17話 弟と鬱蔵
かれこれ一ヶ月間、姉が部屋から出てこない。
心の片隅で心配しつつも、俺はつかの間の一人暮らしを満喫していたのでした。
ほんとにね。心の片隅で心配してたのよ、ほんと。
決して姉が部屋から出てこなくなったから気分が落ち着くとか、ましてやせいせいするだなんてこれっぽちも思っていない。断じて。
姉のいない一ヶ月間、俺は鬱蔵に餌をやりつつも、少しずつセキセイインコらしく可愛らしい言葉を覚えさせていったのでした。
例えば。
「ほら鬱蔵、何か喋ってみろ」
「夏ゾラニ、汗トビカウカナ、センシュウラク」
誰がそんな暑っ苦しい句を詠めと言った。
「満員デ、ホノカニ香ル、肥満児ト、押シテ押サレテ、ハンバーガー」
「もういいっつうのこのアホ鳥」
もうだめだこのインコ。
カメラが回ると無理にでも笑いを取りに行く若手芸人並です。
「鬱蔵。昨日はもっとマシな台詞を吐いていただろう。ホラ、『俺っち鬱蔵! ときめく江戸っ子だぜ!!』だ。ほれ、昨日言えただろ。言ってみろ」
「……」
おいなんだそのドン引きした感じの態度は。おい何だその軽蔑するような目は。殴るぞコラ。
「もう怒った。おい鬱蔵、おまえもっと可愛らしい言葉言うまで飯抜きだからな」
「ウ」
焦ったように羽をぴくりと動かす鬱蔵。ふん、所詮はペットか。主人に従わねば飯にもありつけまい。
お前はこれからこの物語のマスコットになる役目があるんだからな。
「ナデナデシテー、オ兄チャン」
「待て、何か可愛いの路線が違う。変な方向に媚びすぎ……ってお前が媚びてきても微妙な心境だろうが」
「ヌ」
鬱蔵は歯がゆそうに、止まり木の上でパタパタと動き回りました。
やがて困り果てたように。
「……ゴハン、チョウダイ」
「……」
ああ、もう。
「仕方ないな。特別だぞ」
バードビタミンを差し出すと、鬱蔵は嬉しそうにつつき出しました。
あぁもう、なんだかんだで鬱蔵可愛い。