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教会の予言巫-4

 AIスミレの語る、長い長い話を聴き終わった海良は、細く長い息を吐いた。ぼんやりと明かりに照らされた、埃っぽい部屋の隅に佇みながら、美しい礼拝堂で時を止められた少女の半生を反芻する。


 北の教会を導く予言巫は、その能力が萌芽した時から、教会へと迎え入れられて過ごすのだという。ポラリスもその例に漏れず、幼い間に先代の巫の元で修行を積んだ。彼女にとって唯一幸いだったのは、彼女が先代の予言巫の血縁者だったということだ。生まれた時から石になるまで、彼女は教会と共に生きた。


「何か質問はありますか?」


 AIスミレが問う。見えているわけでもないのに、海良はそっと首を振った。返事をしなければ、それ以上スミレが何かを問いかけてくることはない。彼女は所詮プログラムで、作られた存在だからだ。たとえそのプログラム元が、ポラリスの先代の予言巫だったとしても。


 まるで百科事典のように語られたポラリスの生涯を、一生懸命に頭の中で噛み砕いて、浸透させる。AIスミレから語られたポラリスの姿は、まるで石のように無機質で事務的だった。彼女のことが知りたいと望んだはずなのに、分かったとは到底思えない。


「なぁ、AIスミレさん。」


 独り言のようにAIスミレに問いかける。彼女は少し間を置いて「はい。」と返事をした。


「俺、思いついたことがあったんだ。でも、今はできるかどうか自信がない。」


 AIスミレは困ったように首を傾げる。


「ごめんなさい。私には分かりません。」


「だよな……。」


 海良の中には、ひとつ思いついたことがあった。まるで、御伽話のような突拍子もない思いつき。しかし、AIスミレを見た時から頭の片隅にあったもの。


 まるでプログラミングをするように、ポラリスに人格を与えることができないだろうか。


 有名な短編小説の中で、パソコンに神の概念を集めたように、ポラリスという少女のストーリーを器に押し込めれば、それはポラリスになるのではないか。


 洞窟の中で、馬車の荷台で、心に灯った炎を具現化させたように、コツさえ掴めば魔法のようなこともできる気がしていたのだ。


 しかし、実際はどうだ。


 AIスミレから語られたポラリスの話は、まるで錆び付いたように硬く、血の通わない言葉の羅列で、海良の頭の中にポラリスという少女を蘇らせることは出来そうにない。彼女のことを話せそうな、たとえばアストラガスなんかから話が聞ければ、少しは違うのかもしれないが、それを実現させることは絶望的に思えた。


 途方に暮れて、海良はざらりと埃の積もる地面へと腰を下ろす。すぐ側にタブレットを置いて、じっと虚空を見つめた。


 今ここでポラリスたちを石から人へと戻せないにしても、騎士団に引き渡されて殺されるのだけは回避しなければならない。アストラガスと話をするにしても、逃走するにしても、とにかくこの部屋をでないと始まらない。


 脱出方法は見つからないが、とにかく情報を得ることから始めようと考えた海良は、まずドアの外に立っている見張りに声をかけようと立ち上がった。


 ドアの近くまで近づいて、ノックしてみようと手を上げる。海良の手が、牢屋のように立ち塞がる木の扉を叩こうとした瞬間、背後でゴトッという鈍い音が響いた。


 慌てて振り返る。光が届かない部屋の隅で、また不気味な音がする。どこから聞こえてくるのか分からなくて、警戒するように、海良は音のする方向を睨みつけながら、数歩離れる。そのうち、暗がりの隙間で、床板が微かに持ち上がっているのに気がついた。それはまるでパクパクと口を開け閉めするように数度浮き上がると、ようやく板全体が持ち上がる。そうして空いた穴から伸びてきた手が、それを完全に床下へと引き込んだ。


 上がりそうになる悲鳴を必死に押さえ込んで、海良はその様子を微動だにせず眺めていた。こちらに来てから様々な不幸と不可思議に見舞われてきたが、ついに今度は幽霊が出るのか、と頭の中で泣き喚く。


 そして青白い二本の腕がにょきりと現れ、床の淵をギシリと掴むと、それが徐々に姿を表した。薄汚れた帽子に、泥だらけの外套。ゆっくりと地下から現れたラウルは、パッと顔を上げて、にっこりと微笑んだ。


「鳥となり、モグラとなり、囚われのお姫様をお迎えにあがりましたよ。……今のはあまり上手くないですね。忘れてください。」


「ラウル!」


「しー、です。シンくん。外の見張りに聞こえてしまいます。少しお邪魔しますよ。」


 そう言って、ラウルは穴から全身を表す。泥だらけになった服を煩わしげに払いながら、今度は穴の中へと手を差し入れた。


「アンスリウムさん、大丈夫ですか?もしかして、つっかえてます?」


「いや、ギリギリ……。」


 細いラウルの腕に引っ張り上げられたのは、同じく服を酷く泥で汚しながら、苦しげに呻くアンスリウムだった。彼の立派な体躯が裏目に出て、空いた穴が通れないらしい。顔を顰めながら這い出てくるアンスリウムが不意に海良の方を見た。暗がりでもはっきりと分かってしまうくらいパチリと目があって、海良は思わず顔を背ける。


 少し、気まずかった。何がかは自分でも分からない。ただ、彼が名前を呼ぶ声だけが、思い起こされて、自然と顔が赤くなる。ここが暗がりでよかったと、海良は心から思った。


 憮然とした表情のアンスリウムが、明後日の方向へと視線を逸らしながら立ち上がると、次に穴の中から出てきたのはゲンゲツだった。大きな体の割には慣れたように穴からひょっこり顔を出すと、いとも簡単に穴から上がってくる。まるでマジックのような光景を目にして、ラウルが感嘆の声を上げた。


「何がどうなって、その体がこんな小さな穴を通るんですかね。」


 ラウルの疑問に、ゲンゲツは自慢げに耳を震わせる。


「ラウル殿は、水に濡れた猫を見たことはおありかな。」


 彼の言葉で理由を察した海良は、それは別に自慢でも何でもないんじゃないかという言葉をすんでのところで飲み込んで、誤魔化すように咳払いをした。その咳払いに、ラウルは「そうでした。」と呟くと、懐から丸いガラス玉を取り出す。それは、西の古城の地下で見た物と酷似していた。それに向かって、ラウルはふっと小さく息を吹きかける。ささやかに『遮』と声が乗った。


「これで、しばらくの間は外に音が漏れません。」


「なにそれ、すごいな。」


 海良の言葉に、ラウルが照れたように笑った。


「歌の練習をする時に、よく宿屋で使うんです。なので、この魔術道具は使い慣れたものですよ。『光』よりは保つと思います。さて、ではこれから逃走ルートの説明をしますから、よく聞いてくださいね。……アンスリウムさんも、そんなところで立ってないでこちらへ座ってください。」


 一人離れたところで壁を睨んでいたアンスリウムに、ラウルが声をかける。不承不承といった体で、アンスリウムが近づいてくる。どうにも気まずくて、海良は努めてラウルの方へと顔を向けた。


「まずこの穴、貴人の脱出経路だそうで教会の裏手へと繋がっています。とりあえずは、これを使って外へ。その後、馬宿の名残に私たちの乗ってきた馬車が繋がれているのは確認してきましたので、それに乗って、気づかれる前にできるだけ遠くへと逃げます。」


「ごめん、ちょっとだけ待ってほしい。」


 海良の口出しが予想外だったのか、ラウルが驚いて彼を見る。問いかけを促すような彼の視線を受けながら、海良はおずおずと言う。


「どこかで、アストラガスと話すチャンスが作れないかな。」


「それは……また……。」


 ラウルが口を噤んだ。気づかれないように脱出しなければならないのに、アストラガスに会ってしまえば本末転倒もいいところだ。今はなんとか抑えて、こちらの提案を飲んでもらう他ない。ラウルは海良を説得すべく身を乗り出したが、それよりも一瞬早く、海良が言葉を続けた。


「もしかしたら、彼と話せば石化した人たちを戻せる足掛かりになるかもしれないと、思って。」


 海良の言葉は、到底信じられるものではなかった。彼を信用できないと思っているわけではないが、それでもこの短時間で何か考えついたというのも、受け入れがたい。だが、彼の賭けに乗るといったのも、また自分である。


 いろいろなものを天秤に乗せては計り、計り終わっては下ろしを繰り返して、ラウルはため息をつく。周りを見渡せば、アンスリウムとゲンゲツがゆったりとこちらを見つめていた。


 無言の多数決だ。この人たちは、思ったよりもシンくんに甘い。


「聞きましょう。しかし、できるだけ手早く。」


「分かった。ありがとう。」


 海良は側にあったタブレットを手に取ると、3人に掲げて言った。


「こちらはAIスミレさんです。」


 キョトンとした顔でそれを見つめるラウルと、持っているものが何か分からなくて目を凝らすアンスリウム。そして、映し出された少女の姿を見たゲンゲツは、石のように固まった。


 海良の声を聞いて、AIスミレが1拍遅れて頭をぴょこりと下げる。桃色の長い髪が、ひらりと揺れた。


「AIスミレです。よろしくお願いします。」




 海良の思いつきを聞いた3人は、個々にじっと思いを巡らせた。ラウルもアンスリウムも、タブレットやAIやプログラミングというのが何かは分からなかったが、海良が魔術によって並外れた「具現力」を実現させているのは見てきたし、そうなると彼自身が「できるかも」と思う事こそが、成功するかしないかの最も重要な点である気がする。


「しかし、冒険が過ぎる。たとえシンが思いついた通りに事が運んだとしても、次に捕まれば脱出は難しくなるし、危険を犯して石化が解けるという確証もない。」


 アンスリウムの声に、海良が体を小さくする。


「それは、そうだけど。」


 ラウルはアンスリウムとはまた違うことを考えていた。


 シンくんが考えていることは、絶対にアストラガスに会わなければ成し遂げられないことなのだろうか。


 実際、アストラガスという墓守は、ポラリスという少女の生きた時代を実際に見てきたわけではない。ここにいる神官たちは、当事者ではあれど時代の目撃者ではないのだ。そんな彼らから、生きた証言が引き出せるのか。ともすれば、このAIとかいう少女が語ることの方が、より真実に近い可能性さえある。問題は、それが列挙された記事であること。魔術を行使しようとしている海良自身が、それを元に生きたポラリスを想像できないことにある。


 それであれば。


「俺ならどうだ……?」


 ラウルのポツリとこぼした独り言が、思ったよりも大きく部屋に響いた。しょぼくれていた海良が顔を上げる。驚いたように、アンスリウムがラウルを見た。ゲンゲツだけが、少し遅れて「なるほど。面白いかもしれん。」と頷く。


「どういうことだ、ラウル。」


 アンスリウムが問いかける。しばしの躊躇いのあと、ラウルは腹を決めた。


「私がポラリスの歌を歌います。」


 ラウルが歌う、と聞いて海良の頭には、あの夜の光景が蘇る。鬱蒼と辺りを包んだ暗闇が極上の演出へと早変わりし、焚き火の火の粉さえも味方にして歌い上げる、ラウルの姿。彼の歌は、聞くもの全てを己の内に引きずり込んで、ただの史実を劇的な物語へと昇華する。


 一度言葉にしたが最後、ラウルはもう引き下がらなかった。それは吟遊詩人としての誇りと自信でもあったし、意地でもある。


「私の歌で、ポラリスをここに蘇らせる。」


 トンと海良の胸を軽く叩く。唯一、本気で歌う彼の姿を見たことがある海良が、目を輝かせてラウルを見た。彼の目が、できると訴えかけてくる。ラウルとなら、できる。その真っ直ぐな志が、ラウルには少し眩しい。


「そうと決まれば『遮』をかけ直しましょう。シンくん、お願いしてもいいですか。ポラリスの記録を私も読みます。」


「ああ!分かった!」


 ラウルからガラス玉を受け取った海良が嬉しそうに声を上げる。


「待て。言いたいことは分かるが、不確実であることに変わりはない。この状態でもう一度礼拝堂へと行くのは危険すぎる。」


 二人をアンスリウムが制する。確かに、礼拝堂でラウルが歌うとなると、こっそり事を成し遂げるというのは不可能だ。確実にバレて、また捕まる羽目になるだろう。その時に石化が解けていれば和解の糸口もあるが、失敗すれば言い訳は立たない。


 やはり無謀かと肩を落とす二人を見て口を開いたのは、今まで成り行きを見守っていたゲンゲツだった。彼はなんでもないように、まるで昼食のメニューを提案するような気安さでこう言った。


「では、私で試してみればいい。」


 そこにいた誰もが言葉を失って、ただゲンゲツの顔を見つめた。


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