14話 悪霊系中二病
朝から姉の様子が変です。
俺が朝食のトーストを食べていると、まるで夢遊病患者のような様相でテーブルにつき、うーうー唸りながらトーストにタバスコを塗りたくりだしたのです。
ほんの少量で刺激的な辛みを加えることができる調味料ですから、姉のようにジャムさながら塗りたくればすぐに丸々一本を消費してしまうわけで。
それをどうするのかと眺めているとおもむろにトーストをもう一枚上に挟み、俺の口の中に押しつけ……。
「って何する馬鹿姉!」
辛すぎて死ねる。
「ハッ、しまった。また私の中の何かがとんでもないことを……」
「は?」
「いや、最近どうも悪霊にとり憑かれてしまったようでな。たまにこうして自分でもびゃからにゃぁぁぁい発言を」
「何だその奇声は」
「ほら来た。今のも悪霊だ。助けてくれこのままじゃ私の身体が乗っ取られてしまう」
「そろそろ会社行っていいか」
「おいどんだけ冷めてるんだお前。これは私にとって死活問題だぞ」
「俺の知ったことじゃないんだが。というか放っておいてなにか問題でもあるのか」
「辛い。生理の非じゃない」
「その例えはどうかと思う。そしてやはり俺の知ったことではないじゃないか」
「弟よ、そんなんじゃあとても女の子の気持ちは理解してあげることはできないぞ」
「対象者はあくまで姉のみ。問題はない」
「貴様それでも血の通った人間か。そうだ、あとこの奇声が止まらん。ぐうぇぇぇあああああ!!」
「五月蠅い。近所迷惑だから。ていうかそれ姉の確信犯だろ」
「いやマジだから。あーまた何か来た。強い憑依体がまた来た。あーっムグ!」
また奇声を発しようとする姉の口を慌てて塞ぎました。朝からこれでは本当に苦情か来かねません。
「頼む黙れ。これ以上は向かいの戸部さんちのお爺ちゃんもショック死しかねな……ってなんだ姉よ、その剣呑な目つきは」
「ククク……この女、中々抵抗力が強くて憑依するのに手こずったぜ……」
皆さんご覧下さい。姉がついにここまで痛々しくなってしまいました。
姉はタバスコサンドウィッチをつかむと、獣のように貪り始めました。
「久しぶりの飯だぜぇ!」
なんだこのどっかで見たことのある光景は。まずい、このままではパクリ疑惑で叩かれかねないです。
「ぐふぅ、げへっ、げほげほっ」
と思った次の瞬間、姉は勢いよく口の中のものを噴出して咳き込みだしました。
「しょ、少々刺激が強かったかな。やり過ぎた。ちょ、水持ってきてくれ弟よ」
「素に戻ってるぞ馬鹿姉よ」
「今ので闇の化身・亜魅羅を追い出したのだ。いいから水!」
あぁ、一体お前今いくつだと思ってんだよこのアホ。
狂ったように口を押さえて捲し立てるので仕方なく水を汲みにキッチンへ行く俺。
いつまでこの茶番に付き合わなけりゃならんのか。
リビングに戻ってみると、姉がいない。
代わりに二階から「童貞のままで死ねるかー!」という叫び声。どうやらまた違う霊が憑依した(設定の)ようです。
ため息を吐きながら二階へ上がる俺。
姉がベランダに立ち、外に向かって今生への無念を叫びまくっています。
「せめて一発やって死ぬんじゃー! あとロリ最高! ひょっほーい!」
「お前はそのまま死んでくれ姉よ」
ベランダから狂った姉を引きはがしました。
向かいの戸部さんちの桜ちゃん(小学5年生)が怪訝そうに窓からこちらを覗きこんでいました。あんな台詞をこんな子供に聞こえるように発していたとは。
「向かいのおにーさん、今日もおねーさんと楽しそうだね」
「うん、血管ぶち切れそうなほどに楽しいよ。桜ちゃん、俺と交代してくれないか」
「うーん……やめとくよ」
小学生にまで哀れみを含んだ眼差しを向けられるとは。俺まで恥ずかしくなってきます。
それから桜ちゃんと二、三会話を交わし、俺は姉に制裁を加えるべく後ろを振り向きました。
しかし、姉は既に姿を消しています。
今度はどこ行ったあのサイコパス女。
姉はすぐさま見つかりました。
「げろ、おげろ」
エクソシストのごとく、ブリッジ状態でゆっくり階段を一段一段降りていく我が愚姉(21歳無職ヒキオタニート)。あぁ、もうむしろ俺が死にたくなってくる。
「今日はちょっと度が過ぎるようだなぁ、姉よ? 憑依ごっこもいい加減に……」
俺は額に青筋を浮かべ、背面ブリッジ姉の顔を覗き込んだ、のですが。
「デロロ、デロモゲンダスイトウ」
……姉の顔がピッコロ並の緑色です。
「姉よ……お前まさか」
「サトウイトウタナカ、ニッポンサンダイミョウジデロロ」
……マジで何か憑依してやがる。
「サンダイチンミキャビアフォアグラトリュフゲロロロ」