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教会の予言巫-1

 その足音に、アストラガスはハッとした。帰ってきたのだ。所用で街へと赴いていたロータスの神官たちが。

彼らの帰還は、は今まで静まりかえっていた礼拝堂の寂しさを埋めるかのように、賑やかな話し声を伴って廊下の先から響いてくる。そしてやがて、ドアの前までやってきた足音の主は、礼拝堂と廊下を隔てる重い扉を開きながら、中で自分たちを待っている友人へと声をかけた。


「ただいま、アストラガス。表に馬車があったけど、誰か来ているのか?」


 のんびりと間延びした声で問いかけた男は、礼拝堂の様子を目の当たりにして、一瞬動きを止めた。祭壇の前で厳しい顔をしたまま剣を握っている友人と、そんな彼に追い詰められたような男が三人。彼らの出で立ちから推察するに、外套を着た優男が吟遊詩人で、生真面目に軍服を着こなしている男はどこぞの騎士と見えるが、彼らとアストラガスの前に立ち塞がっている少年がよく分からない。どこからどう見ても、ただの一般人に見えるのに、背筋を正して堂々と立つその姿は、並々ならぬ覚悟に満ちていた。


 何がどうなってこうなったのか。しかし、これだけは分かる。アストラガスが剣を握るなど、非常事態に他ならない。男がジロリと三人の不審な男たちに視線を向けると、騎士風の男が振り返り、困ったようにたじろいだ。


 なかなか礼拝堂へ入ろうとしない男の様子を不審に思った仲間が、男を押しのけながら軽快な足取りで礼拝堂へ入り、一人また一人とその異様な雰囲気に足を止める。


 そうして、ロータス教会の礼拝堂に五人の神官が揃った。


「アストラガス。この人たちは、誰だ?」


 問いかける友人の声に、アストラガスは一瞬迷った。


 その一瞬の間に、頭の中にぐるぐると渦巻いていた色々なことがパッと消え去って、自分を真っ直ぐと見据えていた異邦人が紡いだ言葉が、己が理解する前に霧散してしまったのに気づいたが、もうアストラガスにはどうすることもできない。口を突いて出たのは


「捕まえてください!異邦人です!」


という悲鳴だけだった。


「くそっ!」


 アンスリウムが慌てて海良を腕の中へと引き寄せると、まだアストラガスから目を離そうとしない彼を引きずるようにして体を反転させるが、行く手を二人の神官に阻まれる。ここでロータスの神官を傷つけることは、アンスリウムの本意ではない。できるだけ剣は抜きたくなかったが、かといって海良を抱え込んだまま素手で二人を相手にするのは、少し難しい。微かな希望を持ってチラリと隣に視線を向けたが、そこには自分と同じように二人の神官にジリジリと追い詰められながら半泣きで首を振っているラウルがいるだけだった。さっきの啖呵は何だったのだろうか。空耳か?


「アストラガスさん!話を聞いて!」


 腕の中の海良が叫ぶ。苦しそうに眉を寄せたアストラガスが、彼の言葉に視線を迷わせた。


「石になった人たちを元に戻したい!その為には、今の俺には時間が必要なんだ。まだ全然、どうやったらいいのか見当もつかなくて……。だから!」


「シン、もういい。ここは一度逃げよう。」


「嫌だ、逃げたくない。」


「子供のようなことを言うんじゃない。一度退く。その後また考えればいい。俺が彼らを押し留めているうちに、ラウルと一緒に外の馬車まで走るんだ。ゲンゲツに馬を駆けさせろ。」


 そう言って、アンスリウムは腰の剣に手をやる。墓守達を傷つけるつもりはないが、剣を抜かずに切り抜けれるような状況ではなかった。せめてもの抑止力にと、愛刀を抜こうとして、彼の手にそっと何かが触れた。その暖かな温度に、思わず目をやる。


 柔らかく、海良の手が自分の右手に重なっていた。決して強い力ではないのに、ただそれだけで、アンスリウムは剣を抜くことができない。


「ごめん、アンスリウム……。俺……。」


 腕の中で小さく身を震わせながら発せられた彼の謝罪に、アンスリウムは手の力をふっと抜くと、ため息をついた。


「呼び捨てを許可した覚えはないんだがな。」


 剣から手を離して、まるで羽が触れるかのように、海良の髪を軽く撫でた。


 アンスリウムが注意を逸らしたのを見て取った墓守の一人が、アンスリウムと海良を引き離す。腕を押さえ込まれたアンスリウムは、その場で抵抗せずに膝をついた。羽交い締めにされた海良はその場でアストラガスに剣を突きつけられ、視界の隅ではラウルが押さえ込まれているのが見えた。

一瞬アンスリウムは、アストラガスがこのまま海良を刺すのではないかと思った。しかしアストラガスは震える手で切っ先を海良の首元から外すと、感情の篭っていない冷淡な声で告げた。


「異邦人を地下へ。」


 そうして、海良は教会の地下へと幽閉されることとなった。





 海良が墓守たちの手によって押し込まれた部屋は、埃の臭いが充満した薄暗い小部屋だった。まるで荷物でも投げるかのような乱雑さで放り込まれて、すぐにガチャンと錠の落ちる音が響く。部屋には窓一つなくて、ドアが閉まると同時に海良の視界は暗闇に包まれた。まだ痛む手を摩りながら、海良は前に教えられた通りに、心の中に火を灯す。


「『光』。」


 そう口に出すと、柔らかな光が部屋の中を照らした。そこは、使われていない物置のようだった。埃の積もった箱や紙などが、壁際に積まれている。


「アンスリウムとラウルはどうなったんだろう。」


 独り言であったが、そう口に出してみると、頭の中でぐるぐると考えているよりは、物事が整理されていくような気がした。


「次に教会の人がここに来たら、ラウルとアンスリウムは解放してくれるように頼まないと……だよな。それで俺は、王都に連行される前に、石にされた人と獣人を元に戻す方法を考えないと。」


 それにしても、と海良は思う。ラウルとアンスリウムには悪いことをした。俺がこんな駄々を捏ねなければ、彼らまで教会に拘束されることはなかったんだ。


「でも、どっちも文句の一つも言わないんだもんなぁ。おまけに、俺に最後まで付き合ってくれるって。ラウルは会った時から相当なお人好しだけど、まさかあのアンスリウムが……。」


 そこまで口にして、海良はあの時のことを思い出して急に顔が赤くなる。


 まさか名前を呼ばれるとは思っていなかった。しかも、下の名前だ。あのアンスリウムが俺のことを名前で呼ぶなんて。今思い出しても顔から火が出そうになる。しかもどういうわけか、教会に来てからというもの、アンスリウムに密接している時間が非常に長い。スキンシップを好むタイプには見えないのに、名前を呼んでくれたあたりから接触が多いのだ。照れるなという方が無理じゃないか?


「そういえばクレイも遠慮なく近づいて来たし、騎士って生き物はみんなああなのかよ。嫌になるな。」


 思い出すたびに心が痛む。クレイは結局、俺のことを見てくれていなかったんだ。今ともに来てくれる三人が、あまりにも俺のことを俺として見てくれるから、嫌が応でも思い知らされてしまう。


 クレイが必死に守っていたのは、恋人と同じ『異邦人である俺』だった。彼はずっと死んだ恋人に言葉を投げかけ続けていたのだと、改めて思った。


 だって俺を呼んだアンスリウムの声は、あんなにも暖かかったから。


 あんな風に、クレイに呼んでほしかった。そうしてくれたら、俺はきっと、クレイと共にいることを選べた。最後の最後、地下へ落ちるときに、彼が名前を呼んでくれたなら。


「……違う。違う、なんだそれ。とにかく、今は石にされた人たちを元に戻す方法を考えないと。」


 軽く頭を振って、海良は女々しい考えを思考の外に放り出す。そして空いたスペースで、魔術のことを考える。しかしその課題は一人で幽閉されている現状では、あまりにも雲を掴むような話だ。なんせ、協力してくれると言った二人と引き離されてしまったのだから。


「石にされた時の状況って、ゲンゲツが教えてくれた以上の情報がないんだよなぁ。」


 異邦人が中途半端に覚えた魔術を使おうとして、暴走させた。そう聞いたが、具体的に何が起こったのかは聞かなかった。


 どこかでもっとこの話を聞く必要がある。しかし、誰から聞くチャンスがあるだろうか?もし墓守の誰かがこの部屋に来たとして、その人は詳しく話してくれるだろうか。そもそもそれ以前に、その人が持っている情報は正確だろうか。


 正しい情報が欲しい。となると、可能性があるのはゲンゲツたち獣人だ。彼らは実際に、異邦人が魔術を暴走させた場面に居合わせていた可能性がある。


 その為には、この部屋を抜け出さなくてはいけない。


 海良の心は決まった。良心は疼くが、とにかくこの部屋から脱出しよう。


「でもなぁ。魔術って言っても、俺が習った魔術の中に使えそうなモノがないんだよな。」


 『焔』の要領で扉を爆破することは出来そうな気がするが、この狭い部屋の中で何かを爆発させると自分が死んでしまう気がする。なので、扉を燃やすというのもダメだ。


 何か他に手はないかと、海良は物置をぐるりと見渡した。もしかしたら、このガラクタの中に何か使える物があるかもしれないと思ったのだ。


 そして、ふとソレに目が留まった。


 それは一枚の板だった。まるでガラスのような物が貼られた一枚の板。手にとってホコリを払ってみると、ガラスのように室内を反射していたのは見慣れた液晶画面であることに気づいた。


「嘘だろ。」


 ひっくり返すと、裏面はアルミニウムで出来ていて、それは紛うことなくタブレットである。


「なんでこんなところに、こんな物が。」


 側面にボタンがあるので、とにかく押してみるが電源がつく気配はない。それもそうだと、海良はタブレットを元の場所へ投げ出した。


 初めにクレイに会った時、彼は大事そうに携帯電話を持っていた。その時に彼は、使い方を知らなかった。この世界には、電子機器を使う文化はない。だからこれもきっと、いつかの異邦人が持ち込んで、何故だか分からないがここに仕舞い込まれたのだろう。当然、誰も充電していない。使えるわけがないのだ。


 ため息を一つ付いて、手近なところにある書類の束を持ち上げようとして、ふと思った。


 待て、タブレットの裏、何か変じゃなかったか?


 慌てて先ほど放り出したタブレットをもう一度手に取ると、恐る恐る裏返してその表面にそっと指を這わせる。指でなぞったところの埃が取れて、そこから以前見たことのある蔦と花で形取られた紋章の一部が姿を表した。


「これ、起動式だ。」


 西の古城で魔術砲を起動させた石碑に彫られていたものと全く同じ文様。もしこれが、本当に起動式なのであれば、これに魔力を込めればタブレットが動くのではないだろうか?でももしそうなら何故、タブレットが魔道士仕様になっているのか、という疑問が出てくるが。


「とにかく、やってみよう。」


 埃を払って、掌をピッタリと文様に合わせる。あの時ゲンゲツが教えてくれた事を思い出しながら、体の中の魔力が手を伝ってゆっくりと染み渡るイメージで、少しずつタブレットへと魔力を注ぐ。そして、その時は訪れた。


 ピコンという軽快な音とともに、眩い明かりが点く。まさかの充電完了の合図に、驚いて液晶画面を覗き込んだ海良は信じられないものを目にした。


 それは確かにタブレットであった。しかし液晶画面だと思っていたそれは、まさかの透過モニターで、まるでタブレットの上に立っているかのような状態の女の子が頭を深々と下げたポーズのまま空中に投影されていた。


 白く滑らかな金の刺繍の入った衣装を纏った少女は、そっと頭を上げると、桃色の美しい髪を揺らして微笑んだ。


「こんにちは。私の名前はスミレ。この機械の管理を任されているA Iです。」

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