行動する前に
曹操の命により、曹純率いる虎豹騎が出撃の準備を整えていた。
兵達が忙しく動き回っている中、曹操の屋敷に訪ねている者達がいた。
曹操はまだ丞相府で政務を行っているので、屋敷には居なかった。
訪ねた者達も曹操に会いに来た訳ではなく、曹操の正室である丁薔に会いに来た様だ。
使用人に案内された者達は丁薔に会うなり挨拶を交わしていた。
「丁夫人。お久しぶりにございます」
「お元気そうで何よりです」
「貴方達も壮健そうで何よりです」
挨拶する二人を見て微笑む丁薔は自分から見て右に居る者を見た。
「文烈は太守の任を終えて、直ぐに戦に赴くという大変でしょうが。頑張りなさい」
「はい。丞相の期待に背かない様に働きます」
丁薔が声を掛けたのは曹休であった。
南陽郡の太守の任が解かれると、虎豹騎の部隊長に任命された。
此度の出陣にも参陣する様に命じられていた。
そうして、丁薔は曹休の隣に居る人物を見た。
「貴方は此度が初陣と聞きました。この時代ですので、皆経験した事です。頑張りなさい」
「は、はい」
丁薔が声を掛けたのは曹休と変わらないぐらいの年代の男性であった。
お盆の様に丸い顔を持ち、口髭を馬の轡の形に生やしていた。
身長も高いのだがでっぷりと肥って、縦より横の方が広く見えそうな軀を持っていた。
この者は曹真。字を子丹と言い、曹操の親族である。
嘗て、陶謙の部下であった張闓達により親族と父を殺された事で、妹と共に曹操に引き取られ丁薔に養育された事で、母同然に慕っていた。
此度の初陣に際して、曹真が緊張しているのを見た曹休が丁薔に激励して貰おうと思い連れて来たのだ。
「功を立てるのも大事ですが。けして、命を粗末にしない様にしなさい」
「はいっ。肝に命じます」
曹真が元気よく答えたが、丁薔は少しだけ不安であった。
弓馬に覚えがあるという事で、虎豹騎の部隊長に抜擢されたと聞いていたが、本当にそうなのか知らなかったからだ。
加えて体型が少々腹が出ているので、部将としてきちんと戦働きが出来るのか分からないというのもあった。
ちなみに、曹真が肥満なのは事情があった。
張闓達により親族と父を殺された事で、妹と今は亡き曹浩と共に路頭に迷う事となった。
曹操に引き取られるまでの間、食うに困っていた。
加えて、自分の妹を飢えさせてはならないと思ったのか、辛うじて手に入れた食料も妹に分け与えていた。
やがて、曹操に引き取られ食うに困らない様になると曹真は思いっきり食べる様になった。
それにより、肥えてしまった。
薬師に見せた所、飢えを経験した事で必要以上に食べてしまい肥えたのだと述べた。
そんな辛い経験をしたので、丁薔も無理に痩せさせようとしなかった。
お陰で余計に肥えてしまったので、少しは痩せる様に言うべきかと後悔していた。
(まぁ、曹休と曹純殿も居るから大丈夫でしょう)
出来れば戦死はしないで欲しいと思いつつも、戦場に出ている以上どうなるか分からないので、丁薔は祈る事しか出来なかった。
同じ頃。
揚州丹陽郡宛陵県。
城内にある一角の部屋で徐福と馬順が揚州と荊州の地図を見ながら話していた。
「やはり、廬江郡から荊州に入るのが無難か」
「ええ、それが良いと思います」
徐福が顎を撫でながら言うと、馬順も頷いた。
劉備が益州に逃亡する事を決めたので、二人はどのような経路で向かうか話しあっていた。
結果、廬江郡から荊州に入り、江夏郡と南郡を通り抜けて益州に入る道という比較的距離が短い道と、豫章郡から長沙郡に入り、其処から武陵郡か南郡を通り抜けて益州に入る遠回りの道の二つが出来た。
だが、孫権の追撃から逃れて、其処から曹操の追撃を逃れる事も考えると、遠回りの道では余計に被害が増えて食料を失うという事が考えられた。
そう分かったので、徐福達は廬江郡から荊州に入る道を選んだ。
「廬江郡から逃げれる事は出来る。問題は江夏郡をどうやって通り抜けるかだな」
江夏郡には太守の厳幹だけではなく文聘も居た。
この二人のどちらかと戦えば、兵力を失う事になる。
更に言えば、戦えば時を失ってしまう。そうなれば、襄陽から兵が差し向けられる可能性があった。
これらをどう対処するべきか、二人は頭を悩ませていた。
其処に兵が参った。
「失礼します。徐福様にお会いしたいという者が参っております」
「わたしに? 誰だ?」
「崔州平と名乗っておりました」
「また来たのか」
訪ねて来た者の名を聞いて、今度は何の用なのか分からなかった徐福は首を傾げつつ、とりあえず会う事にした。




