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北の教会-3

 自慢げな海良が高らかに声を上げた。水が現れるという抽象的な現象を、なんとか自分の理解の範囲で思い描こうとした時に、海良が想像できたのが雨だった。手から水が湧き出てくるよりも、よっぽど現実的で想像がしやすい。メカニズムなら中学校の理科でやった。実際にやってみたのは今が初めてだったが、案外うまくいった気がする。


 アンスリウムからの評価が気になって、隣に座っていた彼を見ると、そこには酷く驚いた顔をして固まっているアンスリウムの顔があった。


「アンスリウムさん?俺、また何か間違ったかな。」


 不安そうに問いかける海良に、アンスリウムはゆっくりと首を振る。


「いや……、いや。間違ってはいないが、俺が教えようと思った『滴』よりは随分と大掛かりだったものだから、少し……驚いてしまってな。」


「少しなものですか!天候変化ですよ!」


 アンスリウムの言葉を大きな声でラウルが遮った。彼は天幕を大きくめくりあげると、今にも転げ落ちんばかりの勢いで外に顔を出す。そして身を乗り出して片手を雨粒にかざした後、勢いよく振り向いて叫んだ。


「この世界のどこに、『滴』で雨を降らす魔道士がいますか!いませんよ!っていうかこれもう『滴』じゃないから!」


「え、違うの?」


「本来なら、手持ちの容器に蒸留水出す程度の魔術ですよ。それに、普通は魔術で天候を左右するなんて出来るものではないんです。流石の魔力保有量といいますか、この場合どう評価したものか……。」


 騒いでいたラウルが突然トーンダウンして、今度は一転して思案顔になる。


「じゃあ、俺もしかして凄く魔術の才能があるってことなんじゃないか。」


 鼻高々に海良がそう言うと、微妙な角度でラウルとアンスリウムが頷いて、頷き切る前に急に首を傾げた。怪訝な面持ちでラウルが言った。


「ええ、凄いのは凄いと思いますが。ねえ?」


 それに応えるように、アンスリウムもまた言葉を濁す。


「そうだな、魔力保有量が魔術行使技術と比例するいい例だとは思うが、才能と言われると……。」


「何だよその微妙な言い回し。」


 口を尖らした海良を見て、二人は気の毒そうな顔をする。しかし、どちらも口を開かずに目配せをし合って、なかなか口を開こうとはしなかった。ますます不機嫌になる海良に観念したラウルが、ため息交じりに告げた。


「凄い事ではありますが、具体的にはどこで使うんだって話ですよ……。」


 無言でアンスリウムも頷く。具体的にどこでと言われると、確かに思い当たる場面はない。雨を降らすことができるので、たとえば水不足の時に活躍できるのではないだろうか、とも考えてみるが、どっちにしても海良はこちらの世界に根を下ろして生活しているわけではないので、そんな場面に遭遇する機会は無いように思える。


 他人には出来ないことかもしれないが、使えない物には価値がない。その考え方に行きついて、海良は悔しさよりも先に、納得してしまった。


 だから彼らは、魔術道具という方法に行きついたのだろう。一種選ばれた者しか使用できなかったはずの魔術という物の中から、誰もが必要とする技術を、誰もが使えるところにまで引きずり下ろす。彼らはそれを繰り返して、今の社会を作り上げてきた。


 魔道士よりも、馬に乗れる人間の方が圧倒的に多いのだ。だから彼らは手紙を馬車で運ぶ。魔術である必要がない。広範囲で雨を降らさなければならない日よりも、手の中に一杯の飲み水を得なければならない日の方が多い。


「なるほどなぁ……。」


 思わず漏れた海良の声に、ラウルはキョトンと目を丸くして、アンスリウムは満足そうに微笑んだ。


「だが、お前の非常識な『滴』の使い方は、俺たちと常識を異にした莫大な魔力保有量の者が、桁外れの魔術を行使することができるという証左にはなった。これには意味がある。」


 アンスリウムの大きな手がそっと海良の頭に伸びる。それはそっと海良の髪を撫でた後、数度弾んで、伸べられた時と同じようにそっと戻って行った。


「悪くない成果だ。」


 その一言に、海良の中の何かがブワリと逆立った。それは体の奥から背を伝って、頭の天辺へと駆け上がってきたかと思うと、目の前がクラリと歪む。顔が赤くなっているのが自分でも分かる。耳が熱い。


 これは歓喜だ。


 まだ踊り狂っている自分の心臓を押さえつけながら、海良は自分の中に湧き上がってきた何かに名前をつけた。うれしい。アンスリウムの一言が、心躍るほど嬉しい。


 真っ赤になって黙り込んでしまった海良を目の当たりにして、アンスリウムは思わず引込めた手をその場で止めて、彼に魅入ってしまった。


 何だその反応は。


 誰かに褒められて、喜色満面で喜びながら照れてしまうその姿は、年相応といえばそうだが今のアンスリウムには心臓に悪い。真っ赤になって、熱の籠った瞳をキラキラと輝かせるものだから、先ほど彼の髪に触れた自分の手まで熱く火照っているような気がして、アンスリウムは気まり悪く海良から視線を外した。


 心臓が早鐘を打っている。


 慣れないことをしたばかりに、調子が狂っているのだと思った。


 異邦人がこの世界に災厄をもたらすのだと、そう言われて育ってきたが、実際にその異邦人と接してみると、褒められるだけでこんなに喜びを露わにするような単純なやつに悪い事ができるものかと、誰にでもなく反論したくなってくる。


 そのどこから見ても無害な男は、我に返って何度か咳払いをすると


「いやっ、雨を降らす魔術は案外使い道があるんじゃないかと俺は思うね!具体的には、体育祭の前の日とかだ!」


と早口で捲し立てた。まだ顔には火照りが残っているが、それは大目に見てやることにする。アンスリウムは、不自然に視線を外したままで


「体育祭?」


と問いかけた。彼らのすぐ傍では、ラウルが肩を震わして笑いをこらえている。


「体育祭っていうのがあるの、俺の世界には。体を使う技能を競うんだよ。走ったり、飛んだりして。」


 海良の言う様子を頭の中で思い浮かべて、アンスリウムは自分の知識の中で該当するものを探し当てる。


「騎士団にもあるな、そういうの。年に一度、王の御前で乗馬技術や剣技を競うんだ。」


「吟遊詩人界隈にはないですねー、そういうの。一生無いことを願っています。」


 ラウルの言葉に、アンスリウムは首を傾げる。


「何故だ。あると問題でもあるのか?」


 彼の反応に、海良とラウルは言葉を荒げた。


「運動できる奴はみんなそう言うんだ!出来ない俺らの立場にもなってみろよ、体育祭なんて大勢の目の前で醜態を晒すだけの行事だよ!」


「走ったり飛んだりが人間の基本技能みたいな顔して!出来なければ皆で笑いものにするんでしょう!」


「なんだなんだ、お前たちのその歪んだコンプレックスは。」


 頬を膨らまして抗議する二人の勢いを真正面から受けながら、アンスリウムは意味が分からないと首を振った。外から、ゲンゲツの笑い声が聞こえてくる。


「そもそも、御前試合は日頃からの鍛錬の成果を見せる場だろう。例え試合に負けたとしても、それは己を上回る努力をした者がいただけだ。その者を讃えこそすれ、何故敗者を笑いものにする必要がある。」


「何だお前、イケメンで騎士な上に人間まで出来てんのか。喧嘩売ってるだろ。」


 睨み付けてくる海良に、アンスリウムは思わず声を上げて笑う。世界から嫌われている異邦人は、想像していたよりもよほど善良で、そこら辺に転がっている人間と同じように卑屈ときた。これを笑わずして何としようか。

 

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