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弔いの旅路-7

「そうだ。」


 唐突に、海良が思いついたと手を打った。


「俺、魔術の使い方が知りたいんだ。獣人を人間に戻す方法っていうのも具体的にはどうすればいいのか分からないし、北の教会へ行く間に、ちゃんと魔術が使えるようになりたい。だから、ゲンゲツさん。俺に正しい魔術の使い方を教えてください。」


 今までも、海良は力任せの魔術は何度か行使してきた。騎士団の魔術砲を防御した時にも、石碑を破壊した時にも、理屈は分からないが何か不思議な力は仕えていた。


 しかし、それではとてもではないが獣人を人間に戻すなどという夢物語のような事は成し遂げられないと、海良は思い悩んでいたのだ。


 彼らが獣人になった理由も分からなければ、本当に異邦人の力で元に戻せるのかも分からない。それでも、出来る事はしておきたかった。


 海良の言葉を聞いたゲンゲツは、意外にも苦い顔をした。そして腕を組むと、考え込むように俯く。何か問題があったのだろうかと海良が不安になっていると、その様子に気づいたゲンゲツが「いや、なに。」と首を振った。


「前にも言ったと思うが、我ら獣人には魔力が備わっておらん。正確には、獣人になった時に消え失せたのだ。だから、我らの社会では魔力を行使する理論も、技術も、育ってはいないのだよ。人が日常的に使う、一般的な魔術ならば教えることも出来るが、それも通り一遍の説明になろう。真の魔力を使って新たな理論を確立するようなことは、私にはできない。獣人化を解く方法も、とにかく塔の研究員に任せようと思っていたからな……。」


 難しい顔で黙り込んだゲンゲツに、海良は申し訳なく思って手を振った。


「ごめん。そっか……、そう言えば古城でそんな事言ってたよな。忘れてた。」


 しょんぼりとする海良の横で、ラウルも首を振った。


「私も魔術は無理です。補助道具を使っての日常魔術が精一杯なので、人に教えるなんて出来ませんし。何より、未だに魔術が何なのかすら良く分かっていませんからね。」


「ラウルお前……、そんなんで大丈夫なのか?」


「案外大丈夫なものですよ。何をすれば、どんな結果が出るのかさえ知っていれば、大抵の道具は誰にでも使えますからね。シン君が望んでいるのは、その『何をすればどんな結果が出るのか』という部分の解析と構築だという点なので、それは大変高度で厄介なのです。」


「なるほど……。じゃあ俺がまともに魔術を使えるようになるには、ゲンゲツさんの仲間に会うしかないんだな。早く魔術が使えるようになったら、俺も旅の間何かの役に立てるかと思ったんだけど。」


 残念そうに海良は笑った。何も出来ないのは、クレイといた時から変わらないんだな、と思うと心の奥がズキリと痛む。野営の準備もゲンゲツやアンスリウムに任せきりで、街ではラウルに引率されながらでなければまともに歩けず、結局海良は一人お荷物だった。昨晩に奮った勇気が、嘘のように消え失せて、もうどこにもない。自分から一歩踏み出したところで、何かが突然変わることはないのだと打ちのめされた。


「そう落ち込むな、真。一般的なことに留まるが、それでよければ私が道中指南しよう。無理に先を急ぐことはない。」


 ゲンゲツが慰めをどこか上の空で聞きながら、なんとか海良は声を絞り出して「ありがとう。」とだけ言った。意気消沈といった雰囲気の海良の様子に、またしてもアンスリウムは心がざわつく。


 この異邦人は、本気なのだ。本気で獣人の話を信じ、彼らを救おうと考えている。異邦人の根底は善で出来ているだなんて、数日前の自分が聞いたらきっと驚くだろう。しかし今、アンスリウムは彼の性質が善であることを否定できない。仮に、例え本当に異邦人が災厄をもたらすのだとしても、彼自身が善人であることに変わりはない。


 ああ、どうしようか。


 アンスリウムは両手を開き、自分の中にあるものをしっかりと確かめる。実のところ、そんなことをしなくてもアンスリウムの中で答えは既に決まっていた。こんなのはただの時間稼ぎだ。何の意味もない。それを心のどこかで理解していながら、それでもアンスリウムには少し時間が必要だった。



 朝がやってきてしまうと、どんな問題が目の前に転がっていようとも、彼らはこの先の旅を続けるために旅の準備をしなければならなかった。とはいえ、ゲンゲツは部屋から出られないため、その他の三人で市中へと繰り出し、必要な物を調達する。宿から一番に飛び出したラウルは


「それでは私は広場の方におりますので。」


と一礼して颯爽と歩いて行った。彼の役割は、外貨の調達である。


 初め、宿の代金を誰が支払うかという話になった時に、真っ先に手を上げたのはアンスリウムだった。彼は事も無げに「経費で落ちる。」と言うと、懐から財布を取り出した。そこから代金を出そうとした手を、素早くラウルが押さえる。何事かと彼を見るアンスリウムに向かって、怖い顔でこう言った。


「経費で落としちゃ駄目でしょう。」


「何故だ。」


「異邦人と旅した宿泊代が騎士団の経費で落ちるわけがないでしょうが!そんな事も分からないですか!ここは僕が出します。あなたは黙っていてください。」


「四人分の宿代をお前が?」


 アンスリウムの疑わしげな眼差しを前にして、ラウルは胸を張る。


「まあ、見ててくださいって。」


 そして彼は自慢の竪琴を携えると、彼の戦場へと繰り出して行った。早朝の街の片隅で、街頭に集まる人々に向かって一礼する。吟遊詩人が竪琴を持って立てば、どこであろうとそこがステージだ。宿代は己の腕一本で稼ぐ。それがラウルの矜持である。


「この街の皆様は運が良い。たった今出来た新作を披露致します。よろしければ足を止めて、少し聞いて行って下さいませ。それでは『新訳ゲンゲツ・セネシオ』。」


 昨晩、調子に乗って奏でられた出鱈目のはずのメロディが、文脈になって、輪になって、ひとつの物語を紡ぎ始める。朝日がラウルを照らす。竪琴の弦が白銀に照りかえった。


 その光景を、海良は美しいと思う。記憶に違わず、美しい。初めてラウルの歌を聞いた時から、海良は彼の歌を気に入っていた。隣で腕を組むアンスリウムも、感心したように彼に魅入っている。朝から用事に出て来ていた人たちも、足を止めてラウルの歌を聞いていた。


 そして、歌い終わったラウルの帽子には、信じられないほどの量の硬貨が投げ込まれ、ラウルはにっこりと二人に向かって笑いかける。海良は一心不乱に両手を叩き続け、アンスリウムは参ったとばかりに両手を上げていた。


 それが今朝の出来事で、味を占めたラウルは、昼からは広場で歌って路銀を稼ぐことにすると言うので、買い出しは海良とアンスリウムの二人の仕事になった。付かず離れずの微妙な距離で連れだって歩き、気まずい雰囲気が流れる。特にお喋りもなく、彼らは街を歩いて回った。


 海良にとって、アンスリウムという人間はよく分からない。こうやって、しばらく傍にいても、分からないことだらけだった。どうして彼は、きっぱりと俺を殺してしまわないのだろうか。今ここにはゲンゲツも、クレイもおらず、非力な異邦人が一人立っているだけなのに。彼は律儀にも、海良を街中連れまわしながら、旅の準備を着々と整えていた。不思議な男だ。王の命令に忠実な騎士かと思えば、今は教会へ行くことに協力しようとしてくれている。海良の命を狙って、海良に辛く当たるのに、それが存外海良は嫌ではない。  


 この男といると、自分が自分として立っている気がしてくる。


 否定されることと、認められることは似ていると、その時初めて思った。


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