1話 姉、起床
こんにちは、初めまして弟です。
今日は久々の休日。俺がリビングでくつろいでいると、二階から階段を降りる音がしてきます。
「なぁ、社会の歯車の一つに過ぎない弟よ」
実に不審な女です。
クールビューティーな顔立ちに無表情を張りつけ、瞳は汚染された工場水のように死んだ色で、長い黒髪はスーパーサイヤ人3のそれのごとく寝癖という名の芸術を造り上げています。
信じがたいことに、我が姉です。
「なんだ、社会の構成からはぐれた余り物歯車の姉よ」
二十歳無職引きこもりです。
体良く言うとNEETです。
「違うな。体良く言うと自宅警備員だ」
らしいです。ていうか心を読むな。
「ほぉら言ってみな。俺の姉は自宅警備員ー。あひゃひゃ」
「天国の父さん、母さん……俺の姉は自宅警備員ー。あひゃひゃ」
「仏壇に線香を供えながらはナシにしようか。流石の姉ちゃんも心が痛い」
「大体、郵便もまともに受け取れない引きこもりをどう自宅警備員と呼べようか。なぁ我が家系切っての無意味不良品よ」
「人を一見無意味なように見えて実は上質な逸品みたいに言うな」
「不良品な」
「それに郵便ならAmazonのだけならちゃんと受け取るぞ」
「それお前の私物じゃね? 俺宛てのは受け取ってくれないんじゃね?」
「受け取ってくれないんじゃね?」
「意味なくね? 働く気なくね?」
「人見知りなんだから仕方なくね?」
「結局ただの引きこもりじゃね? ニートじゃね?」
「つーかさっきから何それ。流行ると思ってんの? うわー引くわ」
お前結構のってたじゃねーかよ。
「死んでくれ」
「弟のバカぁぁぁ!!」
突然、奇声に近い叫びを上げ、俺の顔面に拳を浴びせてくる姉。
「なっ、何をする!」
「間違っても姉弟に向かって『死んでくれ』なんて口にするんじゃないの! このカス!搾りカス!」
「いや悪い。正直すまんかった。だからもう殴るのは勘弁してくれ!」
馬乗りになり、リンチを決めこもうとする姉の拳がピタリと止まります。
「そうか。分かったならもういい。じゃあ早速本題に入るが」
「crazy。今までのやりとりは全て余興だったとでも言うのか」
「実はお小遣いの前借りがしたくてな。いやぁ一月2万じゃあ、ぶっちゃけ足らん足らん。今後はこんなことがないように小遣いアップを前向きに検討してくれないか?」
「……」
「わかってるんだ。うちにそんな余裕がないことは。だからな……」
一つ息を吸い、クールビューティーに鬼の形相を浮かべる姉。
「弟を殺してでも預金通帳を奪い取る!」
「お前いい加減訴えてぇ」