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55話 第八回・姉と弟と桜ちゃんの茶飲み話 -元旦編-

 明けましておめでとうございます、弟です。

 我が家も無事、こうして何事もなく元旦を迎えられました。それもひとえに皆様のご愛顧の賜物と存じます。本年も、どうぞヒッキー姉をよろしくお願いします。

 と、堅苦しい挨拶はここまでにして。

 今日はお正月ということで、桜ちゃんが遊びに来てくれます。家でテレビでも見ながら皆でゆっくり過ごしたいと思います。

 そうそう、お正月といえば大福茶ですね。

 大福茶とは、お茶の中に昆布と梅干しを入れた大変縁起の良いお茶です。味には少しクセがあり、普段のお茶を飲み慣れている方は違和感を感じてしまうかもしれません。とはいえ、大福茶には深い歴史があり、様々な種類の楽しみ方があるので一概には言えませんね。俺たちもこのめでたい日におせちを食べ、大福茶を飲み、一年の無病息災を祈りたいと思います。

 さて、そろそろ姉が起きてきたみたいですね。


 ――午前八時三十三分。


「あけおめ、ことよろ」


 寝癖もそのままに、新年からだらしない寝ぼけ眼で姉が二階から降りてきました。


「あけおめ。元旦からみっともないぞ姉よ。まずは寝癖なおしてこい」


 俺はおせちの準備をしながら答えます。姉は自分の頭を撫でながら「うおっ、ほんとだすげえ寝癖」と呟きました。


「あ、その前にさ、ちょっと聞きたいことがあったんだ。私、昨日の年越しの瞬間のこと何も覚えてないんだよな。私何してたか知ってる?」


「あぁ、確かこたつの中で寝ぼけながら腹ドラムしてたぞ。そんでそのリズムに乗せて『はじめてのチュウ』をダミ声で歌ってた」


「まじか……聞かなきゃよかった。年の瀬を腹ドラムとコロスケで越したのって私くらいじゃないか」


「そうだな。俺も、姉のそんな姿を眺めながらぼーっとしてたら、いつの間にか新年を迎えてしまっていた。最悪の気分だったよ」


 ――午前九時三十五分。


「おねーさーん! おにーさーん! 明けましておめでとうございますー」


 玄関の方から桜ちゃんの声が聞こえます。俺と姉はさっそく玄関へ行き、桜ちゃんを迎えました。


「明けましておめでとうございます、桜ちゃん。お、今日はかわいい振袖着てきたんだね」


 俺は感嘆の声を漏らしました。桜ちゃんはピンクを基調とした、松竹梅をあしらった晴れ着を着ています。姉もそれでテンションが上がったのか「うひょー! かわええ!」とおっさん臭いリアクションをしました。


「えへへ、お母さんに着付けてもらったんだー」


 桜ちゃんは楽しそうに腕を回し、袖をくるくると巻きました。

 桜ちゃんを居間へ迎え入れ、さっそく三人でおせちを食べます。


「いやぁ、新年初萌えが桜ちゃんでよかったぁ」姉が大福茶を飲み、ぽっと頬を赤らめます。桜ちゃんも小さく照れ笑いを浮かべました。


「桜ちゃん、初詣でも行くの?」


 俺が尋ねると、桜ちゃんは大きく頷きました。


「うん! 三時くらいから家族で諏訪神社に行くんだよ。おにーさんたちは初詣行かないの?」


「あぁ、俺たちも三日に行くよ。なぁ姉」


「え、そうなの? ふーん、いってらっしゃい弟よ」


「いってらっしゃいって。お前も行くんだよ。姉の振袖も用意してあるんだから」


 姉が絶望的な顔をしました。桜ちゃんが「おねーさんの着物姿見たい!」と後押しし、さらに姉の顔が硬直します。


「……新年初ガビーン。正月の神社とか混雑してるだろ。私が行ったら窒息死してしまう」


「正月くらい我慢しろ。お参りだけしていきゃいいんだ」


「分かった分かった。うえー、めんどくさ、外出たくね」


 こたつに寝そべる姉の頭を桜ちゃんが撫でます。


「がんばってね、おねーさん」


「はーい……」


 ――午前十時十二分。


「ギャッ、アケオメ!」


 鬱蔵もやっと起きました。鳥かごを開けると、勢いよく飛び出して桜ちゃんに飛びつきました。


「鬱蔵ちゃんあけおめことよろー」


「コトヨロ!」


 桜ちゃんと鬱蔵は仲良く頬ずりしあっています。


「鬱蔵ちゃんは今年どう過ごすのかな?」


「ニク! 食ベル!」


「鬱蔵ちゃんってお肉食べたことあるの?」


 桜ちゃんの問いに、鬱蔵は残念そうに首を振ります。


「そっか、じゃあ今年は食べさせてもらえるといいねー」


「アト、ウタ、ウタウヨ」


「歌? 歌うたえるようになりたいんだね。何歌うの?」


「デンパソング! エロゲソング!」


「でんぱそんぐ? えろげ? よく分かんないけど、歌えるように練習しなきゃねー、鬱蔵ちゃん」


「ウンコ!」


 俺はじと目で姉を見つめます。姉は俺と目を合わせないようにしているのか、こたつの上で顔を伏せていました。


「……姉よ」


「深夜に超聴かせまくった。正直反省してる」


「はぁ……」


 ――午前十時十五分。


「サクラ!」鬱蔵がやきもきとした様子で桜ちゃんの肩の上で暴れます。


「どうしたの鬱蔵ちゃん?」


「ホーフ」


 どうやら抱負と言いたいようです。日を追うごとに鬱蔵は難しい言葉を覚えていきます。飼い主の俺としても鼻が高いです。


「あたしの抱負? うーん……」


「そういえば桜ちゃんは今年の四月から中学生だよな。中学の勉強についていけるように、今のうちから頑張らないとね」


 俺はさきいかを食べながら言います。桜ちゃんは「うん、頑張るよ!」と明るく言って、またうつむいてしまいました。

 何か他にあるのでしょうか。

 すると、姉が意味ありげにくすくすと笑いました。


「桜ちゃんは小学校を卒業する前に、一つやらなきゃいけないことがあるんだよなー」


「お、おねーさん、それは秘密にしてよ……」


 桜ちゃんは恥ずかしそうに顔を赤らめました。

 すると、姉がこっそり俺に耳打ちしてきます。


「実は桜ちゃん、初恋中なんだよ」


「ま、まじかよ」意外です。桜ちゃんの反応も納得がいくというものです。


「まじだ。女同士、桜ちゃんから相談を受けたのさ。卒業するまでに告白できるかなって」


「そうか、まさか桜ちゃんが……」


「私たちはささやかに応援してやろうじゃないか弟よ。相手は同じ小学校の恭介くんって男の子らしいぞ」


 俺は鬱蔵の方を流し見ました。鬱蔵は、こそこそ話をする俺たちを見て首を傾げてました。


「鬱蔵には内緒にしといた方がいいな、姉よ」


「そうだな弟よ。もし知ってしまったら、鬱蔵なら恭介くんとやらをクチバシで刺し殺しかねんからな」


 俺は過去の鬱蔵の暴れっぷりを思い出し、「だ、だよな」と頷くのでした。


 ――午前十時四十分。


 桜ちゃんと鬱蔵が公園でたこ上げをしてくるというので、俺と姉はしばらく二人きりで過ごすことになりました。


「よし、姉よ。二人になったところで、さっそくあれをやるか」


「おう、弟よ。姉ちゃんは今年も勝つぞ」


「よし……では、第百何十回だか忘れたが、お年玉争奪合戦開始!! 準備はいいか姉よ!」


「いつでもいいぞ! 今年の種目はなんだ!?」


「今年の干支はうさぎだから……うさぎ跳び10メートル走だ」


「う、ウゲェェ……今年はいつも以上にだるいな。いや、でも勝つぞ私は」


「よし、ではさっそく庭に行くか」


 我が家では、お正月の伝統というものがあります。

 お年玉争奪合戦。

 その名のとおり、お年玉を巡って、お年玉を贈与する側、受贈する側に別れて勝負するのです。

 まず、我が家では争奪合戦においてのお年玉の金額が設定されており、年齢×1000円となっています。つまり姉は現在22歳なので、今年のお年玉は22000円。

今年はこの22000円をかけての勝負です。

 勝負内容は新年の干支によって決まります。一昨年の丑年では無差別早食い対決。去年の寅年では叩いて被ってジャンケンポン。

 そして卯年。うさぎの名のとおり、真っ向勝負のうさぎ跳び。我が家系では伝説級に過酷な勝負として語り継がれています。


 俺たちはさっそくうさぎ跳び10メートル走を始めました。

 一本目は俺の勝利、二本目は姉の勝利です。

 情けないことに、この時点でもう息切れしてきます。


「ちょ、ちょっと休憩しないか弟よ……」


「はぁ、はぁ。だ、駄目だ。時間制限もあるし、そもそも休憩はルール違反だ。このまま継続するぞ」


 うさぎ跳び10メートル走のルールは以下の通りです。

①庭に人数分の直径10メートル円を描き、うさぎ跳びでその周囲を回る。

②一番早く一周回った者の勝ち。

③お年玉を贈与する側が勝った場合、お年玉1000円分を減らすことができる。受贈する側が勝った場合、お年玉を1000円分増やすことができる。

④制限時間は二時間とする。

⑤お年玉が一切無くなったとき、贈与側の勝利。お年玉が元金の2倍になったとき、受贈側の勝利。

⑥休憩は一切してはならない。


「十二本目行くぞ姉よ!」


「おう!」


 今のところ、俺が7本勝ち、姉が5本勝ちとなっています。つまり俺の2本分の勝ち越し。

 1000×2で2000ですから、現在お年玉は2000円のマイナス。


「くそ……次、十九本目だ姉よ……」


「ぐ、ぐげぇぇ……」


 姉の快進撃が始まりました。合計して、俺が1本分の負け越しです。お年玉1000円のプラス。

 正直に言うと、俺と姉ではルール⑤の終了条件は果たせそうにありません。

 ということはルール④の制限時間を迎えなければ、俺たちはこのうさぎ跳びから解放されないのです。


「姉よ……二十五本目だ……い、生きてるか?」


「……」


 現在、俺の2本分の勝ち越しです。まさに一進一退の状況。

 この伝統を作った先祖は一体どこのハゲ野郎なのでしょう。

 俺たちの先祖は、もしかしたらとんでもないド阿呆ではないでしょうか。

 タイムマシンなんてものがあったら、間違いなく俺はその先祖のハゲ頭にエルボー二百回をたたき落とします。

 ふと、地面でぐったりしていた姉が突然立ち上がりました。


「……うおらぁぁ! しゃあ、次やるぞ!」


「な、姉のどこにそんな体力が……」


「お年玉ァ、お年玉ァァァ!」


 姉の目はもはや狂犬のそれと化していました。俺も負けてはいられません。営業で鍛えたこの足を今こそ解放します。


 勝負開始から一時間。

 三十本目の勝負をしながら、姉が息を荒げて問いかけてきました。


「ひぃ、はぁ、なぁ弟よ!」


「はぁ、ぜぇ、はぁ。なんだ姉よ!」


「この伝統、私たちの代で止めね!?」


「……それマジで考えとく!!」


 ――午前一時二分。


 桜ちゃんと鬱蔵が帰ってきました。

 俺たちは残念ながら桜ちゃんたちを迎える元気すらありません。

 二人して庭で大の字で転がっていたのです。


 うさぎ跳び走の結果。

 俺の7本分の勝ち越しで終わりました。引きこもりの姉にはやはり体力勝負は地獄だったようで、後半はほぼゾンビの様相を呈していました。

 姉への今年のお年玉は、22000円から7000円を引いて、15000円です。

 姉はずっと庭にうつぶせですすり泣いています。

 許してくれ、姉よ。これも我が家の家計のため、仕方のない勝利だったのだ。


「おねーさん、おにーさん、大丈夫……? な、なにがあったの?」


「気にするな桜ちゃん。話したところで私がみじめになる。武士に情けは無用! クゥ!」姉は涙声を張り上げました。


 そうだ。

 桜ちゃんの顔を見て、やっと思い出しました。桜ちゃんにまだお年玉をあげていない。


「さ、桜ちゃん、お年玉……」


 俺はポケットからクシャクシャのお年玉袋を取り出し、地面に横たわったまま、桜ちゃんに手渡しました。

 桜ちゃんは動揺しながらも「あ、ありがとおにーさん」とお礼をいいます。


「……桜ちゃんへのお年玉、いくら入ってるんだ」顔中泥だらけの姉が言います。


 もはや、隠すまい。いつかばれることだ。


「悪い、姉……15000円だ」


「もう絶対この伝統やめるっ!!」


 姉の悲痛の叫びが、元日の練馬区に響いたのでした。

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