45話 第七回・姉と弟の茶飲み話改め、くだを巻く話
どうも弟です。
今日は京都旅行へ行った同僚がお土産として買ってきてくれた、宇治田原産の玉露です。
なんと100グラム1万円という高級茶です。いい玉露の葉とは手揉みで丁寧に仕上げられ、茶葉の先端はまるで針先のように尖ります。
俺は足取り軽やかに自宅へと帰りました。ここまで上等なお茶は中々飲めません。早速姉と試飲することにします。
リビングのドアを開けると、凄まじい酒気が俺の鼻をつきました。
見ると、姉が豪快に焼酎を煽っていました。顔は真っ赤で、鬱蔵を見てニヤニヤしています。鬱蔵はドン引きしたように鳥カゴの中から懐疑の目を向けていました。
「JINRO!」
姉が叫びました。どうやら韓国で有名なジンロという焼酎のようです。
「ただいま姉よ。お前が酒なんて珍しいな」
姉が陽気な顔でぐるんとこちらを見ました。
「おかぁり弟よ!」
「大丈夫か? ちょっと顔洗ってこい姉よ」
「あー、いい。気にしゅるな」
「呂律回ってないし。いやマジで顔洗ってこいって。それとも水飲むか?」
「いいっていいって。まぁだ全然酔ってないし。ほら、弟もこっちにこい。一緒に呑み二ケーションするぞぉ!」
俺は姉の向かいに座り、姉の入れたジンロを受け取りました。姉と酒を飲むのは久しぶりです。俺はあまり飲めない方なのですが、たまにはいいかもしれません。
玉露茶は……また今度でいいか。
――午後七時十二分。
「弟はキョンに似てるな」
姉はコップのジンロを飲み干して言いました。
「誰だキョンって」
「そして私は松嶋菜々子に似てる。類似品にご注意下さい!」
「似てないしボケが雑だ……」
――午後七時五十九分。
「ジンロ、それは気持ちいーいお酒!」
「姉よ、段々酔いが回ってきたな。ちょっと声抑えようか」
「弟よ、男の娘キャラとふたなりキャラについてどう思う?」
「また唐突だな。何? 男の娘とふたなり? どちらもどういう意味の言葉なのか分からんのだが」
「男の娘は一見女の子のような見た目で、実はボク男でしたみたいなキャラのこと」
「なるほど、だから『子』の部分が『娘』ということなのか。で、ふたなりは何だ?」
「○○○○と○○○○が両方ついているキャラクターのことだ」
「うおい待て待て待て。いま一瞬耳を疑ったぞ。ちょ、大丈夫かこれ、ちゃんと伏せ字になってたよな?」
「何か知らんが強制的に全て伏せ字になっていた。不思議だな、私は全く伏せる気などなかったのに。耳を疑ったというのは○○○○と○○○○が両方ついているキャラクターが存在するということか?」
「全然違うし伏せる気出せしその発言いい加減止めろし!」
「焦り過ぎて歪曲した若者言葉みたいになってるぞ弟よ」
「……俺も酒が回ってるせいか舞い上がってしまった。で、その男の娘とふたなりが何だって?」
「うむ、まず過去にふたなりが流行ってな。その後、後を追うように男の娘が流行ったんだ。男の娘の流行り具合はふたなりの比ではないんだ。何故だか分かるか弟よ」
「単にふたなりという設定が異常過ぎるからじゃないか?」
「そう、異常なんだ。私はバッチリ許容範囲だが、男の娘は顔が女顔ってだけでまだ現実的だろう? 対してふたなりは存在しえない異形の性別なのだ。異形を性対象にするにはハードルが高すぎる」
「この話題のハードルも大概だがな」
「私の推測はこうだ。まずふたなりというジャンルが現れ、どんなもんだろうとその世界に入っていこうとするが、『流石の俺もこれは引くわ』と、そういうやつらが多数だと思う。でも男の娘ジャンルが流行りだして、『これなら俺でもいけるんじゃね?』と、こういう具合に。ふたなりから男の娘に流れていった者が腐るほどいると思うのだよ」
「俺にとってはどっちもどっちなのだが」
「しかし私はここで言いたい。男の娘は邪道であると!」
「その前にどうして俺にその主張をするのかさっぱりだ」
「女のキャラクターを指して『これは男です』って言い張るのは卑怯じゃないか! 『どう見ても女の子ですが』と言っても『いえ、これは男の娘ですから』って何だよ! 異常性癖気取りたいんならそんな小手先のちまっこい手使うんじゃねえ! ふたなりで百回くらい抜いてから言ってみろってんだ!!」
「そろそろ18禁に強制移動勧告が来るな……」
――午後八時三十八分。
姉が本格的に酔ってきました。頭をぐらぐらと左右に揺らし、うわごとをぶつぶつと呟いています。俺も酒に強い方ではありませんが、少しずつ煽っているのでまだほろ酔い程度です。
「見て見て弟よ。ほら、鼻血出た」
「うわっ……。見せなくていいからさっさと拭け」
「何で鼻血出たか分かるか?」
「知るか。いいから拭け。ほらティッシュ」
テッシュ箱を差し出す俺の手をはたき、姉は酒臭い息を吐きました。
「桜ちゃんのパンチラを想像したら出た。ウヒヒ」
「うん……何か目頭が熱くなってきた」
――午後八時四十二分。
「ほぉら鬱蔵、出ておいでー」
姉がいつの間にやら鬱蔵の鳥カゴを開け、中を覗き込んでいました。
鬱蔵は止まり木の上で縮こまり、怯えた目で姉を見ていました。
「クサイ、クサイ」
「臭くないよー、出ておいでー、グゥヒヒ」
「止めろ姉よ、鬱蔵が怖がってるだろ」
俺は姉の背中を引っ張り、鳥カゴを閉めました。鬱蔵はひとまず安堵の息を吐いています。
「何するんだよ弟ぉ」
「お前が鬱蔵を苛めようとするからだろうが」
「だっておつまみとか食いだいだろぉ!?」
「だからってなんで鬱蔵なんだ……っておい、お前まさか」
「塩かタレかって言ったらタレだよなぁ弟よ」
「……逃げろ鬱蔵。この姉はやばい」
――午後九時二十二分。
姉が突然、高らかに手を挙げました。
「モノマネしまーす! 思春期の弟!」
「……」
「なぁ姉ちゃん……おっぱいと二の腕の感触が似てるって本当かなぁ……」
「ねつ造するな、絶対言ってないだろそれ。俺の記憶では中学生の頃の姉が自分の胸触りながら『……二の腕の感触だ』って言ってたはずだぞ」
「へー! びっくりくりくりくりっくり!」
「西川のりおパクるな」
「次、子供の頃の貴乃花!」
「またパクった!」
姉が文字では表現できない、というか表現してはならない顔をしました。
「あどでー、ぼぐでー、づよくでねー、かっこよくでねー」
「どうでもいいけど女として色んなものを失くしてる気がする……」
――午後十時六分。
「弟よ。おとーとよ。おとぅーとぅ? おっとっと。おーっととっと夏だぜ!」
ちょっとだけと言いながら、あれから随分呑んだ気がします。姉がさっきから奇声をあげるので、俺は仕方なく重くなりかけた瞼を押し上げました。
「うるさい、何だ愚姉」
「こっちに来いおっとっと」
「人を歯ごたえ軽やかな森永製菓みたいに言うな。何でだよ面倒臭い」
「いいからいいから」
「全く、何なんだよ……」
俺は訝しみながらも姉の隣に座りました。姉は充血した目をギラギラさせています。
「むー」
姉がアホみたいな面して唇を突き出しました。
「……なんだそれは」
「ちゅー」
「頭沸いてんのか?」
「沸いてる沸いてる。もうあたまがふっとーしそうだよぉっ!」
「分かったちょっと待ってろ。バケツに水汲んでくる。頭から被ったら下らん妄想も冷めるだろ馬鹿姉」
「その前にちゅーだ」
「床にでもしてろ」
「無機物には毎日してる。主に枕とか毛布とか」
「なら鬱蔵とでもしてろ。多分クチバシで突き刺してくれるだろ」
「人間がいい」
「インゲンなら冷蔵庫に入ってるぞ」
「ニ・ン・ゲ・ン! 大丈夫大丈夫、舌は入れないから」
「舌を入れないのは大前提なんだよ! もう水飲めお前。顔が宴会の席で裸踊りするオッサンのそれになってるぞ」
「何を恥ずかしがってるんだ弟よ。欧米じゃこんなの当たり前だぞ」
「そんなに欧米スタイルがいいなら渡米するか? 今度姉のパスポート作ってきてやるぞ」
「私は日本が好きだ。大日本帝国バンザーイ!」
「なら特攻隊にでも入って名誉の死を遂げてこい」
「オーケー分かった。姉ちゃん、特攻します! ウオオ!!」
「ちょっ」
俺に特攻してきました。先程のように唇を突き出した変顔で。
身の危険を感じた俺は慌ててリビングを飛び出して逃げましたが、姉は悪魔のような形相で追ってきました。
「ヒーヒヒ! 待て待てー!」
「違う違う! 俺に特攻してくるな!」
姉、暴走。
俺、貞操の危機。
酒は人を狂わせると言いますが、もともと狂った人間が酒を呑んだらどうなるのか、答えは簡単でした。更に狂う、これしかありません。
この翌日、目を覚ますと家中が取り返しがつかないくらいに荒れ、両側のお隣さんから苦情が来るのはまた後のお話。
下ネタ失礼しました。すみませんでした。男の娘好きな方もごめんなさい。