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教会の予言巫-2

「何でこの世界にこんなもんがあるんだよ。」


 スミレと名乗ったA Iは海良の言葉に小首を傾げると、しばらく虚空を見上げるような動作をした後に


「この機械は、異邦人とファング王国の技術融合プロジェクトで製作されました。この機械には、試験的に北の教会書庫で集められていた文献をデータ化したものが保存されています。そのデータの検索をお手伝いするのが私のお仕事です。閲覧しますか?」


 ますます意味が分からなかった。確か前に、アンスリウムにデータの意味を教えようとして、上手く説明出来なかったことがある。この世界にはデータという概念はないはずだった。しかし、目の前の彼女は自分がA Iで、書籍をデータ化して保存しているという。


 頭が痛くなりそうだった。これも、あの魔術砲を作った異邦人とやらが残した物なのだろうか。


「一体どういうことだ?」


 海良の独り言に、スミレがまた小首を傾げる。


「えっと……意味がわかりません。もっと分かりやすい言葉で伝えてください。」


 何となく聞き覚えのあるフレーズ。ならば問いかけ方は知っている。できるだけ簡潔に、分かりやすく、ポイントは発音をはっきりすること。


「スミレさんは誰なの?」


「私は、この機械を管理する為に作られたA Iです。実は、外見と性格のモデルは実在の人物なんですよ。」


「実在の人物?スミレって人間がいるってこと?」


「ええ。正確には過去に実在していた人物です。」


 海良は、とある小説を思い出していた。小学生の頃に流行った短編小説で、その話の中の科学者たちは、世界中の神の概念をコンピューターに覚え込ませることで、本物の神様を造ろうとした。


 海良にはA Iのプログラミングの仕方は分からない。ゼロとイチがどうだとか、全く意味が分からないので、小説の中の出来事の方がイメージしやすかった。スミレも、かつてこの世に生きた『スミレの情報』をありったけ詰め込んで作られたのだろうか。


 そう考えれば何となく、このスミレに親近感が湧いた。


「なるほどなぁ。いや、全然なにもなるほどではないんだけどな。それにしても割と性能良いな、A Iスミレ。」


「恐れ入ります。」


 まるで本物の人間のようにペコリと頭を下げるスミレの姿を見て、海良は思わず口元を綻ばせる。年の頃は14、5歳に見える少女はニコニコと微笑みを湛えていた。


 そういえば、と海良は彼女の言葉を思い出す。彼女は、教会に保存されていた資料をデータとして保管していると言っていた。それならば、ここで起こった詳細な記録も持っていないだろうか。多少不審で不可解ではあるが、こうなれば使えるものは使ってみよう。


「スミレさん、お願いがあるんだ。」


「はい。どうぞ。」


「300年前に起こった、異邦人が教会の人々を石化した事件について知りたい。」


 スミレはしばらく黙り込むと、じっと虚空を見つめる。感情の抜け落ちた彼女の表情に、海良は彼女が造られた存在であることを改めて理解した。しばらくして、スミレの視点が海良に結ばれる。


「残念ながら、適合する記録が検索できませんでした。詳しい日付や、ファイル名が分かりませんか?」


「日付……。」


 言われてみて初めて、自分が今日の日付も知らないことに気がついた。それどころか、ファング王国の暦の読み方も分からない。この国でその事件がどう呼ばれているかなんて、それこそ聞いたこともなかった。八方塞がりだ。


「やっぱりゲンゲツさんから聞くしかないか。」


 ピクリと、スミレの体が動いた気がした。彼女の不審な挙動が気になって、海良は改めてスミレに視線を移す。プログラムがそんな妙に人間臭い動きをするはずがない。じっと眺めていると、虚空を見つめていたスミレが無機質な声で言った。


「ゲンゲツ・セネシオ様宛にメッセージを一件お預かりしています。未読です。」


「ゲンゲツ宛のメッセージ?」


 ということは、この機械はゲンゲツがまだロータス教会に出入りしていた時代に作られた物なのだろうか。だとしたら相当な年代物だ。


「再生しますか?」


 彼女の問いかけに、海良はしばしの逡巡の後に首を振る。


 そのメッセージはゲンゲツの物だ。自分が聞く必要はない。ただ、もしこの先に俺が処刑されるようなことになれば、そうなる前にゲンゲツに必ず伝えなければいけない。それを覚えておこう。


 他に彼女に聞けることはないだろうかと、海良は頭を巡らせる。もっとロータス教会が異邦人の手によって石に変えられた時のことを知りたい。しかし、自分の手の中には、正確で具体的な情報が何一つないのだ。どうやって検索をお願いすれば良いのか分からない。


 いや、一つだけある。


 海良はふと思い出した。自分が一つだけ持っている、事件に関わる具体的な情報。


「ポラリスについて教えて。」


 あの礼拝堂の祭壇で、穏やかな笑みを浮かべていた美しい少女の名前。アストラガスがポツリと溢した、過去の記録。


「ポラリスはロータス教会の予言巫です。彼女の詳しい話を聞きますか?」


「お願いします。」


 海良が頭を下げると、ペコリと頭を下げ返したスミレは、ポラリスの生誕から彼女の来歴を語り出した。




 コンコンと何かをノックする音が礼拝堂に響いて、アストラガスは頭をあげた。振り向くと、そこには墓守として共に生きる友が一人、心配そうに自分を見つめている。


「異邦人は地下の物置に閉じ込めてきた。」


「助かります。窓がなくて鍵のかかる部屋は、あの部屋しかありませんからね……。騎士と吟遊詩人の様子は?」


「居住区二階のゲストルームに二人まとめて入れてあるよ。入り口が開かないように外からつっかえ棒をして、見張りに二人立ってもらってる。でも、良かったのか?彼らは人間だろう。一人は王宮騎士を名乗ってるらしいし。」


「彼らは異邦人の邪法に惑わされています。保護するのは当然のこと。」


「お前がそう言うなら、それでもいいけどさ。あと、表に停めてあった馬車も見てきたけど、中には荷物ひとつなかったわ。」


「そうですか……。もしかしたら獣人がいるのではと思ったのですが、外れましたね。ですが、異邦人が居ながら、獣人が共に行動していないというのも不可解な話です。注意しておくに越したことはないでしょう。ゲストルームの見張りをお一人にして、玄関前に二人立つことにしませんか?」


「ああ、じゃあそうしようか。って言っても、実際に獣人が襲って来た時に、俺ら二人じゃ勝ち目がないと思うんだけどな。」


 気軽い口調で茶化して言う男に、アストラガスはクスリと笑った。


「用心のためです。それに、目一杯叫べば中にいる友人を逃すことくらいは出来るでしょう。」


「了解了解。じゃあ俺、王宮騎士団に手紙書いてくるわ。早く異邦人を引き取ってもらわないと、生きた心地がしねぇもん。」


 そう言って、さっさと自室へ戻ろうとした友の背中に、アストラガスは制止の声をかけた。


「待って。」


 キョトンとした顔で友人が振り返る。その視線を受けたアストラガスは、一瞬表情を歪めた後に苦虫を噛み潰したような顔をして、渋々と言った。


「王宮への手紙は私が書いておきますから、君はもう休んで下さい。町への買い出しと、異邦人相手の大捕物をしたんです。今日は疲れているでしょう。」


「気遣ってくれてる割には嫌々じゃないか?」


「いいえ?そんなことはありません。とにかく、後は私に任せて、もう寝なさい。」


 釈然としない顔をしながらも、「じゃあお言葉に甘えて……。」と彼は礼拝堂を後にした。そして、後に一人残されたアストラガスは再び祭壇に向かって祈りを捧げる。



 神よ。偉大なる予言巫よ。私は、どうしたら良いのか分からないのです。異邦人が人の言葉を喋り、市井の人々が彼を庇い立て、そして我らを救いたいと言う。


 神よ。信じたい自分がいるのです。


 あの異邦人と初めて会った時のことを、私は昨日のことのように覚えている。町の人たちに暴行を受けそうになっていた彼は、そんな事態にも関わらず、発した言葉は一つだけ。


 自分が悪い、と。そう言ったのです。何度も何度も、宿場町の人々を不安にさせたのも、自分が悪いからだと。


 私はあの時確かに、その善意が眩しいと思った。自分もこのように謙虚でありたいと、あの少年を見たときに思ったのだ。だから、教会まで訪ねてきたのがあの時の少年だと思った時、とても嬉しかった。


 嘘偽りなく、あの少年のことは好ましい。しかし異邦人である以上、自分の憎むべき正確な対象でもある。いいや、自分だけの話ではない。このロータスで命を落とした数多の人々が抱く憎悪は、正しく彼に向けられるべきであり、もっと言えば彼以外には向けられるべきではない。


 だから、異邦人は拘束し、騎士団に渡す。正しいやり方で、正しく処されることを願う。


 ただ、騎士団へ手紙を渡すのはもう少し後でもいいだろう。もう異邦人は地下へと閉じ込められているのだし、そう急ぐこともない。


 この祈りの時間を切り上げてまで手紙を優先する必要性を感じない。ただ、それだけだ。


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