とりあえず
劉備軍が廬江郡に侵攻するという報を聞いた孫権は憤っていた。
「また攻め込んで来るとはっ。あの大耳は大人しくするという事が出来んのかっ」
憤っている孫権は座席の肘置きを何度も叩いていた。
少しすると、叩くのを止めて息を吐いた。
ようやく静かになるのを見て、魯粛が話しかけた。
「殿。直ぐに兵を送るとしましょうか」
「そうだな。程普に兵を与えよ。副将は」
魯粛と話しつつどう対処するか話し合った。
数日後。
兵の準備をしていると、兵が駆け込んできた。
その兵は廬江郡太守の孫邵が送った者であった。
「劉備軍は一万の兵を率いて侵攻しておりますが、何処の県も攻撃せず西へと向かっております」
兵の報告を聞いて、孫権達は首を傾げていた。
劉備が兵を率いているのは問題なかった。
問題なのは、何故どの県も攻撃もせずに西へ向かっている事であった。
領地拡大を目的で侵攻していると思っていたのだが、何故どの県も攻撃しないのか分からなかった。
「魯粛。どう思う?」
孫権はどれだけ頭を捻っても、何も思い浮かばないので信頼する家臣に訊ねた。
魯粛も何故、そうするのか分からず唸っていた。
其処に兵の準備をしていた程普が来た。
「殿。廬江郡から使者が来たと聞きましたが」
「ああ、程普。兵の報告を聞いた所ではな」
孫権は程普に兵から聞いた報告を話した。
話を聞いた程普も首を捻っていた。
「どの県も攻撃せず、西へ向かっている? 何故その様な事をするのでしょう?」
「分からん。西に行っていると言うが、廬江郡の先は荊州であろう」
「はい。最早曹操の支配下に入っております。其処に行ったとしても、曹操と戦うだけでしょうに」
孫権と程普は話していても、訳が分からない顔をしていた。
二人の話が聞こえたのか、魯粛は呟きだした。
「荊州・・・・・・今の劉備の勢力では勝つのは無茶を通りこえて無謀。しかし、このまま丹陽郡にいても、敗れる事は分かっている筈。であれば、何処かで捲土重来を図ると考えるのが得策か。そう言えば、今の益州の州牧である劉璋は劉備と同族か・・・・・・はっ⁉」
ブツブツと呟いていた魯粛が何か思い至ったのか、脳裏に何かが閃いた。
「そうかっ。そうであれば、納得できるぞ!」
魯粛は何か思い至った様で、興奮しながら大声をあげていた。
突然、大声を上げ出したので孫権達は吃驚していた。
「魯粛。劉備の考えが分かったのか?」
「はい。劉備めは運否天賦に賭けたと言っても良い行動に出た様です」
「ほぅ、それはいったいどのような事なのだ?」
魯粛がそう言うのを聞いて、孫権達は気になったのか劉備がそんな行動を取るのか気になり訊ねた。
「劉備は今のままでは、自分が敗れる事が分かっているのでしょう。ですので、西へと進んでいるのです」
「西へ進んだ所で、荊州に行き付くだけであろう。そうなれば、曹操と戦うだけだぞ」
「そうなります。ですが、荊州の向こうには何がありますか?」
「荊州の先となると・・・・・・益州だな」
「・・・・・・まさかっ⁉」
程普の呟きを聞いて、孫権はようやく思い至ったのか声をあげた。
「まさか、劉備は荊州を通り抜けて、益州に入るつもりか⁉」
「どの県も攻撃せず、西へ向かっている事を考えますと、そう考えるのが正しいと思います」
魯粛は確信に満ちた声で述べた。
だが、孫権達からしたらあまりにも有り得ない事であった。
「流石は劉備と言うべきか。我らでも思いもつかない方法で逃げるとは・・・」
孫権は劉備の思い切った行動に驚きと共に苛立ちを感じていた。
自分には無い大胆な行動力に脅威を感じているからだ。
だが、それを認めれば君主の器量に関わるので認めたくは無かった。
「殿、気持ちは分かります。流石は亡き大殿が一目を置いた男と言えます。それよりも今は我らはこれからどう動くか考えるべきです」
程普の問いに、孫権は暫し考えた。
「・・・・・・直ぐに答えは出んな。とりあえず、孫邵には各県の守りを固める様に命ずるとしよう。程普は何時でも出陣できる様にしておくのだ」
「はっ」
「魯粛は劉備が本当に益州に向うかどうかを調べよ」
「承知しました」
孫権は指示を聞いて、魯粛達は一礼しその場を後にした。
同じ頃。
劉備は軍勢を率いて、廬江郡を駆けていた。
兵だけではなく、兵の家族も連れているので普段の行軍よりも時が掛かっていた。
軍列が伸びているので、奇襲を受ければ大損害が出そうであった。
その軍列を劉備は少し離れた所で見ていた。
「流石に兵の家族を連れての行軍だからな、かなり長い列となっているな」
劉備の呟きに、傍にいる馬順が頷いた。
「はい。しかし、兵の家族を連れていく事を考えますと、このぐらいの列は出来るのは仕方がないかと」
「そうだな」
劉備は少しだけ、兵の家族を連れていく事に後悔していた。
馬順はこれでは荊州に辿り着くのに時が掛るなと思っていた。
(まぁ、いざとなれば)
馬順は何か考えている顔をしていた。




