27話 歯医者クエスト~小さな冒険編~
かつて平和に包まれた古の都市ホワイトトゥース。一国の女王・姉とその姫御子・桜のもと、都市は平和と秩序に守られていた。
しかし、その平和は長くは続かなかった。
かつて口内征服を企んでいた虫歯菌たちの手により、邪悪なる魔人・ミュースタンスが生み出されたのだ。
都市は荒廃に包まれる。都市の民は魔人の脅威を恐れ、歴戦の戦士と謳われた勇者・弟までもがしり込みした。
かくして、姉と桜は立ち上がったのだ。二人は都市を救うべく、暗黒の地、死界(歯科医)へと向かうのだった……。
やぁ姉だ。
それっぽいあらすじにしてみたがどうだろう。我ながらドラクエっぽくていい感じだと思うんだが、ドラクエ次回作のストーリーはこれでいけるんじゃないかと自負している。
私は桜ちゃんと共に近所の歯科医、セイカ歯科を目指していた。
「桜ちゃんよ、セイカ歯科ってここから歩いてどれくらいなんだ?」
「うーん、大体2kmくらいかなぁ」
2kmか。ヒッキーの私にとってはフルマラソン並の距離じゃないか。まだ100メートルくらいしか歩いてないのにもう息が上がってきたぞ。
……とりあえず、うだうだ考えていても仕方ない。とにかく私は無心で歩き続けるしかない。
――残り1800m。
「……はっ」
ぶぃんぶぃんと唸る音に私は身を震わせた。
まるで猛獣が獲物である私たちに舌なめずりをしながらうなり声を上げているかのようだ。
前方の道から白い息を巻き上げる大きな影。
間違いない、この気配は……。
「桜ちゃん! 歩道の脇に逃げろー!!」
「ど、どうしたのおねーさん?」
「いいから塀に張り付いて避けるんだ! 奴がくるぞ!」
慌てて民家の塀に忍者のごとく張り付く私と桜ちゃん。
「じょ、乗用車だー!!」
その大きな怪物は恐るべきスピードで私たちの前を駆け抜けていったのだった。
そいつが居なくなったことを確認すると、私は安堵の息を吐いた。
「……ふう。危なかったな桜ちゃん。危うく轢かれるところだった」
「えええ……」
――残り1500m。
「おねーさん、早く行こうよー!」
「む、無理だ。化け物がいる。この道は無理だ」
民家の庭にその大きな化け物は居た。出た、ケルベロスだ。あんな細い鎖なんかで繋がれて、きっとあの化け物なら一発で引きちぎってくるだろう。
「化け物じゃないよ。恭介くんちの柴犬で、毒乃助ちゃんっていうんだよ!」
「なんだそのいかにも狂犬病持ってそうな名前! あっ、危ない桜ちゃん!」
桜ちゃんが毒乃助の頭を撫でていた。
「よーしよし。毒乃助ちゃんいい子だねー」
あわわわわ、もう終わりだ。ケルベロスを怒らせたら最後、頭を噛み砕かれて……あれ?
意外に大人しいじゃないか。尻尾なんか振って、何だか可愛げもあるし。
「ほらね、可愛いでしょ。おねーさんも撫でてみなよー」
「お、おう……」
私は深呼吸をして、ゆっくり毒乃助に近づいた。そして毒乃助の頭に手を伸ばそうとすると……。
「ワン!」
「とぅー!」
吠えられた! 思わず恥ずかしい叫び声を上げる私だった。
ちょ、やっぱ犬こええじゃないか!
「逃げるぞ桜ちゃん! やっぱりこいつは危険だ!」
「えーっ、待ってよおねーさん……」
――残り1400m。
「はぁ、はぁ、走って逃げたら疲れた。……はっ、何だこの額ににじむ謎の液体は。まさか……血?!」
「おねーさんそれ汗!」
――残り1100m。
「ぎゃああああ!」
「どうしたのおねーさん?!」
「……びっくりした。電気ショックでも食らったのかと思ったが……なんだ携帯のバイブか」
「なぁんだ。びっくりしたぁ」
「ん? 弟からメールか」
全く弟め。人の心臓止める気か。なになに……。
『ちゃんと寄り道しないで歯医者向かってるか愚姉。桜ちゃんに怪我でもあったら死んで詫びろよ。心配だから監視のために鬱蔵をそっちに飛ばした。道に迷ったら鬱蔵に聞けよ』
いや、どんだけハイスペックなんだよ鬱蔵。
――残り1000m。
「サクラ!」
ほんとに来たよおい。
しかも最近若干太り気味の鬱蔵。桜ちゃんの肩に飛び乗るが、桜ちゃんも結構重そうだ。
「鬱蔵ちゃんだー!」
「サクラ! サクラ!」
じゃれあう二人。ちくしょう、このアホ鳥。誰が毎日可愛がってやってると思ってるんだ。少しはこっち見ろ!
「……チッ」
「このトリ今こっち見て舌打ちしやがった!」
「鬱蔵ちゃんは舌打ちなんてしないよおねーさん! ねー鬱蔵ちゃん!」
「ネー!」
くそっ、明日飯抜いてやろうかちくしょう。
――残り800m。
「駄目だ……もう歩けん」
ぐったりと座り込む私。ぶっちゃけここまでよく頑張ったよ私。
心配そうに覗き込んでくる桜ちゃん。ついでに桜ちゃんの肩に乗ってる鬱蔵も生意気な顔でこっち見てくる。
「大丈夫おねーさん?」
「も、もう無理だ。何でもいい。水が欲しい。ぐええ」
桜ちゃんは慌ててバッグを探る。
「はいおねーさん! これ飲んで!」
桜ちゃんが何かペットボトルを取り出した。おぉ、ありがたやありがたや。
「ごくごくごく……」
「あ、そんな一気に飲んだら……」
「げばぁ!」
炭酸かよ。
――残り500m。
今度は、何故か私の頭の上に止まっている鬱蔵。足の爪がちょっと痛いのだが。つーかお前やっぱ重いな鬱蔵。
「……ウ。ウ」
「どうした鬱蔵。人の頭の上で気味の悪い唸り声上げて」
「モレル」
「降りろてめぇ!」
――100m。
「あ、歯医者さん見えてきたよおねーさん」
私はヘロヘロになりながら、桜ちゃんが指さす方を見た。
おぉ、見えてきたぞ、セイカ歯科の看板。
「おぉ、ついにたどり着いたのか……私は」
「でもちょっと疲れちゃったねおねーさん」
「あぁ確かに。どこかで一度休憩したい気分だが……おっ」
セイカ歯科のすぐ隣にキャラフルな看板。歩いて温まった身体には最適なサーティーワンアイスクリーム。
「アイスクリームだー!!」
私と桜ちゃんは同時にそう叫んだ。そして一気にサーティワンに駆け込んでいった。
桜ちゃんはストロベリー、私は抹茶を頼んだ。
「いただきまーす!」
……って。
「歯ぁいてえ!」
「染みるねおねーさん……」
「アホー、アホー」
――セイカ歯科前。
「おねーさん、恐いよ……」
「うむ……なんというか……」
この歯医者、なんかおどろおどろしい雰囲気醸し出しすぎである。何なんだろうな、見た目普通なのに。
「ま、さっさと行って帰ろうか。桜ちゃん……」
「う、うん」
このとき、私たちはまだ知る由もなかった。この後、想像も絶するほどの恐怖が待っているということに。
激闘編に続く。