるか分からないけど、お互い頑張ろうね」

「ああ、お前もな」

 曹昂と孫策は固く手を握った。

 そして、孫堅軍は洛陽を後にした。


 孫堅が洛陽を出て行った後、ある事件が起こった。

 兗州州牧の劉岱が東郡太守の橋瑁を殺害するという痛ましい事件が起こった。

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