6.魔法にも色々ある
翌日。
昨日の庭園にて、さっそく陽織の魔法の特訓が始まった。
目の前には、大きくてフサフサの犬耳を生やした美女が、微笑みながら拝礼している。
シュヴァルツから紹介されたのは、スタイルの良い綺麗な女性だった。
「はじめまして。メウ・ムー殿。
この度シュヴァルツ特任准将より、あなた様の魔法指南役を仰せつかりました、宮廷魔導師のアミュラと申します。よろしくお願いします」
陽織は相手の外見をじっくりと観察した。
トリートメントが抜群に効いていそうな、美しい髪。
ツヤツヤした真っ黒のその髪は、膝丈のあたりまで伸びている。
タイトな黒革でできた服装が、より一層彼女を魅力的かつミステリアスに見せていた。
その頭の上の方に生えている犬の耳は、手触りの良さそうなふさふさの毛並みをしている。時折動くその耳は、パピヨンのそれにそっくりだ。
しかし一つ気になることを挙げるとすれば、呼び名の区切る箇所が違うところである。
「メウ・ムーです。こちらこそ、よろしくおねがいします」
まあね、大した問題じゃないよね。むしろこっちの響きの方がシレイアらしい。郷に入っては郷に従えということかもしれない。
ぴこぴこ動く耳、かわいいなー。
いわゆる獣人という種族なのかしら。
陽織はそんなことをふっと考えて、しかし首を振った。
いけない。集中、集中。
「嬉しいわ、こうして我がトルメンタ帝国の未来の守護者様を指南できるなんて。宮廷魔導師の誉れですね」
嬉しそうに笑うアミュラを見て、"すみません、あなたの乗った船は泥舟かもしれませんよ"と、心の中でこっそり謝る陽織。
「さてそれでは早速ですが、魔法の使い方についてお教えしましょう」
「はい。どうぞよろしくお願いします」
「まず、魔法を使うために欠かせないのは"論理"を知ることですね。なぜ魔法が使えるのか?という論理です」
アミュラは、なぜこの世界の人間は魔法が使えるのか?という原理を話し始めた。
シレイアに生きる者は、何も生まれつき魔力を有しているわけではない。
世界に満ちる魔力の源、"ロウ"を身体に取り込むことで、本来個々の力では及ばない超常的な現象を引き起こしたり、超人的な体質を会得したりすることができるのだという。
「あなたの世界にはロウは存在しないと聞き及んでおります。ですから当然魔法も使えません。
しかしロウがあれば魔法を万全に扱えるかというと、そうではない。ロウは万能ではありません。ロウはあくまでも、魔力の源にすぎないのです。いくらロウを身体に取り込んだとしても、それを扱う術をもっていなければ、魔力を使用することはできないのです。
魔力を使うためには、自らの持久力を練り上げ、そして集中力を高めることが大切です。
持久力がなければ、ロウを扱うことに身体が耐えきれず、魔力を発動してもすぐに体力が尽きてしまいます。また、強力な魔法を発動するためには、それだけ多くのロウを取り込む必要があります。
身体はロウを取り込む器です。その器を大きくしなければ、多くのロウを取り込むことはできません。
そして、集中力が続かなければ、発動した魔法を制御しきれず、暴走してしまうのです」
「なるほど。持久力と集中力ですか…」
「見たところ、メウさんはどちらの素質もあるように見受けられます。特訓をしていけば、さらに力を伸ばしていくことはできるでしょう」
「素質……ですか」
アミュラはぴくりと耳を動かし、話を続ける。
「そして、魔法を使う者…魔導者にとってもう一つ、大切なことがあります。それは自らの魔力特性を知り、そして鍛えることです」
「魔力……特性?」
「はい。簡単に言うと、ロウをどの様に扱うのが向いているのかを知るということです。例えば……」
アミュラはすっと右手を出した。
するとーー
「わっ?!」
その人差し指の先に、みるみると氷の塊が出来ていく。氷の塊は徐々に研がれて、美しい八面体のダイスになった。
「こういった、氷塊魔法や…」
次いでその氷が溶けると、今度はパチパチと僅かな電流がほとばしった。
「天雷魔法」
続いて、指先からぼわりと炎が燃え上がる。
「火焔魔法。このように、魔法にはいくつかの系統があります。可能性は無限大なのです」
「それは…どうやって出してるんですか?」
「体内に取り入れたロウのもつ要素によるものです。雷、火山、地震、雨など……。ロウとは、シレイアのもつ力が元になってできたもの。ですから、ロウには、自然界のありとあらゆる力が含まれているのです」
「なるほど……。でもロウに含まれている力の中でも、どれを最大限に引き出せるかは、自分との相性…いわゆる"魔力特性"次第というわけでしょうか」
「ご名答です」
(よかった。論理とか言うからつい身構えちゃったけど、どうやらわりとシンプルみたいね)
陽織はほっと安堵した。
「では。まずは特性見定めてみましょう」
アミュラはそう言うと、陽織の目の前に麻袋を置き、中身をバラバラとその場に落として見せた。
小型のナイフ、ハンマー、鞭、拳銃。
4つの道具が転がっている。
「さあ、私を攻撃してください」
「え?」
なんて?
陽織は耳を疑った。
「どんな部位を攻撃してもいいです。今ここに並んでいる道具を1つ使っても結構ですが、物を投げるのは無し。私にダメージを与えるつもりで、攻撃してください」
し……正気?
「ほ、ほんとですか?」
「はい。とにかく全力でどうぞ。その攻撃で、あなたに合う魔法を見定めます」
「でも、そんなことしたら」
「安心してください。私なら大丈夫ですから」
陽織は一瞬ためらったものの、余裕の微笑みを浮かべるアミュラを見て、思い直す。
「わ…わかりました」
手に息を吹きかけて、腕をぐるんぐるんと回す。
なるほど、ここは魔法の使える世界だものね。
私の素人パンチなんて、本場の魔導師にはきっと、蚊に刺された程度にしか感じないに違いない。
「では、いきまーす」
「どんとこいです」
「ソイヤァ!!!」
「ぎゃあ!!!!!」
ゴロゴロゴロロロ。
アミュラが後方3メートルくらい吹っ飛んでいった。
「えええ?!」慌てて駆け寄り、右手を差し出す。
「だ、大丈夫ですか?!」
「あはは……」
「すみませんすみません!!!」
「いえ、いえ、おお、これはなかなか……」
アミュラが髪をなでつけて直しながらゆっくりと立ち上がった。陽織を笑いながら見ているが、彼女の右の頬は少し赤くなっていた。
ぴこぴこと動く耳は、相変わらず元気だったが。
「なるほど……あなたには、火焔魔法がぴったりのようですね」
「か、火焔?」
「はい。会って間もない者に"攻撃しろ"と言われたときに、素手で相手の顔を叩く…。心の熱い人の反応とされています。こういった人には一般的に、火焔魔法が向いているのですよ」
「火焔魔法…」
「はい。この世界独自の、心理判断のようなものだと思ってください」
「ちなみに他にはどんな見方があるんですか?」
「大まかに、『ハンマーを使った場合は氷塊魔法』とか、『鞭を使った場合は天雷魔法』とか。他にも色々ありますよ。まあどの場合でも、顔を狙う人は少ないですけどね!」
「……な、なんかそれでいくと、素手で顔を攻撃するってかなり狂ってる奴ですね…」
陽織が落ち込む。が、アミュラは一瞬きょとんとした後、うふふと笑って手をひらひらと振ってみせた。
「そーんなことないですよ?寧ろ、相手に遠慮せず臆していない。正々堂々の証です!
火焔魔法は、これまで巫女の中にはほとんど使い手のいなかった魔法なのです。さすがは異世界から選ばれし巫女候補様ですね」
ん?
陽織は首を傾げた。
「あっ、知ってるんですか?私が別の世界からきたってこと」
「ええ。調停者グレイスニア様が連れてきたと。そうご本人から聞かされておりますよ」
秘密じゃないんかい、あのネコもどき。
あとで一言文句を言ってやろう、と考える陽織だった。
「さて、それではこちらをどうぞ」
ドロンと音がし、もわもわと灰色の煙が立ち上ったかと思うと、目の前にずっしりとした本の山が現れた。
煙はどんどん辺りに広がり、アミュラも陽織も包み込んでいく。
「ごっほ、ごほ、ごほ……、それではまず、魔法の初歩から勉強しましょう。
ごっほごほ、手始めに、身体を守るための魔法を習得していただきます。身体を硬くする硬化魔法や、身体能力を増強させる増力魔法ですね。まずは硬化魔法からいきましょう。強固な鉄や鉱石を連想し、身体を硬くする魔法です。ごほ、本を思い切り拳でたたいて、ごほ、本が凹むくらいになれば、合格です。ごほごほ、火焔魔法はその後に習得します。硬化魔法は護身術としても有効ですから、頑張って覚えてくださいねごっふほぉ」
「わ、わかりました、ごっほごほ」
お互い煙にむせながら、陽織は内心で不安を隠せなかった。
(大丈夫かなぁ…、この先生。
それに私、うまくできるのかな。もし習得できなかったらどうしよう)
「さあ!特訓、頑張りましょうね」
しかしその気持ちは表に出さない。すぐに、心の奥にしまい込む。
アミュラの言葉に、陽織は口角をあげて、にこりと笑ってみせた。