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34話 弟の料理教室

 やぁみんな、姉だ。

 一人で買い物に行ったはずの弟が、何故か桜ちゃんを連れて帰ってきた。

 私は少女誘拐でもしてきたのかとヒヤヒヤしていたのだが、二人は真っ先にキッチンに向かって買い物袋を広げていた。

 二人して一体何をするのだろう。私は興味半分にキッチンを覗くことにした。


「おーいそこの怪しい二人組。一体何をしとるのかね」


 私が二人の背中にそう投げかけると、エプロン姿の桜ちゃんが振り返って嬉しそうな笑みを浮かべた。


「今度修学旅行いくんだけどね、夕食のときに班に分かれてお料理するの。みんなでカレー作るんだよ」


 弟が桜ちゃんの言葉に続ける。


「んで、桜ちゃんが班長に選ばれたらしくてな。班長は事前にカレーの作り方を練習して班のみんなを先導しなきゃならないらしい。それでたまたま買い物で桜ちゃんに会ってな。俺がカレーの作り方を教えてあげようってことになったんだ」


「なったんだー」


 桜ちゃんは楽しそうにエプロンの裾をひらひらさせる。

 はぁ、なるほどなるほど。弟のお料理教室ってわけだな。


「そういうわけだから、姉は大人しく居間でもリビングにでも引っ込んどいてくれ」


「おう、把握した」


 そう言って、おもむろにエプロンを着ける私。


「言葉と行動が一致してないが。何故姉がエプロン着けるんだ」


「知れたこと。私もカレー作れるようになりたいんだ」


「邪魔だからどっか行ってろ愚姉」


「やだやだ! 桜ちゃんだけズルい! 私もおにーさんに教えてもらってカレー作れるようになりたいのォォ!」


「お前がおにーさんとか言うな気色悪い! いいからどっか行ってろ!」


 いつものように罵りあい、掴み合う私たち。

 ふざけるなよ、こんな楽しそうなイベントに私が参加しないわけにはいかんだろうが。

 すると、桜ちゃんが慌てて私たちの間に割って入ってきた。


「三人で作ろうよおにーさん! みんなで作った方がきっと楽しいよ!」


「……まぁ桜ちゃんがそう言うなら、姉も入れてやらんこともないが」


 そして弟は忠告するように私を指さす。


「ただし姉よ、絶対に俺の言うことに従って料理しろよ。姉に勝手に行動されると今度こそキッチンが再起不能になるからな」


「へいへいかしこまりましたー」


「本当に大丈夫かよ……」




~下ごしらえ~


 私と桜ちゃんが並んでキッチンに立ち、弟が後ろから指示をするという形に落ち着いた。 弟がよし、と手を叩き指示を仰いでくる。


「じゃあ二人とも、まずは玉ねぎから切っていくか」


「おー」と張り切る桜ちゃん。


「よしきた」私は包丁をくるりと回し、危うく取り落としかける。「おっと危ねっ」


「真面目にやろうな姉?」


「すみませんでした先生……」


 弟は怒気を込めて私の肩を掴んでくる。ごめんなさい調子こきました地味に痛いですそれ。

 気を取り直して弟が指導を始める。


「まず玉ねぎを縦半分に切ってくれ。それからへたの部分にV字に包丁を入れ、へたをおとす。それができたら切り口の中央から包丁を入れて等分に切っていく。いわゆるくし形切りだな。カレーやシチューに使う玉ねぎのオーソドックスな切り方だ」


「ふむ、なぁ弟よ。言葉だけじゃ分かり辛いから画像をつけてくれるとありがたいな」


「姉はお得意のPCで『くし形切り』とでも検索しとけ。まず俺が玉ねぎ半分だけやってみせるから、二人とも見ててくれ」


 弟が桜ちゃんの包丁を受け取り、玉ねぎをゆっくりと切っていく。桜ちゃんは弟の慣れた手つきに感嘆の声を漏らし、そして首を傾げる。


「おにーさん、どうしてカレーはこの切り方がいいの?」


「いい質問だ桜ちゃん。普通に垂直に切っていくと一つ一つが細くなるだろ、これだと鍋で長時間煮ると玉ねぎが溶けてしまうんだ。ちなみに、玉ねぎの繊維に沿って切っていくとカレーに合う辛みを残せるから、それにも気を付けて切ってみてね」


 いやさっきから詳しすぎるだろ弟。お前この物語の方向性どうするつもりだよ。これ料理マンガじゃないんだぞ。

 桜ちゃんは素直に感心しながらメモを取っていく。それから私たちは弟に言われた通りに玉ねぎを切っていった。

 何だ、見た目より難しいぞこれ。


「姉よ、ちょっと、危ないぞそれ」


「え? 何がだ」


「手だよ手。ちゃんと猫の手にしないと手切るぞ」


「猫の手って何だ?」


 すると桜ちゃんが「こうだよおねーさん!」と左手を掲げてくる。

 なるほど、指の第二関節を曲げて猫の肉球みたいにするんだな。だから猫の手なのか。


「桜ちゃん、にゃーんって言ってみてくれ」


「にゃーん?」


 なるほどこれが猫の手! 萌える!


「猫の手の使いかた根本的に間違ってるからな姉よ。よし、じゃあ次はニンジンを切ろうか」


 言われた通りニンジンを取り、雑に乱切りしていく私。しかし桜ちゃんは苦い顔を浮かべて立ち尽くすままだった。

 弟が見かねて「どうしたの桜ちゃん」と声を掛ける。


「……ニンジン入れたくない、嫌い」


 え、何この子。何でそんな可愛い系の台詞を普通に言えるの? 狙ってる? それ狙って言ってるんだよな?

 弟が腰を下げ、桜ちゃんと視線を合わせる。


「桜ちゃん、もう6年生になったんだし、班長に選ばれたんだから好き嫌いは良くないよ。それに自分で作った料理はきっと美味しいはずだから、頑張って食べてみて」


「う、うん。分かった」


 桜ちゃんはしぶしぶとニンジンを手に取り、水洗いを始めた。


「なぁ弟よ」


「なんだ姉よ」


「いやらしい」


「何が!?」


 私のフィルタービジョンには少女とロリコンの図がばっちり映ってたんだよ。これは絵的に色々とマズい。

 それから私たちはジャガイモを切っていった。弟はここでもそつ無く豆知識を入れてくる。


「今回は普通の男爵イモしか用意できなかったが、カレーの場合はメークインを選んだ方がいい。煮込むときに型くずれしにくいからな。あぁそうだ、ちゃんと芽は包丁で切っておくようにな」


「ん、どうしてだ」


「ジャガイモの芽にはソラニンっていう毒がある。ちょっと食ったくらいじゃ致死には至らないが、味も苦い上、癌の元になるってジンクスまであるくらいだ。まぁ取りあえずとっとけってことだな」


「ううむ……流石に詳しすぎてキモいな弟よ」


「そうか、じゃあお前はリビングに下がってろ姉」


「すみませんでした先生」


 今日の弟は心なしかシビアだ。あんまり嘗めた口を利かない方がいいのかもしれん。

 次は肉を一口大に切るよう指示された。モモ肉を選んだ方が煮込んだあと柔らかくてカレーに合うそうだ。全て明日には忘れてそうな知識ばかりで困る。

 モモ肉のパックを前に、また桜ちゃんの手が止まっていた。


「おにーさん。お肉、気持ち悪くて触れない……」


 あーあ、生肉も触れないのか。今日の弟は厳しいから流石に怒られるぞこれは。


「大丈夫だよ桜ちゃん。こういうのは触っていくうちに慣れるから。それに気味悪がっていたら食材にされた牛や豚が可哀想だろ?」


 私の予想を外して柔和に微笑む弟。あれ、やっぱり普通なのかな。


「弟よ、私も動物が死んで間もないうちに切り取られた肉片を触るのは気持ち悪いのだが」


「生々しいんだよお前の表現は! さっきから何なんだ姉は。いい加減にしないと本気で追い出すぞ?」


 ちょっと待て、何なんだこの違い。




~調理~


 一時作業を分担することになった。私たちはそれぞれフライパンを持ち、桜ちゃんは肉を、私は玉ねぎを炒めた。


「姉よ、まずバターをフライパンの上に引いて、そして弱火でじっくり玉ねぎを炒めてくれ。木ベラに玉ねぎがくっついてくるぐらいまでじっくりな。あ、そうだ、焦がしたらぶっ飛ばすからせいぜい気をつけてくれ」


 という、なんとも心優しいアドバイスを弟は残していった。今日の弟、私に対してだけ血の気が多過ぎる。いつ弟がセガールばりに包丁を投げてくるかも分からん。

 しかし、死の恐怖を感じながらフライパンを振っていたら意外と焦がさずに炒められた。

 ていうか、何で弟は私に一言残しただけで桜ちゃんにつきっきりで教えてるんだ。マジで何なんだよこのリアル格差社会。

 やがて炒め終わり、私たちはひとまずフライパンやらの料理道具を片付けた。弟が棚から鍋を取り出す。


「よし、いよいよ鍋で材料を煮込んでいくか。ここまできたらあとは簡単だ」


 鍋に水を入れてブイヨンとかいうのを足し、まず肉だけを煮ていく。これは肉に柔らかさを出すためだそうだ。ここでまた弟の注意点。


「早めの段階でローリエを2、3枚入れていくておくといい。肉の臭みを消せるからな」


「うむ。しかし弟よ。何でもかんでも臭いからって消臭するのは私的に頂けないな。『匂いがあるから燃えるんだ!』って主張する一部のコアな性癖持ちには――」


「ニンジンも早めに入れた方がいいな。あぁそうだ、ルーを今のうちに刻んでおこう。刻んでおくと溶かしやすいしな」


 ついにスルーされた! あぁ何かもう泣けてくる!

 私だけが沈んだまま料理は終盤を迎えていく。

 ローリエを鍋から取り、ニンジン、玉ねぎ、ジャガイモを鍋に投入、沸騰したらアクを取り、そして蓋をする。


「そろそろいいかな。姉、桜ちゃん、ニンジンとジャガイモに爪楊枝を刺してみてくれ。すーっと刺されば火が通ってる証拠だから」


 言われた通り、桜ちゃんはニンジンに、私はジャガイモに爪楊枝を刺す。


「あっ、すーっていくよ。もう大丈夫かな」と桜ちゃん。


「うん、もう大丈夫そうだ」弟は頷き、私の方に顔を向ける。「ジャガイモの方はどうだ姉よ」


「おう。柔らかいし素材独自の味が生きていて美味いぞ」


「いや食うなよ!」


 私はもう吹っ切れてきた。

 鍋の火を止め、刻んだカレールーを溶いていく。塩こしょうで味を調整。

 むむ、中々カレーらしいトロトロ感が出てこないな。弟も気付いていないようだし、よっしゃ、ここで姉としてひとつ役に立っておくか。


「……ん? ちょ、待て姉! それ以上動くな! don't moooove!!」


「何だ、どうした弟よ」


「……何故さらにカレールーを足そうとしてるんだお前は?」


「いや、トロトロした感じが足らないなぁと。きっとルーが足りないんだろうなぁと。駄目?」


「駄目! ちょっと煮たらトロトロ感出てくるんだよ。全く最後まで目を離せない姉だ……」


「テヘ☆」


「可愛くない。ってお前最近それハマってるだろ」




~試食タイム~


 さて、無事完成したわけだが。

 弟がいつの間に作ったのか、シーザーサラダを用意してきた。マジでどこの家に出しても恥ずかしくない男だ。

 そしていつの間にいたのか、リビングに戸部さん家の爺さんが居座っていた。マジでいつ家を飛び出してくるのやら不安でならない爺さんだ。

 というわけで、私たち4人はテーブルを囲んでカレーを食べた。


「うわぁ……すごくおいしい! ニンジンも食べられるよ!」


「な、俺の言った通りだろう」


「うん!」


 桜ちゃんは感激で目を輝かせ、弟は満足そうにうんうんと頷く。


「うちの孫が……わしの愛孫がこんな立派なカレーを……苦節70年の我が人生、死ぬなら今かもしらん」


 本当に天に召されんほどの抜けきった顔の戸部爺さん。これぞヘブンな状態である。

 ふと、桜ちゃんが小首を傾げて弟を見る。


「そういえばおにーさん。さっきカレールーの箱よく見たら、書いてあるのと全然作り方違ったよ?」


「あぁ、あくまでその作り方は一例だからね。実は料理っていうのは決まった作り方はないんだよ。色々味付けを工夫してみたり、合いそうだなと思った具材を入れてみたり。このカレーの作り方は俺独自のものだから、桜ちゃんもここから工夫してみるといいよ」


「へー、料理って奥が深いんだねー!」


「そう、だから料理は楽しいんだよ」


 和気藹々と料理談義をする弟と桜ちゃん。

 うん、もうなんていうか。


「……この回だけ料理マンガ風味と認めていい気がしてきた」


「ん、何か言ったか姉よ」


「なんでもない」


 いやぁ、それにしても美味い。自分で作ったものは美味しいっていうのは嘘でもなんでもないらしい。何かもうどうでもよくなってきた。




~おまけ~


 翌日、キッチンにて。


「……姉よ」


「な、なんだ弟よ」


「お前、一体カレー鍋に何を混ぜた?」


「いやぁ、だって昨日弟が自分で工夫して具材を入れてみたら、なんて言うものだからな。うん、ちょっと冒険してみた」


「……それはいいんだが、何が混ざってるんだこれ? どことなく何かの生き物の足のようなものがカレーから突出している気が……」


「……お前の想像に任せる」

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