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29話 ゲーム脳

 こんばんは、ようやく一人称が回ってきた弟です。

 最近、姉がずっと部屋にこもりっきりです。いや、厳密に言えば飯と風呂とトイレのときは部屋から出てくるようですが、それ以外はいっこうにリビングに出てくる気配がないのです。


「おーい姉、ご飯出来てるぞー」


 俺は夕食の準備を終え、二階の姉の部屋に向けて叫ぶのですが、反応がありません。ただの屍にでもなっているのでしょうか。

 いらいらしながらも二階に上がると、姉部屋のドア越しに何か聞こえてきます。恐る恐るドアに耳を当てて聞いてみる俺。


「いやおかしいだろ……はぁ? 神殿への近道はこっちだってさっき村長が言ってたのに……え、いやいや違うって。本当お前はいつもいい加減だなあマリーは、ははは……」


 これは恐い。中で姉がひたすら独り言をぼやいています。俺はドン引きながらもドアを開けました。

 姉は俺が入ってきたことなど全く気付いていないようで、テレビのゲーム画面に向かって何かぶつぶつ言い続けていました。


「おい、姉」


「……だーから、何でマリーはいつもそういうこと……」


「愚姉!」


「……はっ」


 驚いて姉がこちらを振り向きました。目の下のくまが酷い。


「な、なんだ、ただの現実か。さぁゲームに戻ろ戻ろ」


「おい待て。話は飯を食ってからだ」


「頼む弟よ、もうちょっとだけだから。邪魔しないでくれるか」


「姉よ。お前最近どうかしてるぞ。最近部屋から全く出ないと思えば、ゲーム三昧だったのか」


「仕方ないだろう。今もどこかで魔の手に晒され困っている市民たちがいるのだ。私は勇者なのだからな」


「……」


「あ、すまん。私としたことがうっかり。そんな蔑むような目で見るな弟よ。たかがゲームとリアルとの区別がつかなくなっただけじゃないか」


「重傷だと思うが。もう姉は飯抜きでいいか」


「正直すまんかった。自重する。さっきストⅡやりすぎて指の皮がむけたんだ。そろそろ飯食ってHP回復したい」


「姉よ。怪我は飯食っただけじゃ治らんぞ」


「え、何言って……あ、そうか。うん、分かってる分かってる当たり前じゃないか、ははは」


「……本気で大丈夫か姉よ。まぁいいが」


 気を取り直し姉と共にリビングへ向かいました。すると姉が突然身構え、


「せいっ」


 というかけ声とともに階段の前で飛び上がったのでした。もちろん途中で転び、姉は無様にリビングの床に転げ落ちました。


「あいたた……おかしいな……」


「……一体何してるんだお前は?」


「いや、これくらいの階段ならジャンプで降りられるかと思ったが……まだまだ跳躍スキルが足りなかったか」


「頼むから意味の分からないことを言わないでくれ。なんだお前は、あれか、今流行のゲーム脳か?」


「私がゲーム脳? ははは、そんなまさか。いいから飯食うぞ弟よ」


 俺は釈然としないまま階段を降りました。なんでしょう、この精神病患者を相手にしているような気分は。

 そんなことで俺たちはテーブルにつき、夕食を始めました。テレビをつけると、画面には渋谷のスクランブル交差点が映っていました。ふと、姉が呟きます。


「こんなに人が映ってるのにラグ起こらないのか……凄いな」


 意味が分かりません。とりあえずスルーしておきましょう。そうだ、姉に尋ねたいことがあったんでした。


「姉よ、そういえば今日amazonから何かゲームらしきものが届いたんだが。何か注文したか?」


「あーあー、そういえば龍が如く注文してたんだ。すまんな弟よ」


「なぁ姉よ。ゲームはいいがあまり買い過ぎるのもどうかと思うぞ? うちの家計はもう火の車なんだ」


「そうなのか……?」


 姉が腕組みし、考え出しました。やがて何か思いついたように、ぽんと手を叩きます。


「そうだ弟よ、飯食ったらアカム狩りに行くぞ。今のうちに装備考えとけ。一発で三万は稼げ――」


「いやいやいや……」


「ん、どうした弟よ。あそっか。まだ弟はG級いってないんだっけ」


「お前がさっきから何を言っているのか全く理解できない。なんだアカムとか狩りとかG級とかって」


 姉が「何言ってんだこいつ?」みたいな目で俺を見つめ、やがて焦ったように箸を取り直しました。


「あっ、あーっしまった! また私としたことが!」


「……またゲームの話だったのか」


「そそそ、そんなわけないだろ。全く何を言っているのやらこの弟は。弟こそおかしいんじゃないか? さっきから頭の上にHPゲージが出てないぞ? なんだ、バグか?」


「バグってんのはお前の頭だ」


「あわわわ、いかんいかん本格的に疲れてるな私。そろそろセーブしといた方がいいかな。おい弟よ、この家のセーブポイントってどこだっけ?」


「いやないから。何だセーブポイントって」


「じゃあリセットボタンは?」


「だからそれもねーよ!」


「なんだよそれ! この世界、クソゲーだな!」


 姉が激怒し、テーブルを叩きました。もう何と言葉をかけていいのやら。俺は頭を抱え、ため息を吐きました。

 すると、部屋の隅に聞き覚えのあるカサカサ音が聞こえてきました。

 出ました、口に出すのもおぞましいアレ、Gです。


「姉よ、暖かくなってきたせか……ついに出たな」


「あぁ……弟よ、私に任せてさがっていろ」


 おもむろに立ち上がる姉。先程は心配しましたが、なんだか今日は頼もしい。

 しかし姉は身体をごそごそと触り、そして首を傾げたのでした。


「弟よ、私のモンスターボールどこやったっけ……」


「……落ち着こう、姉よ。とりあえず深呼吸だ」


「すーはー、すーはー」


「よし……じゃあG退治を再開しようか姉よ」


「うん、私もそうしたいところなんだがな、さっきまで腰にあったはずのモンスターボールが……」


「うおおおお!!」


 俺は姉の肩を掴みかかり、激しく揺さぶりました。


「目を覚ませ姉えええええ!!」


「ど、どうした弟。そんな鬼気迫った弟は初めて……ちょ、痛い痛い」


「お前はこのままじゃ駄目になる!」


「誰が駄目だ! 私は某MMOでは世界中に名を轟かせるLv5000の大賢者なんだぞ! 貴様のような新規プレイヤーは口を慎め!」


「意味分からんがお前それ自分で言ってて虚しくならないか!?」


 俺たちの押し問答についにGもドン引きしたか、いつの間にか姿を消していました。

 そんなこんなで夜は過ぎ、やがて朝になりました。

 姉も久々にぐっすり眠れたのか、くまも治っていました。まぁ、いつもの姉のように見えますが……。


「はぁ……なんか久々に我に返った気がする。現実の世界ってやっぱクソゲーだな。難易度高いし。あぁ、鬱だ……」


 いつもの鬱さ加減までもリバウンドよろしく見事に利子付きで戻ってきたのでした。

 恐ろしきかな、ゲーム脳。

高校の頃グランドセフトオートのやり過ぎで「歩くとちょっと遠いな、まぁ途中でバイクでも奪えば何とかなるだろ」と一瞬考えた自分がいてびっくりでした。

ゲームのやり過ぎには注意しましょう。

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