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49話 アルバム・一冊目

「おねーさんとおにーさんの昔の写真が見たい!」


 日曜日の昼。姉と桜ちゃんと焼きそばを食べていると、桜ちゃんがそんなことを言い出したのでした。姉は池乃めだかの『ちっさいオッサンここでっせ』のリズムにノリながら指パッチンをしており、全く耳に入っていないようです。

 俺も聞かなかったことにしたかったのですが、桜ちゃんがやたらと目を輝かせてこちらを見つめてくるので、さてどうしたもんかと腕を組んで考えあぐねたのでした。


「と、突然どうしたの、桜ちゃん」


「昨日ね、お母さんがあたしの昔の写真見せてくれたの。恥ずかしかったけど、結構楽しかったんだ。おねーさんとおにーさんのちっちゃい頃も見てみたいなー」


 桜ちゃんが好奇心の塊のような目を向けてきます。鬱蔵が俺の肩に乗ってきて「ミテミタイナー」と桜ちゃんの真似をしてきました。


「ん? 何の話だ?」


 姉がテレビから目を離して話題に入ってきます。


「おねーさんとおにーさんの昔の写真見せてってお願いしてたの!」


「私たちの写真?」


 あぁ、写真ね、と姉が顎に指を当て考え出しました。やがて俺とアイコンタクトを計ってきました。姉の目がギラリと光ります。

 俺が眉をひそめ、「やめてくれ」と伝えると、姉はにやにやしながら「いいだろ写真ぐらい」という目をしました。

 俺が「じゃああの写真は抜いてからでいいか」とアイコンタクトで返すと、「あれを抜くなんてとんでもない、むしろこちらから進んで見せるべきだ」とこれまた視線で伝えてくるので、「お前の中学時代の醜態は見られてもいいのか」と返すと、「むしろあれは武勇伝だし、醜態とか全然そんなんじゃないし、いいだろもう見せて」と来たので、「なんでだよ!」と無言の突っ込みを入れると、今度は姉が勢いよく立ち上がりました。


「弟の了解が入ったぞ桜ちゃん! 『オーケーですよ!』だってさ!」


「違う違う! 『なんでだよ!』だから!」


 俺の突っ込みも虚しく、桜ちゃんが姉の言葉を受けて「やったっ」と小さく言いました。

 もはやここまでか……。俺が黙って席を立とうとすると、姉に肩を掴まれました。


「楽しいアルバム鑑賞会にしような、弟よ?」


「……そうだな、姉よ」


 桜ちゃんが帰ったら覚えてろよ、姉。

 それから姉が和室からアルバムを二冊持ってきました。リビングのテーブルに置き、「ご開帳ー」と勢いよくアルバムを開きました。

 1ページから4ページまでは、姉が生まれてからの一年です。最初の写真には姉の生まれて間もない写真がありました。


「おねーさん可愛いー!」と桜ちゃん。桜ちゃんはページを食い入るように見つめ、やがてある写真を指しました。


「これ、おねーさんのお母さん?」


 写真には俺たちの母が写っていました。髪は今の姉くらいの長さで、どことなく姉に似ています。赤ん坊の姉を抱っこしながら幸せそうな微笑みを浮かべていました。

 俺の肩に止まった鬱蔵がぽっと頬を赤らめました。

 一目惚れでしょうか、姉に似ているのに、これは意外です。恐らく姉と違って、母がいい人オーラを放っていたからでしょう。


 母は昔から病弱だったらしく、俺を産んでからすぐに亡くなってしまったと父から聞いています。なので俺が母を見られるのはこのアルバム上でのみです。

 姉がそのことを桜ちゃんに説明すると、桜ちゃんは写真を見つめ、「おねーさんみたいに優しそうな人だね」と言いました。

 姉は照れ笑いを浮かべ頭を掻きました。俺としては、母は姉より性格が良かったはずだと願うばかりですが。


「あ、これおにーさん? おにーさんも小さくて可愛い!」


 5ページから俺の写真が入ってきます。自分の赤ん坊姿を人に晒すというのはどこか気恥ずかしさがあります。

 7ページで、幼児の俺と父が家庭用プールで遊んでいる写真がありました。手ブレが酷いです。撮影者は姉でしょうか。

 幼児の俺はというと、全裸です。姉がにやにやし出しました。


「確かに、まだまだ小さくて可愛いな弟よ」


「そうだな、二、三十回死んでくれるか姉よ」


 それから俺たちの小学生時代の写真が入ります。姉は小学一年のときに茶道と書道を習い始め、一年後、俺も一年生でピアノを習い出しました。それぞれその様子の写真が収められています。

 桜ちゃんが着物姿で茶道をする姉の写真を指しました。


「おねーさんお茶作れるんだね!」


「あぁ、父に習わされてな。本当はやりたくなかったんだが、半強制的にね。今思うと中々楽しかったよ」


 しみじみとする姉の横で、俺は記憶を探り返しました。


「そういえば姉のお茶を試飲した父がよく体調を壊していたな。あれはなんだったんだろう」


「はっはっは、なんだったんだろうな? まぁ楽しかったことに変わりはないよ」


 快活に笑う姉の表情の裏側で、何故かドス黒いオーラを感じました。鬱蔵が動物の勘でそれを察知したのか、俺の肩の上でビクビクとしています。

 ……俺の悪い予感が的中していないことを祈るばかりです。

 同じページで、壇上でピアノを弾く小学生の俺が写ってました。これは俺が初めて地方のピアノ演奏会に出演したときの写真です。


「そういえばこの演奏会、最後で弟が泣き出したんだよな。あれは何だったんだ弟よ?」


「……お前が『緊張したらお客さんを人面ジャガイモだと思え』と言ったからだな。本当に客を人面ジャガイモに見立てたら恐ろしくて泣けてきたんだよ」


「あぁ……あったなぁ、そんなことも……」


「いやしみじみするなよ! 何いい思い出にしようとしてんだよ!」


 桜ちゃんがあっと声を上げました。俺はぶるっと身を震わせました。

 いよいよ来てしまったか。


「ねぇねぇおにーさん! この写真に写ってる子可愛いね! 誰だろ?」


 写真にはメルヘン少女的な洋服を着た子が写っています。俺は姉に視線を送りました。姉はため息を吐き、頷きます。


「オトゥートと言う帰国子女の女の子だ。私たちの友達だった子だよ」


「オトゥートちゃん? へー」


 桜ちゃんが感心する横で、姉が俺に耳打ちをしてきました。


「安心しろ弟よ、他の写真は抜いてあるから」


 ひとまず安心か。……っていうか抜くならこの写真も抜けよ!

 俺は桜ちゃんに聞こえないように細心の注意を払いながら、姉の耳元で話します。


「お前、その名前はバレかねないだろ」


「本当のことを言わなかっただけよしとしろ弟よ。もとはといえば少女趣味なんかに目覚めた幼少時代の弟が悪いんだろ」


「いや最初に着せ始めたのお前だろ!?」


「そうだっけか? でもその後は自ら進んで趣味に没頭していたような気がするが」


「……馬鹿だったんだ。あの頃の俺は。あぁ消し去りたい、過去を消し去りたい……」


 俺は頭を抱えて過去を振り払うかの如くウンウンと唸りました。鬱蔵が「ナデナデ」と言って慰めてくれます。

 アルバムのページは進み、俺たちが小学校高学年の写真に差し掛かりました。

 この頃からでしょうか、姉の暴走が顕著になり出したのは。

 日焼けした昔の姉が男子を喧嘩で打ち負かしている写真があります。この写真の撮影者にはまず、撮る前に喧嘩を止めろと言いたいです。まぁ十中八九、父でしょうが。


「懐かしいな。私は昔ジャイアン的な存在だった。今はしずかちゃんだが」


 俺は一度、姉の掘った深さ3、4メートルの落とし穴に落ちた経験があります。幸か不幸か写真にはありませんが、落とし穴の中で一晩過ごしたことは今でも苦い思い出です。

 ふと、桜ちゃんがおずおずと顔を上げました。


「お父さんは……?」


 俺たちは顔を見合わせました。俺たちの父は今どうしてるのか、という意味でしょう。


「奴は死んだな」と姉。


「あぁ、間違いなく死んだ」と俺。


 俺たちが深々と頷きあうのを見て桜ちゃんは「そ、そうなの」と小さく言うだけでした。

 さて、小学校までの写真を見終えた所でちょうど一冊目のアルバムが終わっています。二冊目はさらに見られたくない写真ばかりですが、ここまで来たら最後まで行きましょう。


 後半につづく。

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