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28話 歯医者クエスト~激闘編~

 セイカ歯科に入る私と桜ちゃんと鬱蔵。

 受付のとき鬱蔵について突っ込まれるかと思ったが、案外あっさり入れてしまった。

 しかし歯医者というのは独特の雰囲気を放っているな。この匂いといい、遠くから聞こえる音といい。

 何かオッサンの悲鳴のようなものが聞こえるのは気のせいだろうか。


 待合室で震え上がりながら順番を待つ私と桜ちゃん。

 なんとなく薄暗いぞここ。


「なんかこの歯医者さん、怖いねおねーさん」


「う、うむ」


 すると、突然耳をつんざくキュイイインと言う音と、


「ヒィィィ! ぐ、ぬわーっ!」


 先程のオッサンの断末魔が聞こえてきたではないか。

 おいまて、歯医者ってこんなんだったっけか。


「怖いよう、おねーさん……」


 冷や汗ダラダラの私の腕にしがみつく桜ちゃん。

 そのときだ。悪魔の宣告が聞こえてきた。


「次でお待ちの……ええと、綾波レイさーん?」


 私だ。ついに私の番が来てしまった。

 私を呼んだ女性職員は「おかしいわね……保険証に書いてある名前と違うわ」なんて言ってたけど、私の場合偽名を使うことはもはや定石の一手なのである。


「い、行ってくる」


「がんばってね、おねーさん」


「あぁ。……なぁに、心配しなくてもすぐ戻ってくるさ」


「ガンバッテネ……プススー、プリプリ」


「おい鬱蔵、お前はなんでちょっと笑ってるんだ? なんだその腹立つ顔は」


 私はため息を吐き、気を取り直して診察室へ向かった。

 診察室に入るとき、初老の女性職員が私を呼び止める。


「言い忘れてましたが、チェンジ料金は別途いただきますからね」


「え? あ、はい」


 歯医者でチェンジって何を? 医師をってことか? 医師ってチェンジできるんだっけ。デリヘルかよ。

 不思議に思いながらも、私は診察室の扉を引いた。

 そして絶句した。


「……どうぞそちらにおかけ下さい」


 血糊を白衣にべったりと飛び散らせた男がそこには居た。マスクまで血に染まり、そして何故か黒いサングラス。

 何? 快楽殺人鬼? 変態解剖フェチドクター?


「早くそちらにおかけ下さい。はぁ、はぁ、ヒヒヒッ、さぁ早くそちらへ。早く!」


「チェ、チェンジで!」


 これは流石の私も身の危険を感じざるを得ない!

 男は何故か残念そうに舌打ちをしていた。

 ……よかったチェンジシステムあって。


 それから間もなくして次の医師が現れる。


「よろしくおねがいします」


 セルジオ・オリバも涙目でTシャツを羽織りかねない筋肉隆々の男だった。


「私は道具を一切使いません。自慢の拳と握力で治療を行いますのでご安心を」


「一体何を安心しろと……チェンジで」


 次にいこう。


「あら、中々可愛らしい患者さんだこと。よろしくね、うふっ」


 次に現れたのは妖艶な雰囲気を放った美人医師。

 でも結構まともそう……。


「最初に言っておくわ。私はかなりの歯フェチよ」


「は、はぁ」


 美人医師はセクシーに足を組み直す。


「そして私は院内一性欲の強い、レズよ」


「チェンジで」


 どうかいい同性愛者を見つけてくれ。私は残念ながら三次元に関してはノンケだ。

 次だ次!


「セイカ歯科一のイケメンですヨロシクゥ! どうだい、このあと僕とLOVE☆Driveでも!」


「死ね。チェンジ」


 次だ!


「松本組の三代目、松本剣だ。おぉい、ねーちゃん。今シャブの持ち合わせはねーからちぃとばかし染みるかもしれねーが、まァ安心しな。タマまではとらねえからよ」


「勘弁して下さいすみません何か知らんけどすみませんチェンジでお願いします」


 次!


「ボクまだ小学生だから自信ないけど、がんばるよ! トンカチとスコップがあれば大丈夫だよね!?」


「んー! 大丈夫じゃないかな! 可愛いけどチェンジ!」


 次!

 なんか楽しくなってきた!


「よろしく……どうぞおかけくださ……はっ。あんたの顔、見たことあるわ……あんた、アタシのユウタを寝取った女でしょ! 許さない……許さない許さない許さない許さない許さない許さない――」


「人違いです! チェンジ!」


 次だ!

 バッチコーイ! どんなやつでもバッチコーイ!


「頼む! 私に診察を、私に貴女の歯をいじらせてくれ! 血が見たい! あぁ! はぁはぁ、ヒヒヒヒ!」


「またお前か! チェンジ!」


 いえーい! 次だぁぁぁ!


「よろしくお願いします。この歯科は変な先生ばかりで大変だったでしょう? どうぞそちらへ……」


「いえーい! みんな歯医者退職してニートになれ! チェンジ!」


 ははは、次だ次……ってあれ?

 何か引っかかるような気がするが、まぁいいか。


 次に現れたのは、女性職員に付き添われた老人。

 足やら手やらをプルプルと震わせて、目の焦点が合っていない。

 まさかこの人も医師? いやいやそんなわけは……。

 女性職員が重々しく口を開く。


「この歯科の院長、紺矢賀峠(こんやがとうげ)先生です。綾波さんがチェンジばかりするもので、院長自ら重い腰を上げられました」


 ですよねー。流れ的にそうなりますよねー。

 私がチェンジを言い渡そうとすると、女性職員はハンカチで目頭を押さえ始めた。


「実は紺矢賀先生……今日でこの仕事を退職なさるんです……」


「え、いやでもそんな言われても……」


 突然、診察室をしんみりとした雰囲気が包む。


「いいんじゃよ、わしはもう歳だ。チェンジされても仕方ない。今後は若い世代に受け継ぎふぅご! ふにゃふひ……」


 入れ歯を途中で落としながらも悲しそうに頭を振る紺矢賀先生。慌てて女性職員が入れ歯を拾い、紺矢賀先生の口に押し込む。


「先生! そんな悲しいこと言わないで下さい! 先生のお言葉で、この医院の職員が今までどれだけ成長させられたことか……うっ」


 成長してこの結果とは悲惨だなセイカ歯科。


「いいんじゃ……もうわしに患者を治す力はない……」


 紺矢賀先生が診察を出て行こうとドアを開けると、なんと医師たち全員が彼を待ち受けていたのだ。

 医師たちは応援旗を掲げた。応援旗には「今までありがとう、天才バイオレンス医師、紺矢賀先生」と書かれていた。

 ……天才バイオレンス?


「せーの!」医師たち全員が声を合わせた。「今までありがとう! 紺矢賀先生!」


「お、お前ら……」


 紺矢賀先生は驚いたように目を丸くした。

 院内に、医師たちの声援がこだます。


「私を狂気のバイオレンスにしてくださったのは貴方です! 紺矢賀先生!」


「見て下さいこの筋肉! 先生のバイオレンスの賜物です!」


「私レズだけど……唯一惚れた異性はあなただけよ、紺矢賀先生」


「やっぱ院内一のイケメンはYOUさ! イケメンNo.1ホスト紺矢賀峠!」


「先生のエモノ捌き、俺ぁ前々から惚れていやした。三代目の名、アンタに受け渡してもいいくらいです……うっ、いけねぇ俺としたことが涙が……」


「紺矢賀せんせーは、ボクのお爺ちゃんだよ!」


「このまま退職なんて許さないんだから……絶対……許さない……ぐす」


「私が普通の医師過ぎたせいか最後まで先生に名前を覚えて貰えませんでしたが、先生に対する愛は誰にも負けません。なのでいい加減名前を覚えて下さいませんか……」


 一人一人が紺矢賀先生に言葉を贈り、大きな花束も贈呈された。

 紺矢賀は感極まって、枯れた目から涙をしぼり出していた。

 ……え、え? なんだ、この唐突に始まった茶番。


「最後の診察、頑張って下さい! 紺矢賀先生!」


 ……え?


「紺矢賀! 紺矢賀!」


「うぅ……わしの孫たちよ……。よし」


 医師たちのエールを受け、ゆっくりとこちらを振り返る紺矢賀先生。


「若輩のころより恐れられた“デッド・オア・アライブ”の異名……最後にもう一度院内に轟かせてくれる。セイカ歯科院長、紺矢賀峠! 推して参る!」


「デッド・オア・アライブってそんな物騒な……ははは。っておい!」


 私が嫌な予感を感じ取っていると、例のマッチョ医師と変態解剖医師が私を取り抑え、診察台に縛り付けたのだ。

 すかさず女性職員が紺矢賀先生に道具を手渡す。

 なにその道具。なんだその拷問器具みたいな形容し難い形状のそれは?

 紺矢賀先生が手足を子鹿のように振るわせ、ずしりずしりとこちらへ近づいてくる。


「さぁ、往生せい。歯に取り憑く邪なもの共よ……」


 その瞬間、私は確かに“死”を感じ取っていたのだ。同時に私は理解した。

 デッド・オア・アライブ。

 生か、死か。

 生か死か?


「セイカ歯科ってそういうこと!?」


「キェェェェェイ!!」


「ぎゃあああああああ!!」


―――

――


「……という具合で幕を降ろしたわけだが」


「……姉よ」


 弟はお茶を啜り、じと目で私を見た。


「セイカ歯科の下りはもはやファンタジーだろ」


「まぁ……多少誇張したが。というかぶっちゃけ、九割方嘘だがな」


「……姉よ」


「いや、ホラ。それくらい怖かったってことだよ! 涙目だったし、つーか帰る途中で泣いたし。桜ちゃんに慰められたくらいだし」


「よもや歯医者で泣いて小6に慰められるとはな……」


「まぁそんなわけで……通院するのは止めにできないだろうか弟よ……」


「ダメだ。治るまでちゃんと通え」


「何故だ! こんなに怖かったのに! 行かない! 行きたくないいいいい!!」


「……ダメだこの姉早くなんとかしないと……」


 弟は呆れたように頭を抱えた。

 まぁ、なにはともあれ……自宅が一番落ち着くな。よし、いい言葉を思いついたぞ。



 歯医者は、ドラクエよりも難易度が高い。

                  ――姉。



「姉よ、それ名言でもなんでもないからな」


「喧しい」

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