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弔いの旅路-4

 アンスリウムはこの宿に来てから、一人でひっそりと、己が取っている行動に頭を抱えていた。


 別に野宿でも良かったじゃないか。俺は任務の都合上、長旅には慣れているのだし、獣人と異邦人と吟遊詩人が疲れようが苦しもうが悲しもうが、そんなこと知ったことではないはずだ。わざわざ騎士紋まで提示し、偽の任務をでっち上げてまで宿場町に入る必要はない。これが噂になって王都まで届けば、その時点で俺の騎士生命は終わりだ。というよりも、普通に生命が終わる。ただの叛逆者だ。


 それにも関わらず、俺はどういうわけか家の名前まで出した。


 名乗る必要などなかったはずだった。


 騎士だと言って、もし街の者が信用しなければ、諦めて野宿すればよかったのだ。なのに、俺は騎士紋を出し、家名まで名乗った。


 それもこれも、あの異邦人があんな顔をするのが悪い。何もかも世界の不幸を一人で背負い込んだかのような、暗く諦めの滲んだあの顔だ。あれが気に食わない。吟遊詩人が街に入れなかった話をした時の、痛々しい表情が頭から離れない。


 全員が無事に街へと入れた時、心底ざまぁ見ろと思った。俺がいるのだから、お前や獣人の一人や二人、街に入れてやることくらい造作もない。ラウルが街に入れるかもしれないと言った時のお前の顔に、俺が気付かないとでも思ったか。あの異邦人は温かな食事と寝床の話に目を輝かせた。そしてすぐに、その喜色は奥深くへと沈み、再び浮かび上がるのは、腹立たしいまでの諦観だ。だから、街に入れればまた……。


 ガンっとテーブルに頭を打ち付ける。


 流れる思考を止めるには、今のアンスリウムにはこれしか思いつかなかった。


「ラウルが言った通り、あんたゲンゲツさんを置いて一人で食堂に来てるんだな。」


 いつの間にか、目の前には異邦人が立っていた。不満そうに口を尖らせて、腰に手を当ててアンスリウムを見下ろしている。彼の鼻が少し赤い気がして、まじまじと見つめていると、異邦人は「何だよ。」とたじろいだ。


「俺がどこで何をしていようが、お前には関係ないだろう。」


「ゲンゲツさんを一人にして薄情な奴だなって言ってんの、俺は。」


「どうして俺がアイツに気を使う必要がある。別に友人じゃないんだ。」


 アンスリウムが再び酒瓶を手に取る。勢いが良すぎてコップ端から酒が飛び散るが、それにも構わずアンスリウムはなみなみとコップに注いだ。


 飲んでいなければやっていられない。


 そうして最後まで飲み干して、自棄になって異邦人へと言う。


「お前、絶対に成功しろよ。」


 アンスリウムが何について言っているのか分からなくて、海良は小首を傾げた。その仕草に苛立ったようにアンスリウムはコップを置くと、立ち上がって急に海良との顔の距離を詰める。驚く間も与えず、そっと海良の耳に唇を寄せると、囁くような声で言った。


「獣人どもを元の人間に戻すのだろう。絶対に成功しろ。出来なければ俺がお前を殺してやる。」


 これしかないと、アンスリウムは思っていた。異邦人が獣人の呪いを解き、人に戻すことができれば自分の身は安泰だ。王宮で身の潔白を証明することも可能だろう。そして、もしそれが出来なければ、責任を持って異邦人の首を王の御前に持って帰る。そうすれば、やることは当初と何も変わりがないし、筋が通っている。これしかない。


 そんな確信から口角を上げて、自信満々な笑みを浮かべながら異邦人から離れると、そこにはアンスリウムが予想だにしなかった光景があった。


 いつもであれば小生意気な口をきく異邦人の少年が、顔を真っ赤にしながら涙目でこちらを睨んでいる。


 何事かと目を丸くするアンスリウムの前で、海良は赤く染まった両耳を手で押さえて後ずさった。


「あ、あんたっ……何っ……!」


 掌が熱い。


 アンスリウムの唇が、微かに耳朶に触れた気がする。


 頭の中には絶叫や罵倒や泣き声が乱気流のように渦巻いているのに、口から出るのは言葉にならない音だけで、喉の奥がひり付くように痛い。


 はくはくと、息継ぎしかできていない海良を観察していたアンスリウムはポンと一つ手を打つと、意地悪な笑みを浮かべて言った。


「そういえばお前、栄光の騎士と恋仲だったか。なるほど。しかし安心しろ。俺にそんな趣味はないし、あったとしてもお前なんか願い下げだ。」


 その失礼な物言いに、海良は更に顔を赤くした。


「違う!お前がいきなり近づいて来たからちょっとびっくりしだだけだ!それに、俺別にクレイとはそんなんじゃない。」


「ああ、そう言えばお前が盛大に振ったんだったな。可哀想に。」


 今までの勢いが嘘のように、海良は下を向いてシュンとした。床の木目を数えながら、じっと足元の影の輪郭をなぞる。


「クレイが大切だったのは俺じゃないし、好きだったのも俺じゃないし、だからあれは振ったとか振られたとか、そんなんじゃねぇよ。」


 しおらしい異邦人の態度に、アンスリウムはこの異邦人がクリーデンスに相当未練を残していることを推察した。もちろん、アンスリウムの見立てでは、クリーデンスもこの異邦人に心を残している。皮肉なのは、異邦人が言う通り純粋に彼自身を想っているわけではないだろうということだ。だがそれも、別段アンスリウムにとって有益な情報ではない。


「それはそれは失礼した。まあ、お前が失恋しようがしまいが、俺には関係のない話だ。」


 アンスリウムは酒瓶を再度手に取るが、もう逆さまにしても何も出てこなかった。つまらなさそうに何度か振って、そのまま厨房の奥へと声を掛ける。アンスリウムに対しては嫌に気のいい宿屋の主人は、満面の笑みでオーダーを受けた。


「とにかくだ、俺に殺されたくなければ、絶対に失敗するな。俺が言いたいのはそれだけだ。分かったら部屋へ帰れ。」


「そんなこと言われなくても、俺は絶対にゲンゲツさんたちを助けるよ。」


 不意に顔を上げた海良の目には、いつか見た一歩も引かない光が宿っていて、それはしっかりとアンスリウムを射抜いた。何がこの異邦人をそうさせるのか、アンスリウムには分からないが、彼は時々他を寄せ付けぬほどの意思を見せる時がある。その眩さが、アンスリウムは存外嫌いではなかった。


 話はそれだけだと、再び一人酒に戻ろうとしたアンスリウムだったが、しばらくして目の前の異邦人がその場を動こうとしない事に気が付いた。まだ何か言いたいことがあるのかと、頬杖をついて異邦人の顔を見上げてみるが、彼はアンスリウムの予想に反して全くこちらに注意は向けておらず、むしろ厨房を走り回る宿の主人の様子をソワソワと伺っているようだった。


 声をかけてもいいものか迷っている、そういう様子だ。


 チラチラ宿の主人に視線を送りながら、彼がこちらに顔を向けると顔を逸らして、視線が外れたら再び様子を伺い始める異邦人の不審な動きに、ついに我慢ができなくなったアンスリウムは「何をしている。」と声を掛けた。


 気まずげに言いよどむ異邦人に、視線だけで先を促すと、かれはおずおずと口を開いた。


「夕食のテイクアウトをお願いしたいんだ。俺とラウルと、あとゲンゲツさんの分。」


「ほう。」


 それがどうしたというのか。全く意味が分からないため、アンスリウムは相槌を打つにとどまる。その声を聞いて、意を決したように異邦人が続けた。


「食べ物の名前が分からなくて、何を頼んだらいいのか分からない。」


「なんだと……。」


 あまりの内容に、ゲンゲツは絶句した。一体この少年が何を言っているのか分からなくて、少し頭痛がする。眉間を強く押さえると、少し楽になった気がした。


 なるほど。異世界からやってくるというのがどういう事なのか、今ようやく肌身の感覚で理解できた。それと同時に、己の内から湧き上がる苛立ちにも気が付く。


 異邦人が東の塔に降り立って、もうしばらく経つ。食事というのは何事もなければ一日に三度摂るもので、召喚時からクリーデンスが常に傍にいたのだから、彼だってこの世界に来てからはある程度の食生活を保っていたはずだ。それなのに、食べ物の名前一つ覚えていないとは、どういうことだ。


「アンスリウムさん、その……、俺の代わりに注文してくれないかな。」


「断る。」


 異邦人が言い終わるのとほぼ同時に、アンスリウムは彼からの頼みを一刀両断した。

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