修行の休日、東の森での話。
ハナとの修行は、師匠との訓練と比べても遜色のないくらいきついものとなっている。
すぐに秘術の訓練になるのではなく、秘術を使いこなすために、魔力を練り上げる訓練に磨きをかける必要がある。運がいいのか何なのか、メイは小さいころから、ばーちゃんに言われるがままに魔力を体内で循環させ、自由に操れるようにする訓練を行っていたので、一般の人に比べては秘術本来の訓練に入るのは早かった。
しかし、魔力を変換し、術を発動するというのは一朝一夕でできるようなものではないので、集中力が持つ限りひたすら訓練をすることになる。
また、秘術を扱うにあたり、秘術自体の威力は長い目で見ると魔法に劣ってしまうため、身体的な戦闘能力も必要になっている。こちらは、シンゾーに鍛えられていたと言っても、まだまだ世界の強者というレベルではない。そのため、比較的格闘や体術が得意ではないと言っているハナと組手などをしても、まだまだ勝てるわけではないので、そういった戦闘訓練も並行して行っている。
そのため、一日の修行が終わると、精神的にも肉体的にも疲労がたまってしまう。そう考えると、ただひたすらに戦闘訓練だけをしていた、シンゾーとの訓練より厳しいかもしれない。
ただ、ハナに修行を付けてもらえるようになったことの利点は秘術だけではなかった。それは、シンゾーが使っていたように、ハナもカタナと呼ばれる、こちらの国々ではあまり見かけない武器を使うため、たまたま買うことになったカタナの扱い方も学ぶことができた。
このカタナの扱いに関しては、数年シンゾーが使う様子や、相対してみていたため、1か月程度で使えなくはない、というくらいのレベルになることができた。
そして、今は5月5日の夕食後である。
「よし!とりあえず1か月修行したし、明日は気分転換がてら冒険者活動してきなさい!それと、余裕があれば、少しできるようになってきた秘術を試してきてもいいわよ!」
「わかりました。」
「よろしい。じゃあおやすみなさい。」
「おやすみなさい。」
メイは、久々に街の外に出るということで、ワクワクしながら眠りについたのであった。
次の日の朝。メイは、開門と同時に東門から外に出て、東の森に入っていった。メイは、冒険者をただの身分証明としてしか考えていないため、個別依頼を受けるつもりもないからだ。
森の中で、モンスターの気配を探りながら歩いていると、ブラウンディアを発見した。ブラウンディアは、基本的に草を食べ、おとなしいモンスターなため、秘術を試すにはもってこいの相手である。
現在メイができる(といっても100%の成功率ではないが)秘術は、《秘術・雷流し》のみである。この術は、体から電気を放出し、接触しているところに電気を流すという術である。この術は、触った相手にしか効果がないので、完璧に発動できるとは限らない状態で試すには、おとなしいブラウンディアがもってこいなのだ。
そんなわけで、メイはできるだけ気配を抑えながらブラウンディアに近づき、手で印と印と呼ばれる形を作り、魔力を練り上げる。そして《秘術・雷流し》を発動する。
すると、メイの体にバチバチと電気が流れる。
「よし、うまくいった。」
近くから聞こえる「バチバチッ」という電気のはじけるような音に気付いたブラウンディアは、その音の発生源から逃げようとするが、その前にメイが接近し、ブラウンディアに手を当てる。その瞬間、メイに流れていた電気がブラウンディアのほうに流れていく。突然体に電気が流れたブラウンディアは、気絶してしまいその場で転んでしまう。メイは、ブラウンディアを確実に絶命させるため、カタナの練習がてら、カタナで首をはねた。
「よし、どんどん練習しよう。」
一回目からうまくいったメイは気を良くして、それから夢中になってブラウンディアやそれと同程度くらいの弱いモンスターの狩りを続けていった。
秘術の成功率はよくて5割といったところであったが、普段はおとなしめのメイでも、新たな技を手に入れたうれしさからか、どんどん術を使っていき、12時を過ぎたころには疲れが来てしまった。そのため、メイは街のほうへ向けて帰路についているのであった。
もう少しで森を抜けるというようなところで、急に耳元で声が聞こえた。
「お主、ちょっと助けてくれんか?」
「!?」
まったく気配もなく、突然耳元で声がしたので、メイは驚いて周りをキョロキョロと見わたす。しかし、声の主らしき存在は見当たらない。
「すまん。状況を説明してる時間はない。ともかくこのまままっすぐ進んでくれ!」
メイは、何が何だかわかっていなかったが、「助けて」と言われたので、走り出した。少し走ると、かなり強そうな気配が前のほうから伝わってくる。メイが速度を上げてその気配に近づくと、3人の冒険者らしき人影と対峙している、大きな黒いオオカミがいた。
メイが近づいてきたことに気づいた冒険者の一人が声を上げる。
「すまん!手伝ってくれ!少し足止めしてくれれば、僕が大技を決める!」
その声を聞き、メイは思考を足止めをすることへと切り替える。冒険者たちの様子を見ると、3人のうち二人は既にぼろぼろの様子で、先ほど声を上げた者が踏ん張っているような状況だった。
メイは、カタナを取り出すと、その大きなオオカミに接近し、切りかかる。
「ギャウッ!!」
メイの接近に気づいていなかったオオカミは、いきなり切りかかられて驚いたものの、まだ技術の乏しいメイの切りかかりでは、オオカミの丈夫な皮膚を完全に切り裂くことはできていなかった。
「カタナじゃまだきびしい。」
そうは思いつつも、メイの存在に気づいたオオカミは、攻撃の標的をメイに変更し襲い掛かってきているので、秘術の印を結ぶ余裕もなく、カタナで対応するしかなかった。
「あと1分粘ってくれ!」
そういう声が、後ろから聞こえる。
(電気で麻痺させられれば!なんとか隙を作らなきゃ!)
メイが、そんなことを思っていると、オオカミの顔に1本の矢が突き刺さる。メイが驚いて振り向くと、ボロボロだった2人の冒険者のうちの一人が最後の力で放った者だった。
「グガオオォォォォォ!」
オオカミは、再び意もせぬ攻撃をくらい、吠えあがる。そして顔に矢をくらったため、顔を横にブルブルと振る。
(今しかない!)
千載一遇のチャンスが生まれ、急いで印を結ぶ。成功率は5割に満たないが、ここで決めなければならない。
(《秘術・雷流し》!!)
見事にこの土壇場で失敗せずに秘術を発動できたメイは、集中力を欠いているオオカミに接近し、電気を流す。
「バチンッ!!!」
そう今日一番の大きな音とともに、オオカミは、ビクンッ、っと体の動きを停止させる。メイは、オオカミに電気を流すことに成功し、オオカミを麻痺させることに成功したのだった。
(あ、やばい)
メイは、朝から魔力を使いまくっていたためか、今回の秘術の行使により、自身の魔力を使い切ってしまったようだ。
「助かった!あとは任せろ!!」
その声を聞きつつ、メイは気を失ってしまった。