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学び-2

アンスリウムは突き放すようにそう言うと、海良に背を向けて歩き出した。


「どこに行くんだよ!」


 焦って問う海良に、アンスリウムは振りかえらず答える。


「宿の前で待っててやる。手紙を出し終わったら戻って来い。」


 逆に言えば、出し終わるまで帰って来るな。だ。


 あっという間に始まったスパルタ授業を前にして、海良は途方に暮れた。確かに、アンスリウムの言う通りなのだ。どうしていいか分からないことは、とにかく誰かに聞けばいい。自分から問いかけない人間には答えは与えられない。


 やってもらうことに引け目を感じて、出来ない事を完全しようとしなかった自分は、確かにお荷物だ。出来ることからするべきなのに、出来ることを増やそうとしてこなかった。


 よし、と海良は気合いを入れ直すと手に持った手紙をもう一度見る。これを王都に届ける。そのためには、まずこの街の郵便システムから知らなければいけない。


 知らないことを誰かに聞くのは怖い。特に、常識として共有されている知識を問うのは、恥ずかしくて恐ろしくて腰が引ける。


 不審に思われないためには、しっかりと話せばいい。それは前回この街で学んだことだった。


 小さな子供でも出来るお使いだ。絶対にやり遂げる。


 海良は真っ白な封筒を手に持って、手始めに広場の隅でラウルの演奏を聞きながら談笑している男女の集団に突進していった。




 海良が宿へと戻ってきたのは、昼を少し回った頃だった。フラフラと覚束ない足取りで宿へと近づいてきた彼は、入口の端に背を預けて立っているアンスリウムの姿を見つけて、疲れ切った顔を綻ばせた。手を上げると、アンスリウムに向かって二本の指を立てる。


「なんだそれは。」


 無愛想にアンスリウムが言う。


「ピースだよ。ピースサイン。知らないの?」


「知らん。サインというからには、何か伝えるための動作なのだな。どういう意味がある?」


 近寄ってきた海良が口を尖らせて聞くと、アンスリウムは躊躇なく頷いた。あまりの潔さに、海良は思わず呆れてしまう。短い時間ながら共に過ごしてみて初めて分かったが、アンスリウムという男は堅物でプライドが高そうに見えるのに、案外素直に知らない事は知らない、出来ない事は出来ないと申告するのだ。こちらの調子が狂う。


「ざまあ見ろ完璧だ、って意味だよ。」


「なるほど。では、手紙はちゃんと出せたということだな。」


「うん、出せた。凄い時間かかっちゃったけどな。」


 まさか、この世界に郵便局に該当するものがないなんて思いもしなかった。海良は初め、郵便物を出すのだからポストか郵便局か、そういった類の施設がどこにあるのかを街の人に尋ねた。帰って来た答えは「そんなものはない。」「余所にはそんな施設があるのかい?」だった。驚く海良に街の人たちは笑って仕組みを教えてくれた。


 手紙を出すにはまず、街の東にある料金所へ行く。そこで宛先を告げて料金を払い、支払いの証明として手紙に判子を押してもらう。それを持って今度は南東にある集荷所へ行き、そこで行先に応じた馬車に乗せる。


 言われた通り料金所へ行って、そこで初めて海良は「しまった。」と思った。お金を持っていなかったからだ。それに、たとえお金を持っていたとしても数え方が分からない。とにかく料金だけ聞いて、宿に戻ってアンスリウムに代金を貰おうと思って窓口まで行くと、手紙を見た職員が慌てて判子を押してくれた。


「あの、お代金は……?」


 おずおずと問いかけた海良に、職員が腰の低い態度で何度も頭を下げた。


「王都宛ての公文書ですので、公費での配達になります。」


 そして、事情を把握できていない海良の顔をジッと見て「ご存じない?」と問う。


「えっと、すみません。知り合いに頼まれて来ただけなので…。」


 そう答えた海良の言葉に納得した職員は、「なるほどなるほど。」と何度も頷き、丁寧な仕草で手紙を海良へと手渡すと


「これは騎士団の方から王都へ宛てた報告書ですので、配達料金は国から充填されるんですよ。ですので、これをこのまま集荷所へ持って行って下さい。」


 と教えてくれた。


 どうやらこれで無事に手紙を出す事ができそうだと、意気揚々と集荷所とやらに向かうと、そこにあったのは無数の馬車で、ズラリと並んだその数の多さに海良はクラリと眩暈がした。この中から王都へと向かう馬車を見つけ、その御者に手紙を手渡さなければいけないらしい。


 辛うじて海良が知っているのは、ここは西の古城の近くにある宿場町で、王都はここから見て南の方向にあるはずだということだけだ。馬車の並び方に規則性があるのかどうかも分からず、とにかく一つずつ行先を聞いて回るしかなかった。


 そうして、ようやく見つけた王都行きの馬車に手紙を託した時には、太陽が真上に上り、昼近い時間になっていた。そこから今度は街の中を迷子になり、ようやく宿に辿りついたのが今だ。


「まさか、こんな方法で手紙を送ってるなんて思わなかった。魔術なんてモンがあるんだから、ワープさせる魔術があったり、まとめて風で飛ばしたり、そういうファンタジー的なのを想像してたからさ。」


「ワープ、とは?」


「うーんと、転移?ここにある物を、次の瞬間には別の場所に移動させるようなやつ。この世界には無いの?」


「そういった技術はないな。便利そうだが、非現実的だ。お前の世界にはあったのか?」


「あったような、なかったようなだよ。物体を瞬間移動させることはできないけど、データなら一瞬で送信できるし。」


「でーた、というのは何だ。」


「データ……は、えっと。よく分からないけど、ゼロとイチが……えっと……。」


 ラウルの顔が頭に浮かぶ。憎たらしいほど悟りきった顔で「何をすれば、どんな結果が出るのかさえ知っていれば、大抵の道具は誰にでも使えますからね。」と笑った。


 無性に腹が立つ。なるほど、こういうことか。


「俺にもよくわかりません。」


 海良の言葉にアンスリウムが頷く。


「お前の話は柔軟で面白い発想だとは思うが、現状として各村々に配置するほど魔道士は数がいない。魔道士を育てるにしても、配送用の魔術道具を開発するにしても膨大なコストがかかる。それなら、馬車で運ぶ方が効率が良いだろうな。魔術を使える人間よりも、馬車に乗れる人間の方がずっと多い。」


「なるほど……。」


 思ったよりも真面目な返答が帰ってきて、どうにもむず痒い感じがした。腕を組んで、素っ気ないながらも、真摯に海良との会話を進めようとするアンスリウムの雰囲気に飲まれそうになる。


 ちゃんと話せば、こんな人だったのかと、改めて彼の輪郭をなぞった気がした。


「俺さ、手紙の出し方も知らなかったし、料金所に行ってもお金の単位も分からなった。」


「そうだろうな。」


 脈絡なく話し始めた海良に、アンスリウムもまた穏やかな口調で相槌を打つ。事実をありのままに肯定するような彼の声色が、海良の話を促した。


「地理も良く分かんねぇし、何にも知らないことだらけだなって、改めて思ったよ。」


「その通りだ。」


 いつの間にか、アンスリウムは建物に預けていた体を起こし、しっかりと海良を見つめて立っていた。背筋を伸ばして堂々と立つ彼の姿に、海良は一瞬目を奪われる。


「お前はここの常識を何一つ知らない。しかし、知らないことを知るのは意味がある行為だ。お前は次に、何を学ばなければいけないか自分で見つけ出しただろう。それでいい。そうしてこの世界の常識を通して、お前の中にこの世界が辿って来た思考回路を構築していく。そうすれば、魔術を覚える時にいくらか助けになるはずだ。何故なら俺たちが使う魔術は、俺たちの住む世界の文脈で発達したものだからだ。」


 アンスリウムはそう言って笑った。


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