7話 特別な日・前
「今日は特別な日だな、弟よ」
「……さて、なんだったかな」
ある晴れた休日の午後。
俺は姉とテーブル越しに向かい合い、カーテンの向こうの暖かな晩夏の陽気を浴びつつ、優雅に紅茶を啜っていました。
「ふふ、分かってるくせに」
くすりと微笑み、ティーカップに口をつける姉。
「まぁ、そういうドッキリも悪くはないがな」
「はてさて。一体なんのことやら」
TVの画面が写す午後のワイドショーは、『普段お世話になっている家族へのプレゼント特集』という内容のものでした。
お隣さんの、布団叩きのパタパタとした音が聞こえ、どこか遠くで、カラスがカァカァと鳴いています。
ふと、ティーポットの中身が空になっていることに気付く俺。姉のティーカップも空で、少し手持ち無沙汰のように見えました。
「すまんな、気が付かなくて。ちょっと足してくるよ」
そう言って席を立つ俺。
「あぁ、悪い。こちらこそ気を使わせてしまって、すまないな」
「いいんだ、気にするな。俺たち姉弟だろう?」
そう、親しき仲にも礼儀あり。一つ屋根の下で暮らす者同士、たまにはこういった歩み寄りも必要なのです。
「そうだったな」
ふっと笑いかける姉。
「あぁあと、ドッキリを用意してくるのも今のうちだぞ。何のドッキリなのかは姉ちゃん、検討もつかないがな。何だかそんな気がするだけだ」
「ははは、全くなんのことやら」
モダンでセピアな、ちょっと意地悪とした空気が俺たちの間に流れます。しかしそれはとてもゆったりとした、温かいものでした。
それから俺は普通にキッチンへ向かい、普通に紅茶を淹れ、普通のお茶菓子を持ってリビングに戻ったのでした。
椅子を引き、また姉と向かい合います。
少しだけ表情を曇らせる姉。
「……意外と焦らすんだな、弟よ」
「……なんのことやら」
本当になんのことやら。
「お前本当に今日が何の日か分からないのか?」
「だから何度も『なんのことやら』と言っているだろう。何なんだ、ドッキリだとか特別な日だとか」
「弟よ、お前まさか姉ちゃんの口から言わせる腹積もりか?」
「いっそ言ってくれ。さっきからもどかしくて仕方ない」
「……誕生日だろ」
「姉のだろ。まさかずっとそのことを指していたのか」
「いやいや、えーっと。うーん……あれー?」
頭を抱えてこの状況をよく整理し始める姉。
「いやホラ。誕生日といったらなんかあるだろうが。たとえばその、ケーキだとかプレゼントだとか。いやいや、それでなくとも祝いの言葉なりなんなりさ」
「前提をはき違えているぞ姉よ。そもそも弟は姉の誕生日を祝う気がない」
「……あぁ……そっかナルホド……」
ようやく納得したようで、姉も再び紅茶を淹れ直し、落ち着きを取り戻すかのように啜り始めました。
ワイドショーの特集はもうとっくに終わり、既に堅苦しい政治の話題を始めていました。
「ていうかさぁ……」
すっと立ち上がる姉。おもむろにテーブルをどかし、それから部屋の奥まで歩き出しました。
奥までつくと、一気に振り返り、たったったっとこちらに向かって駆け出し、
「祝えよ!!」
俺の顔面向けてエルボーを放ったのでした。
スローモーション。姉のエルボーは綺麗な弧を描き、的確に、そして鋭く俺の顎を抉ったのでした。俺の脳は振動し、何度も頭蓋の内壁に叩きつけられたのです。
――あぁ、死兆星が見える。