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47話 眼鏡と桜ちゃんと私・後編

~前回までのあらすじ~

 アダルトゲームのプレイ画面が激しく点滅を繰り返す、通称エロゲショック(ポケモンショックではない)に眼球を破壊されてしまった姉。

 政令で定められた視力査定に引っかかり、あえなく御用となった桜ちゃん。

 目を抑えて泡を吹きながら悶絶する姉。法廷で無罪を主張し続ける桜ちゃん。弟と鬱蔵は自らの無力さに涙を流すも、面倒臭いので一切行動を起こそうとはしなかった。


「眼鏡さえ、たった一つの眼鏡さえあれば……!」


 そんな時、姉たちの前に謎の男が現れる。


「お前らに一つ、いいことを教えてやろう。『眼鏡の美女美少女』を逆から読むと『幼女のびしょびしょ眼鏡』だ……」


 ついに物語は最終局面(クライマックス)を迎える。

 『ヒッキー姉 -あぁ素晴らしき引きこもりライフ-』

 いよいよ完結編へ突入!


 ――あなたは、この嘘を見抜けるか。


 2010年冬、全国ロードショー決定。

 入場者にはもれなく鬱蔵ストラップをプレゼント!


 ◆◆◆


 やぁ姉だ。

 夏の刺すような日差しが照りつける中、私と桜ちゃんは近所のメガ○ネドラッグの前に立っている。


「何か、おかしくないか?」


 メガ○ネドラッグの看板を見上げ、私は疑問をぽつりと呟く。

 桜ちゃんは「何がおかしいのー?」と首を傾げた。


「いやだってさ、メガ○ネドラッグの看板って、眼鏡かけた桃太郎みたいな絵が描かれてなかったっけ?」


「うーん?」


 今一度看板を見上げる私たち。

 看板に描かれている絵はどう見ても桃太郎のキャラクターではなく、注射とか錠剤とかカプセル剤の絵だった。

 これじゃ『メガ○ネ』じゃなくて『ドラッグ』の方がメインみたいじゃないか。

 それでもショーウインドウにはちゃんと眼鏡が飾られている。

 ……本当に目でも悪いのかもしれんな、私。


 気を取り直して、私たちはメガ○ネドラッグへと足を踏み入れた。

 中は普通のメガネ屋さん。若干照明が薄暗いことを除けば、どこにでもあるお店のようだった。


「らっしゃいませー」


 カウンターではやる気のなさそうな眼鏡の女性店員が、タバコをふかしながら挨拶をしてきた。

 感じ悪っ。

 私が眉をひそめてそいつをまじまじと見ると、その女性店員もじろりとこちらを睨み返して来た。ドスの利いた目つきだ。とても接客を生業とする職に就く人間とは思えない。

 ブラックラグーンで言うところのバラライカみたいな雰囲気。眼鏡をかけたバラライカだ。

 ふと、隣に桜ちゃんがいないことに気付く。

 店の奥を見ると、桜ちゃんが目を輝かせて店内に飾られた眼鏡を眺めていた。


「わぁ、ねーおねーさん! こっち来てよー、可愛いめがねがいっぱいあるよー!」


「う、うむ」


 さっきからあの店員からめっちゃ睨まれとる。

 勘弁してくれ、私たちのようなコミニュケーション能力のないヒキニートの一番の弱点は他人からの視線なのだ。

 私は店員からの視線に耐えつつ、桜ちゃんと商品を眺めた。


「あはは、見て見ておねーさん! このめがね、2010って形してる!」


 桜ちゃんが手に取った2010眼鏡。

 0の部分がフレームになっていて、色合いもカラフルでファンキーだ。

 早速装着して鏡の前でポーズをとってみる私。

 うむ、最高にきまってるな私。


「気に入った、これは候補に入れておこう!」


「あー、困りますよお客さん」


 カウンターからガタリという音が聞こえる。

 さっきの女性店員がタバコを咥えながらこちらへ近づいてきた。


「眼鏡を買うにもちゃんと順序を踏んでもらわなきゃ。それに、汚い手で勝手に試着してもらっちゃあねえ」


「あ? なんだ貴様、店員のくせにその態度は」


「貴女こそ何ですか、客のくせにその態度は。無職臭い雰囲気まで醸し出して」


「お、お前、客のくせにとか無職臭い雰囲気とか、色々と発言おかしくないか? 腹立つ女だなチクショウ」


「どうでもいいですけど、お前だとか何とかって止めて下さいよ。私には子黒という名前があります」女性店員は胸につけてある名札を指す。


「……ホクロ?」


「黒子じゃなくて子黒です。貴女の場合、目が悪いというより耳と頭が悪いんじゃないでしょうか」


「ブッチィーン。おやおやこの私に向かって嘗めた口利いてくれるねぇ糞ボクロ女が! おいてめぇちょっと表出ろや」


 2010の眼鏡をかけたまま店員を睨む私。ホクロも更に凄みを利かせて睨んでくる。

 あ、よく見るとこいつ目の下にホクロがある。やっぱりこいつはホクロだ。

 すると、桜ちゃんが慌てて私たちの間に割って入ってきた。


「ごご、ごめんなさい店員さん! ほらおねーさん、めがね外して!」


 桜ちゃんから2010眼鏡を取り上げられないように手でカバーしながら私は首を振った。


「嫌だ。誰がこの女なんかに屈するか」


「妹さんの言う通りですよお客さん。眼鏡を選ぶ前にまず視力検査がありますんで。とりあえずその眼鏡外して下さい。人気商品に無職菌が付着するのはこちらとしても痛いですし」


「む、無職き……ま、まぁいいや。ていうか桜ちゃんは妹じゃないぞ。お隣さんの子だ」


「でしょうね。こんな純粋そうなお子さんが貴女みたいな底辺無職女の妹なわけありませんよね」


「何コイツすっげえムカつく! 何でさっきから勝手に無職って決めつけてくんの!? ねえ桜ちゃんコイツすっげえムカつく! すっげえ失礼!」


「すっげえなんて言葉連発してると更に頭悪く見えますよ無職さん」


「ムキー! こ、こいつもう生かしちゃおけねえ!」


「も、もういいからめがね外してよおねーさん……」


 そんなこんなで10分ほど私はホクロと罵りあいを続けた。

 最後は桜ちゃんに「いい加減にしてよおねーさん!」と怒られたので、超不本意ながらもホクロに従うことになった。


 別室に移り、私たちは視力検査を始めた。

 まず桜ちゃんが視力を計り終わり、桜ちゃんは恥ずかしそうに頬をかいた。


「視力0.8だったよおねーさん。えへへ、やっぱり毎日ブルーベリー食べても目良くなんないや」


 視力気にしてブルーベリー毎日食べるなんて、やっぱり桜ちゃん可愛い。

 今度はホクロが私に遮眼子を渡し、椅子に座るよう促してくる。


「無職さん、これは何ですか」


 ホクロが一番大きい『C』を指す。


「楽勝。上だな」


「流石の無職さんでもこれくらいは分かりますか。じゃあこれは?」


「余裕。左下だ」


「正解です、まだまだ肥溜め無職にも見える大きさですからね。これは?」


「うーん、右?」


「うんうん、無職のくせにやりますね、無職のくせに」


「ねぇさっきから何なのその余計な一言! 無職と視力って関係なくないか!?」


「ありますよ。無職は大抵、瞳が薄汚れていますからね。特にある物事が見えない方が多いのですよ。現実とか」


「うるさい余計なお世話だホクロ女。ていうかさ、呼ぶなら無職じゃなくてニートにしてくれないか? 何故だろう、呼ばれ慣れてないからなのかな、妙に落ち着かない」


「嫌ですね。ニートという呼び名は甘えです」


「……意味が分からんのだが」


「いいですか無職さん。無職とはすなわち、どこにも属さない人間のことを指します。人という生き物、ことさら日本人は集団意欲というものが強いですからね。一人でいることを不安がる生き物なわけですよ」


「ふむ」


「ところがです、つい最近、ニートという言葉ができてしまった。つまりニートという一つの種族が出来上がってしまった……いや、出来たと勘違いしてしまったアホ共が出てきてたのですね」


「ぐっ」


「不思議ですね? 無職もニートも意味はほとんど一緒なのに、何だかニートの方が響きにオブラートさがありますし、単語自体もお洒落じゃありませんか。変な話、『俺、無職』と名乗るより、『俺、ニート』と名乗る方がどことなく格好良くありません? わたしが考察する限り、そう言った理由から現代の無職の若者たちはニートという言葉に帰属意識を――」


「もう止めてぇぇぇ! もう無職でいいから! お前の攻め方弟より数段えげつないよォ!」


「そうですか。では無職さん、これは見えますか?」


「見えない! なんか目の前がかすんで見えない!」


「ふむ、無職さんは視力0.2ですね……」


「ち、ちくしょう……」


 嫌いだこの女。かなり久しぶりに胸が痛くなった。

 それから桜ちゃんに慰めてもらいながら視力検査室を出た。


「元気出しておねーさん。ほら、めがね選ぼ?」


「うん、さっさと選んでもう帰ろう……」


 先ほどようやくホクロから眼鏡試着のオーケーが出たので、私たちはじっくり品定めした。


「あ、これ可愛いー。見ておねーさん」


 桜ちゃんがセルフレームの眼鏡をかけてみせる。濃いオレンジの眼鏡だ。

 やっぱり桜ちゃんはこういう眼鏡が似合うなぁ。可愛いなぁ。


「今までのことがあったからか、これは癒されるな……」


「どうしたの?」


「ん、いや。それすごく似合うと思うぞ桜ちゃん」


「ほんと? じゃあこれにしよっかなー」


 桜ちゃんが小走りでカウンターに向かっていき、ホクロに眼鏡を差し出す。


「とってもお似合いですよお客さま」


 ホクロが桜ちゃんの頭を撫でる。やはり桜ちゃんは誰にでも好かれる体質だな……。


「ほら、無職さんも早く選んで下さい。鈍くさいのは人生設計だけにしてくださいよ」


 なんだこの違いは!

 惨めだ、外の人間はこんなんばっかなのか? やっぱ下手に外出なんかするんじゃなかった。

 もう何も気にせず選ぼう。さっさと選んで帰るんだ。


 フレームの色は……赤、青、緑?

 ううん、やっぱり黒だな。

 黒縁の眼鏡を取り、鏡の前でかけてみる。


「さっきから黒ばかり選んでますねお客さん。心の暗黒面が反映されているのでしょうか」いつの間にか糞ボクロ女が後ろに立っていた。


「喧しい、似合えばなんでもいいだろ。どうだ、似合うだろ」


「うーん……」ホクロが眼鏡姿の私の顔を覗き込んでくる。


「ど、どうだ」


「……腐れたアンジェラ・アキみたいでいいんじゃないすか」


「ほんと腹立つなお前……」


 ◆◆◆


「という感じでな、最悪だったんだぞ弟よ」


 その日の夜、さっそく買ったばかりの眼鏡をかけた私は、和室でお茶を飲みながら弟に今日の出来事を愚痴った。

 弟は終始どん引きした感じで「それもフィクションか?」と疑ってきたが、こればかりは事実なので否定しておいた。

 ふと、私の携帯の着信音が鳴った。

 おおう、なんかメールが来てる。


「あ、姉の携帯が鳴った……びっくりして心臓止まるかと……」


「そんな驚くな弟よ……私の方が悲しくなってくる」


「で、誰からのメールだ? ネトゲ仲間か? メルマガか?」


「うるさい、リアル顔見知りだ」


 私は弟の眼前に携帯画面を突きだした。受信欄の送信者にはホクロと書かれている。


「ほ、ホクロ?」


「さっき話した眼鏡屋の女店員だ」


「なになに……『今回はお買い上げありがとうございました。眼鏡の件で何か不具合がありましたら当店までお越し下さい。また、もし改心して働きたくなったら当店でのバイトも考えますよ』、か。お前ら、話を聞く限りかなり険悪だったんじゃないのか? ましてやメルアド交換なんか……」


「そう、それが不思議で仕方ないんだよ。何なんだろうな、あの女」


「……お互い性格破綻者同士、ホクロさんも姉に惹かれるものがあったんじゃないか?」


「誰が性格破綻だ愚弟。あ、そうだ。帰り際にホクロからプレゼント貰ったんだった」


「お前らがどういう関係なのかさっぱり……で、一体なんだ」


 私は弟にホクロのプレゼントを見せた。

 小さいビニール袋に何故か小麦粉のようなものが詰め込まれている。これをプレゼントと呼ぶのも疑問だが、本人がプレゼントだと言っていたので仕方ない。


「姉よ、看板に描かれた薬や注射の下りはまさか……」


「ん、どういうことだ弟よ」


「いや、とにかく捨ててこい。何も言わずに捨ててこい。ていうか極力そのホクロさんとやらには関わるな」


「えー、どうしてだよ。曲がりなりにもプレゼントだぞ」


「いいから捨ててこい、頼むから」


 ……全く、疑問だらけの一日だ。

 あ、眼鏡姿の桜ちゃんの写真撮っとけばよかった。

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