50話 アルバム・二冊目<挿絵付>
写真はありのままを記録します。
いい思い出も、嫌な思い出も、等身大で過去を記録してくれるのです。
この写真は載せてほしくないな。あの写真はもう二度と見たくない……。なんてことはよくあることです。いっそ、そういう思い出は心の中で充分で、わざわざ形のある写真でまで見たくないですよね。
それでも、こういう場面では仕方ないのかもしれません。ただ過去に苦悩して悶えることにしましょう。
「わー、おねーさんかっこいいー!」
出ました。ついに中学・高校の青春時代です。
多くの人が青春の時期に苦い思い出を持っていることでしょう。
「あー、私も結構マセてたからなぁ」
中学二年の姉の写真です。セーラー服で、スカートは膝下何センチでしょうか? チュッパチャプスをくわえ、手はポケットイン。いかにもという感じです。
「相当なワルだった。子分を2人ほど統べていたからな」
「子分2人ってお前、さいたま紅さそり隊かよ」
「違うな弟よ。練馬区爽やかボランティア・デストロイだ」
「語呂悪い上に慈善事業のようなネーミングだな姉よ」
「うむ、週末に公園のゴミ拾いやるようなワルだったからな」
「ワルの定義は一体どこへ……」
俺はというと、中学時代は相当な反抗期でした。いえ、別に両親に反抗していたわけではないのですが。
「あ、おねーさんとおにーさんケンカしてる。色んな写真あるねー」
「ほんとだ。うわっ、弟鼻血すごいぞ」
姉とは昔よく喧嘩したものです。俺も反抗期を発症していたし、姉も姉でヤンキーだったので喧嘩は毎日のように耐えませんでした。ただし、今とは違って大抵は拳で語り合っていましたが。
「これは何でケンカしたの?」桜ちゃんが首を傾げます。
「うーん、よく覚えてないなぁ」俺は腕組みをしました。そもそも喧嘩は毎日のようにしていたので、いちいち喧嘩の原因など覚えているはずもありません。
すると、「これなら私覚えてるぞ」と姉が言います。
「弟に『帰りに週刊ジャンプ買ってこい』と頼んでおいたはずなのに、こいつ月刊買ってきやがったんだ。んでキレてタコ殴りにしてやった」
「もはや虐待だな姉よ」
「そんで弟が泣きながら『家出してやる!』つって飛び出して行ったんだ。父がそれを知って、かなり怒られたな」
「あぁ……あったなそんなこと」
「父が『弟を捜してこい!』というので仕方なく自転車漕いで探し回った。そしたら弟の奴、橋の下でしくしく泣いてたっけなぁ。その光景がバイキンマンに虐げられたカバオくんに見えたので私はアンパンを差し出した」
「姉の食いかけだったけどな」
「その後の弟が可愛かったなぁ。ひしりと抱き着いてきて、『ごめんなさい』だもんな。これからは間違えんなよ、と優しく言って一件落着というわけだ」
「何故謝ったし当時の俺」
「へぇー。いいなぁ、姉弟っていいなぁ」
桜ちゃんには姉の最悪さ加減は伝わっていないようで、ひたすら頬を紅潮させて写真に見入っていました。
「あれ、これはなんの写真」
桜ちゃんが一枚の写真を指しました。姉が机に突っ伏しています。居眠りでしょうか。
「高校の授業参観の前の休み時間だな。父が写真撮ったのだと思う」
「わざわざ居眠りしているところを撮るとは……」
「居眠りじゃないぞ弟よ。寝たふりだ。高二のとき突然ぼっちになったからな私」
「おねーさん、ぼっちって何?」桜ちゃんが姉の方を見上げました。
「一人ぼっちの略だ。団体の中でハブられてる、という意味もあるな。いやー、中学時代はいじめっ子だったのになぁ。まさか私がいじめられっ子の加藤くん的存在になるとは。あ、そうそう、高校のときは『二人組』とか『修学旅行』って言葉が辛くてなぁ。桜ちゃんは私みたいにならないように気を付けるんだぞハハハー……ぐすん」
「姉よ……もういい……もうそれ以上語るな……」
そろそろ写真も無くなってきました。姉の高校卒業と同時に写真が途絶えているのも、カメラ好きの父が失そ……亡くなったからです。
正直両親がいなくなってからは大変でしたし、姉とは幾度も対立したものです。
そういえば、父がいなくなってから全然写真撮ってないなぁ。最後に家族で撮ったのはいつだったか。
「ギギー!」
ふと、鬱蔵が何やら楽しそうにアルバムを見て発狂しはじめました。
アルバムの最後のページに一枚だけ写真があったのです。どうやら最近の写真のようですが。
「なんだこれ? いつの間にこんなの撮ったんだ?」
姉が首を傾げます。
鬱蔵と俺と姉が写った写真です。姉が半ギレ気味に写っています。恐らく、始めて鬱蔵がこの家に来たときの写真でしょうか。
おかしいのは、この日に俺たちが写真など撮る暇もないほど慌ただしかったのと、撮影者が全く思い当たらないということです。
……なんだか、ちょっと薄ら寒くなってきました。
「この前の私の白目写メといい、この謎の写真といい……。そういえば前に鬱蔵が女子高生の霊と話してたり、私がエクソシストっぽくなったこともあったよな? 弟よ、この家って結構……」
「あ、姉よ。こんなの何かの勘違いだろ? やめてくれよ全く。……あれ、どうしたの桜ちゃん?」
桜ちゃんがぼーっとしていて、それからはっとしたように微笑みました。
「ううん、後ろに何かいるような気がして」
「後ろ?」
恐る恐る、三人(と一羽)同時に後ろを振り返りました。
カシャリ。
そんな音と共に、フラッシュが辺りに瞬いたのでした。一同唖然としていると、鬱蔵が何かを見つけました。
「シャシン!」
床に、一枚の写真が落ちていたのです。手に取ってみると、まさにさっきの俺たちのポカンとした顔が写っていました。
手にとってよく見ると、そこには汚い文字でこう書かれていました。
『やっと気づいたね☆』
写真はありのままを記録します。
いい思い出も、嫌な思い出も、全てを包み隠さずに。
しかし俺たちは今、一体誰に記録されているのでしょう?
イラスト:ふにょこ氏