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16話 鬱蔵

「よし、最初から状況を掻い摘んで説明してもらおうか」


 こんばんは、弟です。

 俺は現在、ネクタイを緩めながら頭を抱えております。

 ソファーには我が姉と、何故か向かいの戸部さんちの桜ちゃん(小学5年生)が並んで鎮座しています。桜ちゃんの両手には、これまた何故か鳥カゴが収まっていて、そして中にはお澄まし顔のセキセイインコ。

 部屋を今一度見回す。

 リビングの扉はひっかき跡が付き、テーブルがひっくり返り、羽根やら羽毛やら鳥糞やらが床に散乱しています。


「……鬱蔵と大乱闘した」


「待て待て、姉よ。まずその鬱蔵とかいう輩はどこのどいつの事だ」


「こいつ」


 そう言って鳥カゴのセキセイインコを指さす姉。鳥カゴを抱えている桜ちゃんはうつむいて黙ったままです。


「……戸部さんちでインコを飼っていたなんて初耳なんだが」


「桜ちゃんが拾ってきたらしいぞ」


「まさか。捨て猫ならぬ捨て鳥とは」


「マジらしいぞ。なぁ、桜ちゃん」


 桜ちゃんはうつむいたまま小さく頷く。


「なんでもダンボールに入れて捨てられていたらしい」


「ダンボールてお前、そのまま飛んでっちまうだろうが」


「いや鳥カゴごとに決まってるだろう。ダンボールには『拾って臭い』と書かれていたそうだ」


「元飼い主は在日中国人か何かか?」


「多分本当に臭いからだと思う。なんか牛乳拭いたあとの雑巾みたいな臭いがするんだ、このインコ」


 確かになんとなく……というか本当に超絶臭いなこのインコ。


「まぁそれはそれでいいが、何故我が家にその鳥が居るんだ?」


「お母さんに……鳥はダメだって」


 桜ちゃんが今にも泣き出しそうな声でそう漏らしました。ていうか桜ちゃん、よくそんな臭う鳥カゴを平然と抱えてられるね。


「お母さんが鳥アレルギーらしい」


「で、仕方なくうちに持ってきたというわけか」


「そゆこと」


「ソユコト!」


 ぎょっとしてインコを見る俺。一瞬にして姉の台詞を真似てみせました、このインコ。


「ほらな。鬱蔵のやつ、すぐ私の台詞を真似るんだ。でも最初は嬉しくてな。まだ桜ちゃんも名前決めてないって言うから私が名付け親になってやろうと思ったんだ。で、『鬱蔵』と命名してやった」


「酷い名前だな」


「いい名前だろうが。しかもこいつ、私が命名した瞬間、私に唾吐きかけやがっ――」


 姉の鼻先を濁った液体が通り過ぎ、リビングの床に落下しました。鳥カゴを見ると、鬱蔵が不敵に止まり木の上でふんぞり返っていました。


「またやったな鬱蔵こらぁ!」


 大人げなく鳥カゴに飛びかかろうとする姉を制止する俺。やめろ、桜ちゃん怖がってるから。

 分かった、大体つかめた。この大惨事も今みたいな感じで怒り狂った姉がカゴを開けて鬱蔵と乱闘を繰り広げたというわけか。


「元あった場所に返してきなさいってお母さんには言われたんだけど……」


「捨てられなかった?」


「うん。鬱蔵ちゃん、かわいそうだもん。だからおねーさんとおにーさんならなんとか何とかしてくれるかもって」


 優しい子です、桜ちゃん。確実に頼る相手を間違えてるけど。特に姉。


「やっぱりだめかな……」


 目を潤ませ、またうつむく桜ちゃん。まさにもう打つ手無しといった感じです。

 いいのか弟。こんな小さな子を泣かせたままで。


「悪いな桜ちゃん。うちは家計がピンチらしいんだ。ましてこんなアホ鳥を飼うなど」


「黙ってろ姉」


「ダマッテロニート!」


 かぶりを振りながら、今度は俺の真似(一部改変)をする鬱蔵。何気に俺より毒舌かもしれん。


「貴様羽根全部引っこ抜いてや……ぐえ、離せ弟」


 マニュアル通りに怒り狂う姉を抑えつけ、俺は無理矢理続けます。


「分かった。うちで飼うよ」


「ほんと?」


 俺の言葉に反応して、ぱぁっと笑顔を見せる桜ちゃん。


「うん。その代わりに、たまにでいいから学校帰りとかにうちに来て、様子見に来てほしいんだ。姉と鬱蔵の二人きりだと心配だからね」


「うん! 毎日来るよ!」


「マイニチクルヨ!」


 鬱蔵も嬉しそうです。もし桜ちゃんのもとで飼われていたら鬱蔵もどんなに幸せだったでしょう。

 そして、問題は姉。


「そういうことだ姉よ。分かったな、さっさと鬱蔵と仲直りするんだ」


「……鬱蔵から謝るべきだ。最初にやったのは鬱蔵だ」


 インコ相手に、お前ガキか。


「仕方ないな……おい鬱蔵。ごめんなさいだ。言ってみろ、ごめんなさい」


「ゴ……ゴメンナ」


 何かちょっとアットホームな感じになってしまいました。しかし、またしても一瞬にして覚えた。鬱蔵、お前天才だぞ。


「ほら、鬱蔵もこうして謝ったんだから、お前も素直に頭下げろ」


「チッ……これでいいんだろこれで」


 桜ちゃんの抱える鳥カゴに向かって渋々頭を下げる姉。なんだこの奇妙な図は。

 しかし、次の瞬間。


「ドゲザシロヨ」


 凍り付く俺と桜ちゃん。頭を下げた状態でわなわなと震え出す姉。そして呑気にゲップまがいの鳴き声を出す鬱蔵。


「今夜は焼き鳥パーティーじゃこらぁぁ!」


 我が家はこれからも前途多難のようです。

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