8.魔法の暴くもの
背丈のある影と低い影が、二つ並んで廊下を歩く。
「彼奴の調子は?」
「昼、あの件の後は少し呆然としていましたが…立ち直りは早かったですよ。その後もう一度同じ修行をしたところ、今度は炎を出さず、すぐに本を陥没させていました」
「ふうむ」
「素晴らしい才能だと思います。でも身体をチェックしたら、右手に少し損傷が見られました。硬化魔法の反動です。ロウをうまく扱えていない証拠ですね。魔力暴走とまではいきませんが……。
持久力の修行は順調にいきそうです。しかしこれからもっと、自身の心との向き合い方を教えていく必要があるでしょう」
陽織にはまだ火焔魔法の扱い方は教えていない。
にも関わらず、魔力暴走のなし得た業とはいえ、彼女はそれを使うことができたのだ。
このことからも、陽織に相当な魔法の才能があることは疑いようがない。
「メウちゃんは素晴らしい魔導者になり得ますよ。
いえ、宮廷魔導師の名にかけて、私が育て上げてみせます」
「そうか」
「でも心配なのは、彼女の心のことです。魔導者は、自分の心をうまく扱う術を身につける必要がありますからね。グレイスニア様には、メウちゃんの心はどう見えているのですか?」
「そうだな。……一言で言うなら、彼奴の心は砂嵐で閉ざされておるようなものだ」
「砂嵐…ですか?」
「そうだ。本心が見えぬようにと、閉ざされておる。代わりに表面的なところはよく見えるがな」
「その砂嵐の向こうにあるものは、グレイスニア様にもお分かりにはならないのですか」
「さあ……どうだかな」
「あら。意地悪な調停者様ですね」
グレイスニアは前足で顔をかいた。
廊下の一番奥。シュヴァルツの部屋の扉の前まできて、二人はぴたりと足を止める。
ノックをし、了承の返答を受けて入室した。
「こんばんは、アミュラ、グレイスニア。そこにかけてくれ。
異世界の巫女殿の件だね」
「はい」
「修行の後に君から聞いた限りでは、心座の修行が上手くいかなかったとか」
「そうです。集中力を高めるために、己の心を見つめよ、という指示をしたんですが……」
「心、か」
「グレイスニアも彼女の様子を見てきたのかい」
「ああ。かなり抱えているな。あれは」
「ほう」
椅子に腰掛けるシュヴァルツが両手の指を組む。
「抱えている、か。何を?」
「……彼奴のこれまでの人生に関わることだな。恐らくそれを解決せねば、魔法の鍛錬にもまた支障を来たしてくるだろう。
彼奴には天性の才が眠っている。それは間違いない……だが、器の方は未熟すぎる。心が強くならねば、ロウを扱いきれず、いずれまた暴走するのは目に見えている」
「でも君が連れてきたのだろう?彼女を」
「そうだ。…見込みがあると思ったからな」
「ーー殿下。私に一つ考えがございます」
アミュラの言葉に、シュヴァルツがにこりと微笑んだ。
「なんだい、アミュラ」
「メウち…メウ様には、心を見つめる時間が必要です。しかし、塞ぎ込むことと己を見つめることは違います。様々な経験を積むことで、きっと心にもまた変化が訪れるはずです。
そこで…彼女を、予定を早めて王都へ連れて行くのいうのはいかがでしょう」
「帝都へ?」
通常、巫女候補を帝都へ連れて行くのは、巫女の選定が始まる直前であることが多い。巫女候補の馴染みの強い場所で心身を整えて準備を行う方が、有利だと考える者が多いからだ。
しかし陽織は異世界から来たために、馴染みの場所と言えるものはまだできていない。
「今のうちに帝都へ赴き、土地に早くから慣れていただくのです。その方が巫女の選定に向けて心の準備はしやすいはず。帝都はここよりも鍛錬のための環境も整っています。
何より、帝都には帝立魔法研究機関がございます。もし不測の事態があっても、あそこであれば、きっとメウ様にとって何か良い手立てが見つかるはずでしょう」
「なるほど」
シュヴァルツは左のこめかみをトンと指でついて、そして頷いた。
「良い案だ。やれるだけのことはやってみよう。アミュラ、頼めるかい」
アミュラはすっと椅子から降りて、シュヴァルツに敬礼した。
「御意。全てはこの世界の未来のために。そして、我らがトルメンタ帝国のために」