31話 秘技・話題逸らし
こんばんは、弟です。
現在午前二時三十二分。つまり深夜です。
「~♪」
自分の部屋でゆっくり眠っていた俺でしたが、リビングから聞こえてくる大音量の電波チック音楽に目を覚ましてしまいました。
この音は、言うまでもなく姉が原因です。
俺は睡眠を妨害されたイライラを眉間に集め、ベッドから起き上がってリビングに向かいました。
「ふんふーん♪ もんもん♪」
リビングでは、姉がテレビを前にどこかの民族のような珍妙な踊りを踊り狂っていました。どうやら姉はアニメのED曲に合わせて踊っていたようです。
「こんな時間に何をしてるんだ姉よ。いい歳してアニメ見て気が狂ったように腰振って」
「夢に向かってみらくるみらくる~♪」
「自分の部屋で見ろ姉よ。なんだこの騒音は。近所にも迷惑だから」
「ふっふぅ~♪」
「おい姉」
「弟ちょっと黙ってろもうすぐ終わるから。……えいえい♪」
「……」
こうして踊り終えた姉。俺とは裏腹に姉は清々しい笑顔で汗を拭いました。
「今週も『みらくるてんしちゃん☆』は最高だった。間違いなく今期最大ヒット作だ。よし、寝るか」
「待て」
姉の後ろえりを掴む俺。
「何だ弟よ、いつになく怒気のこもった眼差しで」
「ちょっと弟とお話しようか」
俺は親指でテーブルを指しました。
◆◆◆
そんなわけでテーブルに座る俺たち。さて、どうしてくれようかこの姉。
「弟よ、まさかさっきうるさくしたことに怒ってるのか?」
「ご明察だ。分かってるならどうしてこういう事態になった」
「弟よ。踊る阿呆に見る阿呆だぞ? 同じ阿呆なら踊らにゃ損々なのだ」
「理屈にすらならん屁理屈だな」
「屁理屈も理屈のうちだ」
「よくある言い返しだな。姉よ、一つ聞くが、お前今いくつだ?」
「21歳だな。一般にこの時期は人生の最盛期と言われている」
「姉は恐ろしいくらいに盛ってないけどな。その歳で深夜にアニメ観て踊るってどうなんだ?」
「あぁそれなら大丈夫。さっきのアニメは子供向けには制作されていないからな」
「つまり姉のような大きいお友達用に制作されていると。精神年齢が実年齢に追いついていない痛々しい人向けに作られていると」
「身体は大人、頭脳は子供だからな」
「難儀なことだな。小学校からやり直したらどうだ姉よ」
「なに、周りはロリショタだらけか。その提案は悪くないぞ弟よ」
「なら幼稚園からやり直せ」
「ペドはちょっと……。ちょっと私でもそれはどうかと思う。やっぱり小学生がいい」
「そんなに小学生がいいならその辺の小学生に声でもかけてみたらどうだ」
「私も昔はそう思ってな。引きこもりになる前は小学生に声をかける遊びをしていたものさ」
「おまっ……。いや待て、それは弟も初耳なのだが。お前一体過去に何をやらかしたんだ」
「いや単なる悪戯さ。小学校の通学路に五百円玉落としてな、それで私は陰に隠れて待ち伏せをする。それで道行く小学生が五百円玉拾うだろ。そこで私が物凄い剣幕でその小学生に近づいて言うのだ。『コラッ、そのお金はお姉ちゃんのだぞ。勝手に取ったらダメだ。メッ!』という具合に。な、微笑ましい悪戯だろ」
「お前は一度その小学校の全児童からリンチされた方がいい」
「思えばあの悪戯が桜ちゃんとの出会いだった。桜ちゃん涙目でひたすら謝ってきて、悪戯した私も初めて罪悪感に襲われたよ」
「そこでようやく罪悪感か。お前よく桜ちゃんに嫌われなかったな」
「あれから戸部家がうちの隣に越してくるって聞いたときは焦ったな。上手くご近所付き合いできるか心配で心配で、まぁ今は何とか上手くやれているし問題ないな」
「姉がニートなことでたまに戸部家の方々から心配されてるのだが。それでも上手くやれていると思える姉は間違いなくポジティブシンキングだ」
「ポジティブでなければ自宅警備員は勤まらんからな。……あれ、そういえばさっき何の話してたんだっけか」
「え?」
「え? 何か私に話そうとしてなかったけ弟よ」
「いや、何かあったような……うーん」
「何だよ、話がないなら姉ちゃんは寝るぞ。思い出すならさっさと思い出せ。ほら早く早く!」
「……いや、もういいや。すまなかったな姉よ。呼び止めたりなんかして」
「全く弟というやつは、全く! 今後は気を付けるように。おやすみ」
「……あぁ、おやすみ」
それから俺たちはそれぞれの部屋に戻りました。
布団を被る俺。何でしょう、何かが納得できていないような気がするのですが。不覚にも眠気で頭が回ってきません。
「……まぁいっか」
こうして、我が家の夜は今日も更けて行くのでした。