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56話 初詣 <挿絵付>

 こんにちは、弟です。

 何かと忙しいお正月を送っています。

 どうしても三が日の間に初詣に行っておきたかったので、今日は嫌がる姉を連れて地元の神社に行くことにしました。

 本来、初詣は正装をしていくものなので、俺はスーツを着て、姉には振り袖を着付けさせました。

 姉の着物姿を見るのも久しぶりです。着付けを忘れていないか心配でしたが、そこは姉、過去に何度も着た経験があるので、なんとか大丈夫そうでした。


「こんな感じか? いや、それにしても憂鬱だ。さっさと行ってさっさと帰ろう」


 ぼやく姉ですが、これがなかなか様になっています。濃い赤に控えめな花柄があしらってある着物です。


「そうだな、さっそく行くか姉よ。タクシーはもう呼んであるから」


「なんで今年はそんなやる気なんだよ弟……たかが初詣でさぁ」


 なんといっても、今年の俺は本気なのです。

 姉を初詣で連れ出すのは何年振りでしょう。おそらく父母が亡くなって以来です。


 俺たちはタクシーで近くの神社にやってきました。

 初詣といえば、大きくて有名な神社に行きたい、と思う人が多いと思いますが、やはりここは地元の氏神様を奉る神社へ行くのがならわしです。

 俺たちの行った神社は割とマイナーで人もそんなにいなかったのですが、それでも姉は鳥居の前で気だるそうな息を吐いていました。


「ほら姉、背中曲がってるぞ。ちゃんと背筋を正して、それから鳥居に向かって一礼だ」


 面倒臭がる姉とともに、鳥居に向かって一礼しました。

 今回は初詣のマナー・作法をきちんと守ろうと思います。これも全て、神様からの御利益を授かるためです。

 それから俺たちは参道を進みました。参道を歩くときは真ん中を避け、姉と左右に別れて歩きます。


「何故真ん中を通らないようにするんだ弟よ、めんどっちいなぁ」


「参道の真ん中は神様の通り道と言われているからな。ていうかこれ、父や母から教えてもらっただろう」


「そうだっけ?」


「全く姉は……一体何しにここへ来たと思ってるんだ」


「何しにって。そうだな、うーん。まずは巫女さんを見物して、できれば話しかけて、んで、あわよくばメールアドレスを聞く」


「誰が巫女さんをナンパしろと言った。参拝しに来たんだよ俺たちは」


「へいへい……」


 姉は口をとんがらせながらも頷きました。

 俺たちはまず、手水舎へ行って身を清めることにしました。柄杓で左手を洗い、右手を洗い、それから口の中をゆすぎます。このとき、柄杓で使う水は一杯のみにしましょう。神様から賜った水のため、無駄に使ってはいけません。


「神様がどうのって……弟って、いつか宗教にはまりそうだよな」


「やかましい。こういう作法はな、普段から守っておくとのちのち自分にとってプラスになってくるんだ。どんな形であれな」


「ふーん。あ、あそこに巫女さんがいるぞ!」


 姉が鼻息を荒くしてお守り売り場の方を指しました。眼鏡を掛けた髪の長い巫女さんです。


「しかし、ここからじゃよく見えんな。眼鏡もってくりゃよかった。おい弟、近くに行こう」


「はいはい、ちゃんとお参り済ませてからな」


 俺の袖をひいてくる姉を引っ張りながら、俺たちは神殿へ向かいました。

 三が日だけあって、神殿の方は十組ほどの列が並んでいました。しかしこれくらいならすぐに順番が回ってきそうです。

 並んでいる間、姉が問いかけてきました。


「弟は何をお願いするんだ?」


「我が家の無病息災、そして姉が今年こそは就職できますように、だな」


「そうか、相変わらず弟は糞真面目だな。それじゃあ私は今年もヒキニートでいられますようにと願おう」


「俺と姉の願い事が対立しあって相殺されそうだな。ふざけんな愚姉」


「えー、だってさ。そもそも初詣のロマンがないよこんなの」


「……ロマンってなんだよ」


「いや、つまりさ……ほわんほわん」


◆◆◆


「弟は何をお願いするんだ?」


「内緒だよ、へへっ」


「なんだよー、教えろよー、コノコノ☆」


「や、やめてよお姉ちゃん」


「教えてくれないと、投げっぱなしのジャーマンスープレックス食らわすぞ☆」


「わ、わかったよ。教えればいいんでしょ」


「わくわく」


「お姉ちゃんと今年も幸せに暮らせますように、かな」


「……お、弟」


「へへっ」


「うふふ、もうこの子ったら」


◆◆◆


「ほわんほわん……みたいなさ」


「悪い姉よ、吐き気がしてきた」


「どう思うよこれ! ロマンだろ!?」


「エロゲのやり過ぎだ馬鹿姉」


 ようやく、俺たちの順番が回ってきました。

 賽銭箱にお金を投じ、鈴を鳴らして、二拝二拍一拝をします。


「姉が就職できますように……姉が就職できますように……」


「……ガチだな、弟よ」


 参拝を終え、姉がいやらしい顔つきをたたえてお守り売り場の方へ歩いていきました。

 マジでこれが目的か……。

 まぁ、お守りやおみくじを買っていくくらい良しとしましょう。


 売り場には、さきほどの眼鏡の巫女さんがいました。これが中々の美人です。

 姉も喜ぶだろう、と姉の方を見たのですが、姉は何故か驚愕して目を見開き、口をぱくぱくさせていました。


「ほ、ホクロが何故巫女を……」


 ホクロ?

 ホクロと呼ばれた巫女さんが顔を上げ、眼鏡のつるはしをあげました。確かに、右目の下に泣きボクロがあります。


「ホクロではなく子黒です。久しぶりですね無職さん、こんなところで会うとは」


「こ、このやろう! 何でお前がこんなところに!」


 怒り出す姉を意に介さず、巫女さんは口元に薄く笑みを浮かべます。


「何って、アルバイトです。お正月の巫女のバイトは儲かりますからね。無職さんこそどうしたんですか。神に祈っても職は舞い降りてきませんよ」


「み、巫女の言う台詞じゃねえ! それに私はそんなこと祈ってないぞ。今年もヒキニートでいられますようにと、あとは――」


「こちらの好青年風の方は?」


 姉が「無視すんじゃねえ!」と声をあげる中、巫女さんが俺の方を見ながら言います。

 俺は慌てて頭を下げました。


「どうも、こちらの姉の弟です」


「そうですか、あなたが無職さんの弟さんですか。私、子黒と申します」


 そうか、この人が姉が眼鏡を買いに行ったときにお世話になったという。危なそうな人を想像していましたが、なんだか人の良さそうな女性です。


「子黒さん。姉のお友達ですか?」


「まさか。この無職さんとお友達? とんでもない。名誉毀損です。訴えます」


「あはは、そうですよねぇ。姉に友達なんてあり得ませんよね」


 子黒さんと笑いあっていると、また姉が怒り出しました


「いくらなんでも酷すぎる! 帰るぞ弟!」


「まぁまぁ、無職さん。おみくじでも引いていきませんか。大凶でしょうけど。どうせ大凶でしょうけれど」


「な、なんなのこの巫女。おーい神主さん! ここに参拝客の大凶を願う巫女がいるぅ!」


「落ち着け姉よ」俺は泣きながら叫ぶ姉をおさえつけました。「子黒さん、おみくじ二つください」


 子黒さんに頼んでおみくじを二つ頂きました。

 俺は、なんと大吉。仕事運、金運に大いに恵まれる年になるでしょう、だそうです。


「さすが弟さん。無職のお姉さんを持つのは大変でしょう。その分、今年はいいことがあるといいですね」


「ありがとうございます子黒さん。おみくじは大事に持って帰ります」


 子黒さんが柔らかく微笑みました。やっぱり良い人なのかも。


「姉はどうだった?」


「……吉だった。ま、まぁまぁかな」


「さすが無職さん。今までの人生、微妙なことだらけだったでしょうけれど、おみくじまで微妙とは。絶妙に地味な人生を送れそうですね」


「微妙とか地味とか止めろ! く、くそっ。ねぇ他の神社行こうよ弟ぉ! 巫女さんがもっと可愛いとこ!」


 姉に激しく引っ張られます。どんだけ嫌なんだよ。


「本当に巫女にしか興味ないんだな姉は。いいじゃないか吉で。飯でも食って帰ろう。子黒さんもご一緒にどうですか?」


「ええ、そうですね。あと三十分でバイトも終わりますので、よろしかったらご一緒させていただきます」


 ……と、言うことで、俺たちは出店を回りながら子黒さんを待つことにしました。

 姉がフライドポテトを頬張りながら、横でずっとぶつぶつ呟いています。


「なんでホクロなんか誘うんだよ弟」


「ああは言いつつもあの人、姉の友達なんだろ。喧嘩するほど仲がいいみたいな」


「そんなわけないだろ……」


 しばらくして、私服に着替えた子黒さんがやってきました。

 日が大分落ちてきて、辺りは夕暮れのオレンジに包まれていました。俺たち三人は、近くの居酒屋に入ることにしました。

 ともかく初詣もちゃんとできたし、普通に帰るよりも、こうして正月の日にお酒を飲める方が充実しているというものです。

 さっそく三人で乾杯しました。


「子黒さん、アルバイトお疲れさまです」


 無言でグラスを傾ける子黒さんに、俺は話しかけました。


「ありがとうございます。私、本業は眼鏡屋店員なのですが、それだけでは家族を養っていけなくて」


「ご家族ですか」


「ええ、母と父が床に伏しておりまして、その上妹が二人もいるんです。高校生と大学生なのですが、学費を稼ぐのに精一杯な毎日で」


「苦労なさってるんですね。うっ……泣けてくる。姉よ! 子黒さんを見習え!」


 姉はジンライムを飲みながら「へいへい」と不機嫌そうに言いました。


「まぁ、嘘ですけどね。父も母も健在だし、そもそも巫女のバイトは趣味です」


「嘘かよ!」姉が叫びました。「趣味かよ!」


「いや姉よ。それでも見習うべきだぞ。本職だけではなく副職までああして頑張っていたんだし」


「弟さんのおっしゃる通りですよ無職さん。いや、それにしても良い弟さんをお持ちです。弟さんこそ、こんな無職さんを抱えて苦労なさっているんでしょう?」


「いやいや、俺なんてそんな。とんでもなく駄目でアホでどうしようもない姉ですが、俺なんてとてもとても」


 子黒さんはとても達観した良識を持ってます。難なく子黒さんと気が合い、俺たちは語りあいました。


「そもそもニートというのはですね弟さん……」


「なるほど、つまりニート脱出の鍵は……」


 俺たちが話し合う横で、姉が泣きそうな声でぽつりと呟きます。


「……もうやだこの二人」


 今日ばっかりは、姉も強く出られないようです。いやはや、お正月からいい気分だ。

 数時間して、俺たちは居酒屋を出ました。すっかり暗くなっていて、姉もぐったりとしています。

 帰る道中、ゲームセンターの前を通りかかったので、俺はプリクラでも撮ろうと二人を誘ってみました。


「どうですか子黒さん、記念に一枚」


「いいですね、プリクラなんて懐かしいです」子黒さんもほろ酔いなのか、頬が少しだけ赤い。


「プリクラか。私は中学以来だ。高校は友達いなかったし。グヒ、ううっ」姉は相当出来上がっているのか、顔がゆでだこのようです。情けない。


「悲しくなるからそういうこと言うな姉よ……」


 まぁ、酔っているというなら俺も似たようなものか。

 俺もプリクラは久しぶりです。なんだか、三人で青春時代に戻ったような気がしました。

 慣れないながらも三人で操作していって、撮影していきました。俺もテンションが上がってきます。



挿絵(By みてみん)



「よく撮れてるな」


「弟、今日は絶好調だな。アホみたいな顔してるぞ」


「はは、そうだな」


 俺はもう大満足です。なんだか、年明けの仕事も頑張れそうな気がしてきます。

 ゲームセンターを出て、子黒さんがお守りを差し出してきました。


「お別れの前に、無職さんにこれをあげましょう。就活の前にこれで気分を高めてください」


 子黒さんはどこか不気味な笑みをして、そのまま帰っていきました。姉はその後ろ姿を見送り、そして訝しげにお守りを見つめています。


「姉よ、どうした」


「このお守り、中になにか入ってるな」


 姉はお守りの紐をとき、中を覗きました。


「姉よ、何が入ってるんだ?」


「中に結晶のようなものが入ってるな」


「結晶?」


「うん。あとメモも入ってる」


 姉はメモを広げて俺に見せてくれました。なになに。


『無職さんにこれの使い方を教えます。まずスプーンの上にこの結晶を置き、清潔なミネラルウォーターを少量入れて下さい。それからスプーンの下をライターで炙り、出来上がった液体を注射器に――』


「うおお!」俺は慌ててメモを破り捨てました。


「ど、どうした弟」


「こ、このお守りは俺が預かる!」


「なんだよ、せっかくホクロがくれたっていうのに」


「いいから! それから、やっぱりあの人には関わるな!」


 恐らく、これはこの世でもっとも恐ろしいお守りでしょう。そしてあの子黒という人は一体何者なのか。

 今日一日、どっと疲れました。ひたすら首を傾げる姉をよそに、世の中は危ないことだらけだな、と俺は実感したのでした。

 どうか今年一年も無事でいられますように……。

47話の子黒ホクロさん再登場です。

今回もふにょこさんの可愛らしい挿絵付き。『0話 ヒッキー姉 -information-』にはヒッキー姉の漫画、第一話を公開中です。是非ご覧ください。

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