9話 手料理
「起きろ、弟」
「ん……」
姉に起こされ、俺は目をこすりながら目覚まし時計を手に取りました。
朝五時。何だ、まだこんな時間じゃないか。
「ぐぅ……」
「おいおい寝るな。せっかく起こしたのに」
今日は仕事なのであと二時間は寝たいところです。姉の戯れ言に付き合ってる余裕はないのですが。
姉はおもむろに部屋を出て、またしばらくして部屋に入ってくるような気配を感じました。
次の瞬間。
カン!カン!カン!
驚いて目を開けると、姉がフライパンとおたまを持ってひたすら叩き合わせているではありませんか。
「おっきっろっ! おっきっろっ!」
「お前は馬鹿か!?」
思わず跳ね起きる俺。
「おお起きた。流石古来より伝わる伝統の騒音攻撃は違うな」
ガン!ガン!ガン!
「んなもん今どき大所帯の肝っ玉カーチャンくらいしかやらんわ! ていうか俺もう起きてるだろ! あぁもうおたまヘコんでるヘコんでる」
「これくらいでヘコむような精神的弱者などウチの企業では願い下げだ」
「ニートがいっぱしの台詞を吐くな。というかヘコんでるってのは心の問題じゃないからな愚姉」
「今朝も弟の突っ込みが冴えてるな」
「はぁ……」
最悪の朝です。
「で、こんな早朝から何か用か。余程の理由がない限り弟は速攻で二度寝コースに直行するからな」
「腹が減った。朝飯作ってくれ」
「おやすみ」
布団を被る俺。
二秒で布団を引っ剥がす姉。
「……お前死にたいのか?」
「その前に空腹で餓死しそうだ」
「余程の理由と言ったはずだが」
「余程の理由だろう。昨晩はネトゲで徹夜したから腹が減ってお腹と背中がくっつきそうなのだ」
自業自得だ、と突っ込むのすら面倒臭い。
「カップラーメンが確か戸棚にあったろ。それでも食ってろ」
「嫌だ。弟の気持ちのこもった温かい手料理が食べたいんだ」
「頼むから朝っぱらから気持ちの悪いことを言わないでくれ。しからば自分で作ればいいだろう」
「おや、いいのか? 確か私の料理は一年前に禁止されたはずだが」
「いいよもうこの際。お願いだから寝させてくれ」
寝起きの失言とでも言うべきでしょうか。姉のエキサイティングな料理を朝食に出されそうで思い出すだけでも胸焼けしますが、今は睡眠が最優先です。
姉は諦めたようにドアの方へ歩いていきました。
まぁ、どんなに料理の腕が酷くても、食材さえ普通ならなんとか……。
ドアノブに手をかけた姉がぼそりと、一言。
「そういえば、蛙の肉って弾力があって意外とイケるって聞いたことあるな……」
却下。料理の腕以前の問題。
「待て姉。やはり俺が作ろう」
「マジで? わーいわーい」
こいつ計算してやがった。