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第十節 三項 プラテリア

岬と俺は1号車に入ると奇妙な光景を見た。

それは、1号車に誰一人乗客が乗っていないのだ。それどころか、この車両には元から乗客はいなかった様にすら感じられる。


「なんなんですか......この気持ち悪いまでの人のなさは......」

「......」

「さっきまでの車両にはたくさん人が乗ってたのに、この車両だけ誰一人乗っていないなんておかしいじゃあないですか!」


さっきまで渡ってきたどの車両にも、少なくとも全員がシートに座ることは出来ないくらいの乗客は乗っていた。でも、この車両になった途端に乗客が誰も乗っていないなんてあまりにもおかしすぎる。


「......とりあえず、目的の乗務員室に行ってみよう。」

「......はい。」


そう言い、俺達は誰もいない1号車を乗務員室に向かって歩いた。

しかし、結果は見えていた。見通しの良いこの車両で、乗務員室が見えないはずがない。そう俺達は、乗務員室に誰も立っていないことをはっきりと見てしまっていたのだ。それでも俺達は、運転士が疲れたから横になっているだけとか、そう言うわけのわからない考えと希望に縋って乗務員室に向かった。


「......」

「......」


俺も岬も、目の前の現実に打ちひしがれ何も喋れないでいた。

やはり、乗務員室の中には誰もいなかった。バックも運転行路表も懐中時計も、何もかもが乗務員室にはなかった。

運転台を見ると、マスコンは常用最大ブレーキの所を指しているがブレーキは掛かっていない。乗務員室のドア操作をする所に、マスコン操作とは別の非常ブレーキがあるがおそらく無駄だろう。

しばらく呆然として乗務員室の前に立っていると、岬は何かに気がついた。


「......? 先輩、何かドアの所に貼ってありますよ。手紙? の様に見えますが......」

「? あっ、本当だ。なんで気づかなかったんだろう?」


手紙は乗務員室の外につながる貫通扉の窓ガラスに貼られていた。

貫通扉は俺達の目の前にあるのに、全く気が付かなかった。

よく見ると、その手紙は封筒に入れられているため、俺たちの所から内容を見ることはできない。

つまり、読むためにはどうにかして乗務員室に入らなければならないと言うことだ。


「ドアを壊すしかないか.......」

「しか方法がなさそうですね。じゃあ先輩離れてください。今、蹴破りますから。」

「えっ、あ、あぁ。気を付けろよ......」


そう言い俺は、ドアから少し離れた。

岬は、俺が離れたことを確認してから足を少し後ろに下げ、重心を低く取った体勢になった。息を深く吸い込み、吸い込んだ息を吐き出すと同時に勢い良く窓に向けて足を蹴り上げた。


———ドガァン———


岬の蹴り上げた足は、ドアは大きな音を立てて倒れた。倒れた時に、蝶番やガラス片が辺りに散らばった。

ドアと貫通扉の距離はあまりなく、倒れた時にぶつかるかもしれないと思ったが、なんとかぶつからずに済んだ。

岬の蹴りは、速いだけではなくパワーもかなりある。その蹴りを受けたさっきの男達の事を思い出すと、少し哀れに感じてきた......

岬は蹴り上げた足を下ろすと、嬉しそうにこちらを向いた。


「さぁ先輩。行きましょ。」

「あ、あぁ。というか岬、怪我はないか? 足にガラス片が刺さってたり痛かったりしないか? 他の所とかは......」

「大丈夫ですよ。私そこまでヤワじゃないですから。というか先輩......なんか先輩のお母様に少し似てきましたね。特に性格が。」

「? そうか?」


岬は苦笑いしながらそう言った。

俺が母さんと似てる? 一体どこが? 

そんな事を思ったが、今はそんな場合じゃあない。

俺は頭を大きく振り、乗務員室に入った。

乗務員室に入り改めて辺りを見渡したが、新しく何かを発見することはできなかった。

仕方がないので俺はそのまま前に進み、手紙に触れた。


すると、急に頭の中に強烈なイメージが流れ込んできた。そのイメージは、画像も音声もノイズが掛かっていて、完全にイメージを捉えることが出来ない。


ーーーキャァ———ァァァ———助ーーーけて   ーーーあなた達はーーー人ーーーーです。 ーーー安心なさいーーーーーーですから。ーーーー我らーーーーーーて


ほとんど聞き取ることができない。画像も、アナログテレビの電波が繋がらなくて砂嵐が起きているように見えずらい。でも場所だけはわかった。このイメージは、ここ1号車で起きていたことだ。しかも、その1号車には乗客らしき人達が乗っていた。だが、何者かに襲われていた。

でもこれ以上は何もわからず、ノイズも酷くなってイメージが見えなくなっていった......


「先......先輩......先輩! 戻ってきてください! 先輩!」


ーーーバシィンーーー


音と共に、鋭い痛みが背中を走った。その痛みで俺の淀んでいた意識が覚醒した。

岬は俺の背中を力一杯叩いたようだ。


「イッタァ......すまん、助かった。」

「先輩、またあの力を使ってましたね? もうこれ以上使うなと言われてるじゃないですか! もし使って先輩が先輩じゃあなくなったらどうするんですか!」

「ごめん。でも、今のは意図的に使ったわけじゃないんだ。手紙に触れた途端、急に意識が持っていかれた。」

「...でも先輩のあの力は、自分でスイッチをオンオフを切り替えられるんじゃないんですか?」

「普段は、そうだけど今回は制御ができなかった。完全に向こう側に主導権が渡ってたんだ。」

「......気をつけてくださいよ」

「あぁ。すまない。」


岬は泣きそうな顔を見て俺は、心がズキッと痛んだ。岬を悲しませる事のない様にするはずだったのに、あんな顔をさせてしまったことに罪悪感を抱いていた。


俺の能力。その能力の名を俺達はプラテリアと呼んでいる。プラテリアは過去を見る力だ。過去を見る方法は簡単で、過去を見る対象に触れるだけで出来てしまう。しかし、プラテリアを使うには危険が伴う。その危険性が、この能力の最大の欠点だ。それは過去を見る際、相手と同調をしてその本人と同化しなければならない。しかし同調し過ぎると、相手の意識と自分の意識が混ざり合ってどっちが自分の意識なのかわからなくなり、やがて自分の自我が崩壊してしまう危険性を孕んでいるのだ。自我が崩壊した後の自分の意識は、相手の意識に飲み込まれて消えてなくなる。もし、深く同調して戻ってこられたとしても、見たイメージが頭から離れず日常生活にも影響を及ぼして、精神を病みやがて自分から死を選ぶことになることがほとんどだ。

このプラテリアを扱えた者は、およそ500年の間で何十人と少なかった。しかも扱えた者のほとんどは、自分の能力を制御できず、何十、何百もの人間の過去を見たことによって、ほとんどの人が自分から死を選んだという。プラテリア能力者の最高寿命の記録は16歳となっている。俺の今の年齢は16歳。つまり、俺が一番長く生きていることになっている。

正直言って、深い同調は昔から数えきれないくらいしてきた。でもいつも無事に帰ってきて普通に生活している。だが、長年の積み重ねか最近、何をやってもつまらなくなり、ありとあらゆることに執着がなくなってきてしまっていた。能力の事を知ってる人からは、ドクターストップがかかり、かかった事を岬は知っているから怒っているのだ。


俺が岬に対して、心の中で反省していると岬がふと気がついた様に聞いてきた。


「というか先輩、人だけじゃなくて物に触れるだけでも見る事が出来るんですか?」

「普段は、見れないけどその人の意思が色濃く残っている物だと見ることができる。」

「そんなの聞いたことない......もしかして先輩、今までもおもしろ半分に物に触れて過去を見ていたんじゃないでしょうね? ドクターストップがかかった後にも。」

「......」


岬が俺の顔を覗き込み、ジト目で聞いてきた。

図星過ぎて、俺は何も言えない。というか、岬の顔をしっかりと見ることができない......

すると岬は、顔を真っ赤にして怒ってきた。


「あ〜っ! やっぱり先輩私達に隠れて力を使ってたんですね! いつも聞いてましたよね? 力は使ってないかって。」

「......うん。」

「先輩は約束を守れないんですか!」

「そういうわけじゃあ......」

「もし、先輩が力を使って戻ってこなかったら私、死にますから。」

「え!? それは....」

「嫌だったら先輩、もう二度と隠れて力を使わないでください。いいですか!」

「はい。わかりました。本当にすみませんでした。」

「わかればいいんです。わかれば。ということで、この手紙は私がとります。そして、私が読みます。いいですね?」

「はい......お任せします......」


話の主導権が岬に渡ってしまった......でも、怒らせてしまったのは俺のせいだから仕方がない。

岬は言った通りに、貫通扉から手紙を取り封筒から取り出し、手紙を読み上げた。

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