19話 現実
「この物語は現実的じゃない」
ふと、突っ伏していたテーブルから顔を上げる姉。
テレビに目を向けていた俺は、じっとりとした眼差しを姉に向けました。
「……は?」
「この物語は現実的じゃない」
「すまん姉よ、寝言は寝て言ってくれないか。そんなギラギラ目を光らせて何を言い出すんだ」
「いいか、まず私たちが美男美女という設定がおかしい」
「おいおい勝手に話進めやがるよこの姉」
「まず、美男美女の姉弟は大抵仲がいい。そして性格がひねくれない。そこんとこが私たちと正反対だ」
「まず自分たちのことを美男美女だと言い切るところが傲っているというか何というか。そもそも姉がこんなんだから俺の性格もひねくれたんだと思……って俺は別にひねくれてないだろうが」
「いや弟もひねくれてる。いつも私のことをクズ人間のごとく罵って。お前はもっと姉を敬うべきだぞ」
「敬うべきところがないだろ。それに現実的じゃないといえば姉、お前はヒキニートなんだからもっとこう……悲惨であるべきじゃないのか」
「もう既に悲惨だが」
「否定が来ると思ったが言い切ってしまったな……。そうじゃなくてお前、引きこもりだから全く運動しないだろ。もっと太った体型が現実的だ」
「お前は姉をなんだと思っているんだ」
「強いて言えば我が家のうんこ製造機か」
「弟よ、うんことか、直で言うのやめろ。●とかで表すだろせめて。それなら全く問題ない。●んこ! う●こ!」
「つっこむとこはそこか? 問題ないって●ずらしてどうする」
「頭隠してうんこ隠さず。というか使ってみて初めて分かったが●表記って何か卑怯だよな。隠語ならまだしも作品のキャラクターにまで。下ネタやパロディを使っておきながら自分は健全を貫いてますよーみたいな。●●えもんとかさ。丸分かりだっつの。どうやった間違えるんだよ。ラリえもんか? どっちにしろ健全じゃねーよ。そこんとこどう思う弟よ」
「とりあえず論点がずれまくっているなぁとは思う。色んな方面の方々に喧嘩を売るのはそこまでにしないか姉よ」
「そうだな……うん、自重しよう……。ちょっと待て、誰がうんこ製造機だ」
「遅い。ひたすら遅い。ボルトが見たら鼻で笑うぞ」
「黙れ。ボルトがなんだ、何人たりとも私の間を否定することは許さん。私は小説と言う枠を飛び越えて全てのヒッキーやニートに勇気と希望を与えるのだ」
「日本が終わるな」
「逆に終わられても困るな。働く者はしっかりと働けばいい。それが私たちの糧となる。ヒッキー・ニートはもっと堂々とするべきなのだ。何が現実か、何が労働大国か。我々はもっとそういう根本的なものに抗っていくべきなのだ。不働を貫いてくべきなのだ」
「待て、それ以上語るな姉よ。ニートやヒッキーのイメージを上げようとするのはいいが、多感な時期の中高生たちは意外と影響されやすいからな?」
「立ち向かえ、全国のニートよ。世間の風当たりを気にするなど言語道断。むしろ誇るがいい。会社で汗水垂らしてペコペコする必要はない。そんなものは下々の者どもがする行為だ。そう、働いたら負けなのだ」
「おい姉、ちょっと黙ろうか」
「諸君、私はニート生活が好きだ。諸君、私は引きこもり行為が好きだ。惰眠が好きだ。エロゲが好きだ。ネトゲが好きだ。テレビゲームが好きだ。食事が好きだ。漫画が好きだ。Amazonが好きだ。mixiが好きだ。2ちゃんねるが好きだ。ニコニコ動画が好きだ。Skypeが好きだ」
「おい……」
「自室で、リビングで、風呂で、キッチンで、トイレで、PCの前で、携帯の前で、TVの前で。我が家で行われるありとあらゆるヒキニート生活が好きだ。前々からチェックしておいた新作エロゲをAmazonで予約し、馴染みの配達員から向けられる軽蔑の眼差しを無視しつつ、自分の部屋へと急ぎPCの前に座ってエロゲをインストールする時など心がおどる。弟の手料理が好きだ。仕事で疲れた体に鞭打ち、それでも手を込んで作られた男料理などは感動すら覚える。たまに白い目を向けられ、『働かずに食う飯はうまいか?』と言われる瞬間などもうたまらない」
「……」
「諸君、私はヒキニート生活を、天国のようなヒキニート生活を望んでいる。諸君、私に付き従うヒキニート戦友、働きアリ諸君。君たち一体何を望んでいる? 更なる真性ニートを望むか? ニート! ニート! よろしい、ならば……」
「一ヶ月飯抜きにしていいか姉よ」
「ごめんなさい食べさせて下さい弟様。ちゃんと現実に向き合います申し訳ございません一ヶ月は死にます」
姉の台詞の一部はヘルシング、最後の大隊の少佐の発言より引用しました。何か申し訳ございませんでした