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10話 姉の研究シリーズ『人間観察・上』

 俺が自室でくつろいでいると、コンコンとドアをノックする音が聞こえます。

 どうぞ、と促すと、姉が後ろ手に何か持って現れました。


「姉がノックして入るなんて珍しいな」


 いつもは何も言わず図々しく入ってくるのに。


「弟の夜の営みを目撃するのは御免だからな」


「生々しい理由付けをするな。で、何か用か」


「うむ。これを見てほしい」


 姉が差し出したのは一冊のノート。題字には『人間観察ノート』とありました。


「人間観察?」


「あぁ。まずはこれを書くに至った経緯から話さねばなるまいな。ほら、たま

に『趣味は人間観察です☆』とか言う奴がいるだろ」


「あぁ……いるな」


 特にこれといった趣味がなかったり、趣味自体知られたくないときなどに苦し紛れに用いられそうなイメージです。言葉の響き上、厭われる場合もあるので意外に落とし穴な趣味です。


「あいつらってさ、実際、本気で人間観察とかしてなさそうだよな」


「全部が全部ってわけじゃないだろうがな。まぁ確かに胡散臭い趣味ではある」


「……久しぶりに弟と意見が合致した気がする」


「……同感だ」


「うむ、そしてかくいう私も卒業アルバムのプロフィール欄に『趣味、人間観察

』と書いた経験がある」


「肉親がこういう事を公言していたと思うと複雑だな」


「だろう。私自身消し去りたい過去だ。どうしてあんな心にもないことを書いた

のか」


「単に姉の趣味がことごとく一般人に疎まれる内容ばかりだったからじゃないか


「……まぁそれに尽きる。だが私は自分の言葉に嘘はつきたくなかったのだ」


「それでこんなものを」


「あぁ。手始めに弟の一週間の人間模様を事細かに観察ノートに記してみた」


「お前暇だな」


「暇とは今更だな。私が年がら年中暇なことは弟が一番よく知ってるだろうに」


「……返す言葉もないよ」


「ともかく読んでみろ。一週間の弟の濃厚な研究記録が記されてあるから」


「どれどれ」


 俺は表紙をめくりました。


◆◆◆


 九月一日(火)

 お腹空いた。やっぱり朝からカップラーメン一つで夕飯まで我慢するのは無理がある。私はとりあえずMMOを


◆◆◆


「ちょっと待て」


「どうした初っぱなから」


「いきなり姉の日記になってるんだが。冒頭から自分のこと書いてどうするんだ」


「だって弟が帰ってくるのはいつも夕方か夜じゃないか」


「ならば俺が帰ってきてから書くのが本当だろ」


「暇だったんだ。ほんっとうに暇だったんだ」


「……まぁいい」


 姉の怠惰な日常を見ても何の面白味もありません。俺はとりあえず流し読みしていたのですが、それから約一ページは姉のネトゲ内での生活を書いたものばかりでうんざりでした。

 ふと、ある一節が目に付きます。


◆◆◆


 暗黒の隻腕がログアウトしたので一気に退屈になった。私も一度退席状態にして、暇つぶしに家中の巡回を始めた。たまには自宅警備員の仕事を遂行せねばという熱心な職務意欲からだった。自分で書いてて悲しくなってきた。


 弟の部屋に入ると、ドナルドダックの形を模した貯金箱を発見した。

 弟のくせに、こんなキャラものの貯金箱は似合わないだろ。

 しかもよく見たらコレ、どことなく弟に似てないか?

 そう考えたらムカムカしてきた。

 いつもお姉様に生意気な口を聞きやがって。家族図的には私の方が上位だ。嘗めるなよ。

 しかも何だそのとんがった黄色いアヒル口は。なんといやらしい形状だろうか。変態め。

 それにこの肌、白すぎ。もやしっ子だ。気に食わん。光に反射して目もチカチカする。くそ、弟のくせに。

 これは一度根性たたき直す必要があるな。


 私は弟のにやけ顔写真をドナルドダックの顔に貼り付け、エアーガンの的代わりにして遊んだ。

 そしたらドナルドダックの帽子の部分が一部欠けた。

 弟に見つかったらやばいと思い、トンカチで完全破壊してごまかした。

 そしたら中から三万二千五百円が出てきた。ラッキー。


◆◆◆


「お前の私生活最低だな」


「照れる」


「照れるとこじゃない」


 ええいもう読み流そう。

 それからまた姉のつまらない日常を四ページにわたって延々と書き綴られた末、ようやく俺が出てきた。


◆◆◆


 弟が帰ってきた。

 貯金箱のことを話したらあり得ないくらいキレた。

 会社で嫌なことでもあったのだろうか。

 眠いから今日は終わり。 


◆◆◆


「もっと観察しろよ!」


「……お前は私にじっくり観察されて喜ぶタイプか?」


「変態か俺は。いやいや俺対象の人間観察じゃなかったのかコレ。俺はこれから延々とヒキニートのつまらん日常を見せられるのか?」


「口を慎め。一日目が一番時間かかったんだ。もっと褒めろ」


「褒めるも何も趣旨から間違ってるだろうが」


「……まぁ次の日からは割とまともに観察してるから期待してくれ」


「はぁ」


◆◆◆


 九月二日(水)

 だるい。終わり。


◆◆◆


「飽きてんじゃねーか」


「あ、しまった。一日目で気合い入れすぎた反動だ。次から本当にまともだから」

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