予想以上に
数日後。
曹昂から頼まれた馮才が訪れていた。
「ご依頼の品は出来たのですが、味を見て頂けないでしょうか」
馮才も困った顔をしながら頼んできた。
というのも、彼からすれば頼まれたウスターソースなど食べた事がないので、どれが美味しいのか分からなかった。
なので、作る様に依頼した曹昂に味を見て貰い失敗したのか成功したのか調べる事にしたのだ。
「うむ。確かにその通りだな。では、味を見せて貰おうか」
曹昂が味を見てくれると言うのを聞いて馮才は頷いた後、横に置いている二つの蓋つきの小さい壺を見た。
その内の一つの蓋を手に取り、小皿に注いだ。
その小皿を掲げると、曹昂は傍にいる孫礼を見た。
孫礼は頷くと、馮才の元に赴き小皿を受け取り、曹昂に渡した。
渡された小皿の色は黒色であった。
記憶の中のウスターソースの色だなと思い、次に匂いを嗅いだ。
(むっ、何か生臭い匂いだな)
匂いを嗅いだ後、指を汁につけて口の中に運んだ。
「・・・・・・・ぶうっ、生臭い匂いが強いっ⁉」
魚醤を煮込んだ事で、生臭い匂いが凝縮されて濃くしていた。
塩辛い味付けに酸味と甘みを感じさせるのだが、生臭い匂いで全て台無しにしていた。
「これの材料を聞いても良いか?」
「はっ。教えられた通り、洋葱、人参を使い、他は八角、丁字、肉桂花椒、生姜、生黄、陳皮《蜜柑の皮を乾燥させた物》、酢と砂糖に最後に魚醤を入れて煮込んで漉して出来た物です」
「ああ、魚醤を入れたらそうなるか」
曹昂はこれは食べる事が出来ないのではと思っていたが、ふと思い出した。
(そう言えば、ウスターソースの元祖であるリーペリン・ソースは出来た時は食べる事は出来なかったが、暫く放置していたら味がまろやかになったっていう本を前世で読んだ事があったな)
この魚醤を使ったウスターソースもどきも放置すれば味が良くなるのではと思えた。
「この汁の方は暫し倉の中に入れて放置すればいいと思うぞ」
「放置すれば、味は良くなりますか?」
「酒も保存すれば、より美味しくなる。それと同じ事だ」
「成程。では、そうします」
曹昂がそう言うのを聞いて、馮才は頷いた。
そして、小皿を下げるように孫礼に渡した。
孫礼は渡された小皿を見ると、どんな味なのか気になったのか指をつけて味わった。
「~~~、塩辛い味と程よい酸味と甘みの中に、使われた生薬の香りが鼻腔をくすぐっている時に、魚醤の生臭い匂いが襲い掛かります。煮込まれた事で、匂いも凝縮された事で不快な味となり、これは食べるのは無理なのではと思いますっ」
味わった孫礼が味を見た事に後悔している顔をしていた。
そして、小皿を近くに居る者に渡し処分する様に命じた。
そうしている間に、馮才はもう一つの小さい壺を手に取った。
「こちらは、先ほどの物とほぼ同じですが。魚醤ではなく穀醤を入れました」
「ああ、こっちの方が期待できそうだな」
馮才が小皿に汁を注ぐと、孫礼が何も言わずとも受け取った。
それを曹昂に渡した。
「・・・おっ、こっちの方が良いな。穀醤を使ったから、魚醤の場合と違って匂いが違うな」
先ほどと違い、生臭い匂いなど全くしなかった。
むしろ、使われた香辛料により芳しい香りを出していた。
「どれ味見を。・・・・・おっ、こっちの方が良いなっ」
指をつけて味見をすると、曹昂は驚きの声をあげた。
穀醤を使った事で、生臭い匂いなど全くなかった。
塩辛い味にキレのある酸味にくどくない甘味があり、そんな中で使われた香辛料の香りが十分に嗅ぐ事が出来た。
記憶の中にあるウスターソースの味に良く似ていた。
「おお、これは良い。これなら良いであろうな」
曹昂が良いと言うのを聞いて、馮才も安堵の息を漏らした。
「殿。わたしも味を見ても良いですか」
「ああ、良いぞ」
孫礼がそう言うので、小皿を渡した。
「・・・おっ、先ほど味見した物と同じとは思えない程に良い味ですな。塩辛い味の中にある酸味と甘みの中に、芳しい香りを感じれます。先ほどの物は生臭い匂いが強かったのですが、これには全くありません。複雑な味の中に芳しい香りを純粋に味わう事が出来ます。これなら、何につけても美味しいと思えますぞっ」
孫礼が味見をするなり、その味を称賛しだした。
「だろうな。馮才殿。こちらの方を定期的に届けて下され」
「承知しました。後、この調味料の名前はどうしますか?」
「そうだな。塩辛い味付けに、醤を濾して油みたいに出来た汁だから辣醤油と名付けよう」
「辣醤油ですか。良いと思います」
調味料の名づけが決まったので、馮才は後日届けると言い一礼しその場を後にした。