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20話 第二回・姉と弟の茶飲み話 〈挿絵付〉

 金曜日の夜というのは言葉にし難い開放感がありますね。仕事を終え、自宅に帰り美味しい食事をひたすらかき込む瞬間は安らかな幸せすら感じます。


 どうも弟です。

 金曜日の夜。夕食後ということで、姉とお茶を飲みながらまったりとしております。

 本日はなんと中国産ジャスミン茶。ジャスミンの香りがいい感じ。味も独特で爽やかな口当たりです。お隣の戸部さん一家が旅行中に買ってきたもので、お土産と一緒に少しばかりお裾分けを頂きました。

 お裾分け。少々言い方を悪くすれば余り物の分け与えでしょうか。

 余り物のお茶にまつわる言葉が二つほどあります。

 余り茶に福あり。他人の残したものに思わぬ幸福が潜んでいるという意味で、余り物には福があると同じ意味です。

 これとは対義語、余り茶を飲めば年が寄る。余ったお茶を卑しく頂くことは美徳とされず、意地汚い者には幸福は訪れない、という意味です。

 どうも、余り茶というものは二面性を持ってしまう物のようです。

 さて、この余り茶。俺たちにとって幸をもたらすか、はたまた不幸をもたらすか。


 ――午後八時三分。


「石川遼はきっと、缶ジュースではなく自動販売機ごと買うんだろうな……」


「姉よ、流石の賞金王でもそれはないと思うぞ」


「どうだろうな。少なくとも自宅に自販機の一つや二つ完備していそうな気もするが。いかんせん金持ちの生活というのは想像がつかん」


「そうだな。俺のような安月給取りには理解に苦しむ生活を送っているんだろうな。姉が働けばもっとマシになりそうなものだが」


「馬鹿を言う。最近は私もアフィリエイトで家計を手伝っているではないか」


「雀の涙だけどな。姉よ。お前も石川遼のように何か才能を持っていれば、何気に稼ぎ口になるのかもしれないんだがな」


「弟よ、お前は何か勘違いしているな」


「なんのことだ姉よ」


「もし何か才能を持っていてそれを職業に応用できたとしても、私は家に引きこもることを優先する」


「……恐るべき引きこもり至上主義」


 ――午後八時四十二分。


「なぁ姉よ。働くって、実は良いことだらけなんだぞ。色んな意味でな。お前は働かないから知らないかもしれないが」


「うーん……」


「どうした姉よ。自分に合う職業でも模索し始めたか」


「そんなまさか。この私がそんなまさか。馬鹿なことを言うなよ弟よ、ハハッ」


「もはや姉に職の文字は無い……。じゃあ何が『うーん』なんだ」


「いや、お前さっき『色んな意味で』って言ったよな。よくこの言葉を使う輩がいるが、実は大して色んな意味は無いことが多いよな」


「今日は嫌に揚げ足を取ってくるな姉よ。だがな、実際定職に就くことには色んな意味で良いことがあるんだ」


「ほう、例えば?」


「まず、老後に年金が保証される」


「はっ、机上の空論だな。笑わせるな、保証だと? 詭弁も詭弁。年金問題が叫ばれるこの世の中。本来貰えるはずの年金を貰えず、自殺してしまうジジイババアがどれだけいることか」


「次に決まった収入。時間外の労働もきちんとうったえていけば給与を支払って貰える」


「弟よ、サービス残業って知ってるか? 弟もまだまだ若手なんだから知らないことはないよな。苦痛だろうな、お金も貰えないのに身を削って働くというのは」


「働けば人脈が広がる。かくいう俺も同僚の紹介で彼女まで出来た」


「おいおい、だから笑わせるんじゃないよ。何故この私が三次元などと付き合うか」


「休日が楽しみになる。一生懸命働いたあと休日というのは何物にものにも代え難いものだぞ」


「働かなくても家での楽しい過ごしかたいっぱい知ってるもーん」


「……いい加減自らの全てを悔い改めて死ねばいいのに」


「……私も言い過ぎたが、今のはシビアな発言だな弟よ」



 ――午後九時三十八分。


 姉とひたすらのほほんとしていると、今まで居眠りしていた鬱蔵が突然騒ぎ出しました。


「ゴハン! ゴハン!」


「おーおー鬱蔵。すまんな、ご飯まだあげてなかったか」


 俺はエサ入れにムキエを足すと、鬱蔵はキャーキャーと何か気味の悪い叫び声をあげながらエサをつつきだしました。


「弟よ、鬱蔵のエサならさっきあげたじゃないか。二時間くらい前に」


「そうだったか? いや、鬱蔵はよく食べる子だからな。これくらいあげないと満足しないんだ」


「よく食べるってレベルかこれは? そもそもセキセイインコってこんな食べたっけ」


「他のインコと比べるな姉よ。鬱蔵は鬱蔵だ」


「いや、でもこいつ一日エサ一袋ぶんくらい食うぞ」


「姉よ、鬱蔵は天才なんだぞ。頭をよく使う分、腹も減るんだ」


「しかし日を追うごとに着実に太っている気がするぞ」


「気がするだけだろ。PCの画面ばかり見すぎて目が衰えたか、姉よ」


「待て、何故そこまで鬱蔵を擁護する。そして何故さり気に私のことを貶す」


「まぁ鬱蔵と比べると姉に対する愛は無に等しいからな」


「おい待て聞き捨てならんぞ今のは。私と鬱蔵の何が違うんだ。お互い食っちゃ寝食っちゃ寝してるだけじゃないか。私のどこに非がある」


「ペットはともかく、食っちゃ寝食っちゃ寝してる人間の口から『私のどこに非がある』て。非だらけじゃないか。どの口がそんなことを言う」


「……まぁ、私も弟なしでは生きていけないからな」


「その言葉も姉が使うと物悲しい意味になるな……」


 ――午後九時五十二分。


 ジャスミン茶片手に姉がパソコンをいじり出しました。リビングなのでもちろん俺のパソコンです。


「勝手に人のパソコンで何をしているんだ、愚姉よ」


「見て分からんか、愚弟よ」


「……エロゲーだろ」


「エロゲーじゃない。これは業界でも他に類を見ない、至高の抜きゲーだ」


「エロゲーじゃねーか!」


 ――午後十時十分。


「弟よ、ついにいつもの宅配便のお兄さんが目を合わせなくなってくれた……」


「俺はこの前郵便物受け取ったときにそのお兄さんから『頑張ってください』って言われたな」


 ――午後十一時三十一分。


「ゴハン! ゴハン!」


「弟よ……」


 空になった鬱蔵のエサ入れを見つめながら言う姉。


「……もはや何も言うな姉よ」


 ――午後十一時五十八分。


 湯飲みを傾け、姉は息を吐きました。ジャスミンが香ったような気がします。

 姉も何か感慨深い表情です。


「いつの間に中国に旅行へ出ていたのだろうな、戸部さんちは」


「そうだな。行ってみたいな、家族旅行で海外。しかし姉が……」


「私もな、一瞬の気の迷いで行ってみたいと思ったことがあるんだよ。ドイツとか、オーストラリアとか。でもな……」


「……」


 何となく姉が言い出しそうなことが読めてしまったので、俺は何も言わず、静かにジャスミン茶を啜りました。


「やっぱり気の迷いだったな。引きこもりの私に海外とか、レベル高すぎ。ハハハ」


 あぁ、なんと悲しきかな。ジャスミンの芳香。



挿絵(By みてみん)

4コマ漫画:ふにょこ氏

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