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西へ-2

「異邦人が……災厄が現れた?」


「前回からまだ5年しか経っていないじゃないの。」


「捕縛隊は?捕縛隊はちゃんと異邦人を捕まえたんだろうな!」


 人々が口ぐちに騒ぎ出す。彼らの言葉に広場の男が応えた。


「捕縛に失敗したって。」


 男を取り囲んでいた、商店の店主が声を上げた。


「まさか、街に入って来るんじゃないだろうな。」


 瞬間、悲鳴のような声がそこら中から上がった。嫌な声だと、海良は思った。誰もその「異邦人」が自分の事だとは知らないはずなのに、チクチクと悪意が海良の肌を刺すように感じる。


「今すぐ街の入り口に自警団を置いて、出入りを制限した方が良いんじゃないか。」


「街にいる人間も、外から来た奴は全員身元を確認すべきだろ。」


「ロータスのようになるのは嫌よ!」


 街中がパニックに陥っていた。恐怖が住民を飲み込んでいく。親たちは子供の手を引いて帰路を急ぎ、男たちは集まって昼だというのに松明を焚き始める。外からやって来た旅人も、自分の無実を証明するように次々とその輪へ加わっていく。


 そんな中で、どうしていいか分からずに、海良は一人立ち尽くしていた。彼らが探しているのは自分だ。見つけ出して、追い払おうとしているのは、この俺だ。


 周囲に視線を走らせる。目は必死に、クレイの姿を探していた。この騒ぎに気付いたクレイが、一刻も早く自分の元へ駆けて来てくれるのではないか。そう祈りながら、海良はロゼアの影にそっと姿を隠そうと、一歩後ずさりする。


 広場の男衆の一人が、こちらに気付いた。


 視線が合ってしまったのが分かって、ヒュっと息がつまる。


「坊主、見かけない顔だな。どこから来た。」


「あ、俺は……、えっと。」


 咄嗟に嘘がつけるほど、海良にはまだこの世界の知識がない。押し黙った彼を見て、男は不審そうに眉をしかめた。


「緊急事態だ、身分を証明できる物を見せろ。一人か?」


 手が差し出される。海良には、それを躱す術がなかった。男の手をジッと眺めたままで動かずにいると、次々と周囲に人が集まってくる。皆が不審げに、海良を見ている。一人の女が言った。


「アンタまさか…災厄なんじゃ…。」


 その言葉に海良はバッと顔を上げる。とにかく、否定しないといけないと思った。


「違っ……。」


 しかし、その否定も人々のざわめきにかき消されて誰にも届かない。女から発された一言に、あたりは一層不審感を膨らませた。


 若い男が言った。


「前回の災厄もこれくらいの年齢じゃなかったか?」


 老婆が言った。


「噂では異邦人は、黒目だって聞くね。」


 中年の男が言った。


「たしか災厄は松明で焼けば本当の姿を現すはずだ!」


 老人が言った。


「誰か、そこの松明を持って来い!」


 やめて。違う待って。頼むから誰か、俺の話を聞いてくれ。俺は確かにこことは違う世界からやって来たけど、別になにもしていない。


 両手を拘束される。広場の中央まで引きずって連れて行かれて、その場で膝をつかされる。遠くでロゼアが不機嫌そうに嘶いた。


 徐々に近づけられる松明を、海良は絶望的な気分で見つめていた。視界が滲む。指先が冷えて、体がガタガタと震える。声が出せない。違う、助けてと何度も心は叫ぶのに、喉からは掠れた息の音が漏れるだけだ。


 炎が肌を焼こうとした時だった。人垣が割れて、一人の男が海良の前へと飛び出してくる。海良と同じ歳くらいの少年。はちみつ色の綺麗な髪をぐちゃぐちゃに乱して、彼は松明と海良の間に割り込み、叫んだ。


「待って!ダメだ!」

 少年の勢いに、人々は鼻白む。動きが止まった事に少年はほっとした顔をして、それから凛と言い放つ。


「恐怖に飲まれて、無暗に人を傷つけてはいけない。それは、あなた方の尊厳を傷つけます!」

 彼の声は広場中に響いた。空にまで通るような澄んだ声だと、海良は思った。彼はまるで水面のような瞳で、凪いだ海なような空気を持つ人だった。


「松明で肌を焼けば災厄を見分けられるというのは、誤った情報です。そんな方法では異邦人を見分けることはできません。彼が疑わしいと皆が思うのならば、このまま自警団に引き渡し、捕縛隊を待って判断を仰ぐべきです。私刑など認められるわけがない!」


 辺りがシンと彼の言葉を聞いている。海良への不信感はぬぐい切れていないながらも、恐慌状態であった彼らの心は多少落ち着きを取り戻したように見えた。誰もが少年を見ている。そして、一人が呆けたように声を上げた。


「君、その髪の色はもしかして……。」


「僕はロータスの生き残り、名はアストラガス。」


 一斉に、周りを取り囲んでいた人々が膝をつく。手を組み、祈りをささげる者までいた。海良には、彼の言葉が何を指しているのか全く理解できなかったが、それでも自分を庇ったアストラガスと名乗る少年が何か凄い人なのだということだけは分かった。海良を押さえつけていた男たちも、先ほどまでの勢いが嘘のように海良から手を放し、アストラガスを仰ぎ見上げていた。


 そっと、アストラガスが海良へと手を伸ばす。そのまま彼の手が、海良の頬をぬぐった。それで初めて、海良は自分が泣いていたのだと知る。体の震えは未だ止まらず、自覚したら最後、淚も溢れてやまなかった。


「そんなに泣かないで。君への疑いが晴れたわけじゃないけれど、決して無暗に傷つけさせはしないから。」


 アストラガスは海良を立たせると、海良の服についた泥を払い、衣服を正した後、その人の良い顔のままで街人たちに海良の拘束を命じた。てっきり、そのまま解放されるのだと思っていた海良は思わずキョトンと彼の顔を見てしまう。海良の視線を受け止めて、アストラガスは不思議そうな顔をして言った。


「このまま自警団に引き渡します。大丈夫です。捕縛隊が到着するまでの間、君が普通の生活が送れるよう交渉します。あ、決められた部屋からは出られないですけど。大丈夫です。」


「えっ。」


 もしかして、基本的人権を尊重してもらっている……?


 びっくりして淚が止まってしまった。彼はあくまで、異邦人かどうか判別がつかない人間を無暗に私刑することを嫌っただけなのだと、そこで初めて理解する。つまり、危機を脱したわけではないわけだ。全く。そして捕縛隊とやらが来てしまったら、自分が本当に異邦人なのだとバレてしまう事になる。どうしよう。


 どうしていいか分からず動こうとしない海良の肩を、アストラガスが「さあ。」と抱いて促す。


 次の瞬間、ブワッと当たりが重苦しい空気に包まれた。この押しつぶすような圧力を、海良は一度体験したことがある。アンスリウム相手にクレイが剣を抜いた時だ。アストラガスも感じたようで、人垣の向こうからゆったりと歩いて近づいてくる気配の方に視線を向ける。静かに人垣を割って現れたのは、やはりクレイだった。彼は海良の方を抱いている手見て、唸るように言った。


「真から手を離せ。」


 怒っている。クレイがとても怒っている。


 彼の怒りを間近で受けた海良は、そのすさまじさに身を竦めた。肩に手を置いていたため海良の怯えに気付いたアストラガスは、一旦海良から手を放し、彼を背に庇う。


「あなたは?」


「俺は彼の護衛だ。貴様ら、一体何をしている。」


「そう仰ってますが、本当ですか?」


 問いかけるアストラガスに、海良は赤ベコのように頷いた。首がもげるのではないかというほど彼が頷くのを見て、アストラガスは再びクレイに向き直る。


「彼は、東の塔から逃げ出した異邦人じゃないかという嫌疑をかけられています。」


「何だと……?」


「あなたは、あなたと彼の身分を証明できますか?できなければ、このまま捕縛隊を待つことになります。」


「俺が離れたばっかりに……。」


 悲痛な表情で俯いたクレイは、意を決したように懐から何かを取り出す。黄金に輝くレリーフの勲章を周囲に掲げると、あたりからは感嘆の声が上がる。


「俺は王宮騎士だ。極秘任務で彼を護衛している。この事は他言無用だと心得ろ。分かったら彼を離せ。」


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